表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
六章 環境の変化
45/144

 閑話3 佳織たちの心配

「姫様、今日は先週までと比べて元気になった気がしない?」

「ですね。先週までは……その、なんていうか顔に縦線入っているっていうか、そんな感じでしたけど、今日はすっかり回復されてたようですし」


 七月の半ば、夏の暑さが本格的に牙をむいて来ている季節。

 あと数日に迫った夏休みの期待に、教室全体が浮足立っているような気配もある中、佳織と雪奈は二人にとって上司にもあたり、かつ大切な友人である白雪のことを話していた。


 先週まで、本当に彼女はかなりまずい状態にあると思われた。

 どこがどう悪いという、はっきりとした体調不良ではない。

 ただ、とにかく何か調子が良くない、無理をしている、という状態がずっと続いていたのだ。

 普通に接している分には、その不調には気付かなかっただろう。

 だが、一年の時から白雪と付き合いのある二人だから、明らかに彼女の調子が悪いのには気づいていたし、実際その悪さは、中間考査の点数に響いてきた。


 白雪の順位が七位。

 もちろんこれでも十分な成績だが、白雪に限れば悪いと言えることを、二人は知っている。

 確かに生徒会の仕事で忙しかったし、勉強の時間が減っていた可能性はある。

 だが、白雪がその程度で成績を落とすとは思えない。


 実際佳織は成績を維持できているし、雪奈は上位者名簿に名前こそ載っていないが、順位は大幅に上がっていた。二人とも、生徒会室で白雪と一緒に勉強もしていたのである。

 今思えば、その時も少し心ここにあらず、という雰囲気はあったように思えた。

 ただその原因が二人には分からず、せめてもうすぐ始まる夏休みで回復してくれることを祈るばかりだったが……。


 それが、週末の休みが明けた今日、突然、明らかに回復していると思える状態にあった。


「むしろ何か嬉しそうですらあるし」

「何かあったのは確実ですね。例の……月下さん関連とか?」


 現状、白雪に関係する人間で、二人が把握できないところはそれだけだ。

 無論彼女の実家もあり得るが、白雪からも実家の話はほとんど聞いたことがないし、意図して話題にするのを避けているのは明らかだ。

 それよりは、まだ可能性がある気がした。

 家庭教師はまだ続けていると思われるが、ここ最近はずっと忙しかったからどうだったのだろうとは思うが。


「どうだろ……実はケンカしてて仲直りしたとか?」

「なんでそんなどこかの漫画みたいな展開になるんですか。っていうか、あの二人がケンカとかって……まあ詳しくないですけど、あり得ない気がしますが」


 会ったのは、あのショッピングモールでの一回だけ。

 ただ、年長者で分別も十分にありそうに見えた和樹が、高校生である白雪相手にケンカ状態になるというのは、さすがに考えづらい。

 そこは雪奈も同意するらしく、頷いていた。


「そうだねー。姫様のことを考えれば、なんかそういう関係じゃない気がする。もっと……穏やかな空気感っていうか。佳織と唐木君とは違って」

「なんでそこで俊夫が出てくるんですか」

「だっていつも楽しそうにやり合ってるじゃない」

「違いますっ」


 同じく生徒会に属しているので、俊夫との接触は確かに大幅に増えた。

 元々、家が向かいにあり、しかも同時に引っ越してきた。幼馴染といえる間柄で、小学生の頃は一緒に学校に通っていたりもした。

 客観的に見ても、とても仲が良かったとは思う。


 ただ、佳織が中学進学に際して受験をして私立に行ってしまい、公立に進んだ俊夫と会う機会は、家を出る時間が全然違うこともあって激減。

 それでもう縁が切れたと思っていたら、まさか高校で再会するとは思わなかった。

 しかも、小学校の頃は勉強は佳織の方がずっと得意だったのが、いつの間にか佳織を上回るほどになっていた。情報の科目に至っては比較するだけ無駄――というか俊夫は学年トップ――だ。


 だが、今更小学校の頃のような関係になれるわけもなく、かといって無視するというのも違うため、微妙な距離感で一年生の時は過ごしていた。

 二年になって同じ生徒会になってしまい、さすがに話さざるを得なくなったのだが、情報関連のあまりのへたれっぷりをいつも馬鹿にされている気がして、反発してしまうことが多いのは事実だ。


 また、二年になって、元々仲のよかった親同士で、どちらかが家を空ける時にもう一方で食事をしてくれ、ということが増えている。

 そうなると強制的に食卓を共にすることになる。

 さらに、揃って家を空けることもあり、その際に材料だけ片方の家においてあって、料理しておけと言われることもあるくらいだ。そうなると、さすがに無視できない。ちなみに俊夫も料理はそれなりにできる。


 中学三年間はほとんど会ってなかったので、いつの間にか大幅に――俊夫はそれでも背は低い方ではあるが佳織はさらに低い――身長が追い抜かれ、男らしくなっているというのも、戸惑う理由ではある。

 運動が苦手なのは昔から変わらずなので、もやしっ子と言ってしまっているが、成績がそこまで悪くない以上、実際はそこまでひどくないのだろう。


 生徒会で会計監査という役割を負っている以上、いつまでもパソコンが苦手とかは言ってはいられない。

 数字を見るの自体は非常に得意なので、そこを期待されているのだ。

 そして操作が分からなくなった時に聞くのは、確かに俊夫が最適なのだが、なぜか悔しくていつも突っかかるような物言いしかできなくなっていた。

 多分雪奈が言ってるのはそのことだろう。


 現状、学校でも家でも接触が増えている以上、このままでは良くないというのは分かってはいるが、どうにも上手く距離感が測れない。


「俊夫のことは置いといてください。雪奈ちゃんには関係ありませんし」

「同じ生徒会の中で円滑な人間関係のためには、関係ないってことはないと思うんだけど」


 ジト目で雪奈をみると、はいはい、という感じで話題を取り下げることに同意してくれた。

 だが、最後に「佳織も素直じゃないなぁ」と聞こえてきて、思わず振り返る。


「まあそれはともかく、姫様が回復してくれたならいいことだけど」


 だが、その後にしっかりと話題は転換させてきたので、それ以上は続けないことにして、佳織も話題の変更に乗った。


「そうですね……何があったのかが気になります。そういえば、お姉さんからの情報って何かありました?」

「ああ、それなんだけど、やっぱり姫様関連は全く知らないって。むしろこっちが姫様がどんな人か質問されまくった。ただ、月下さん個人のことは多少聞いたけど……結構謎」

「謎?」

「大学時代から一人暮らししてるらしいけど、住んでる家が学生が住むようなワンルームとかじゃなくて、部屋が複数あるマンションなんだって。それもかなりしっかりした。だからそれなりに裕福なんじゃないかと思うけど、そのあたりは知らないって言ってた」

「もしかして姫様と家柄が釣り合うとか?」

「どうだろ。さすがにそれは分からないけど。ただお姉ちゃんや誠さんは学生時代はよく遊びに行ってたらしいよ。今の住居も学生時代からそのままらしいし」

「姫様が近所って言ってましたしね……事故から助けてもらったと言ってましたが、どのくらい近いのか……」

「同じマンションだったり」

「さすがにそれは……でも、そういうレベルのマンションならあり得ますかね」


 白雪の家は二人とも知らない。

 だいたいあのあたり、というのは分かっているが、そのあたりは結構マンションが多いので、どれかは分からないのだ。

 下校時も、徒歩の白雪と電車通学の佳織や雪奈は、学校を出る門すら逆側だ。


「人柄は、お姉ちゃんの話ではとてもいい人だって。誠さんいなければ考えてもいいくらいって言ってたから、ものすごく評価高いと思う。それ言ったら誠さんが拗ねてたみたいだけど」

「目に浮かびます、それは」

「あまり態度には出さないけど、優しくて誠実で、見てないようでしっかり人のことは見てくれてて、さりげなくフォローしてくれるようなタイプだって」


 一般的な評価軸ではあるが、それらが並ぶ男性というのは意外にいないと思う。

 少なくとも俊夫は、気配りという点では絶対マイナスだ。

 意外にちゃんと見ていてくれて、フォローしてくたりはするが。


「ただいま……何のお話をされているのです?」

「姫様?! 用事、終わったんですか?」


 突然声をかけられて、驚いて二人は振り返った。

 生徒会の用事で、職員室に行っていたはずの白雪が戻ってきていたのだ。


「ええ。そちらは大丈夫です。お二人はなんか楽し気に話してたようですが……」

「姫様が最近元気になったかなぁ、というお話です」

「私?」

「先週まで、顔に縦線入ってましたよ、姫様」

「縦線?」


 漫画特有の表現には詳しくないらしい。


「いえ、まあちょっと元気がないなぁって心配してたんです。でも、今日は元気になっていたみたいだから、週末にいいことでもあったのかなって」

「ご心配をおかけしてすみません。もう、大丈夫です」

「それはつまり、週末に何かあったという事を肯定してるという事でしょうか?」


 すると白雪が、明らかに動揺したように体を揺らす。


「い、いえ。特には。十分休んだ、というだけですから」

「アヤシイ」

「アヤシイです」

「お二人そろって……ですから、何でもないですから」

「まあ、姫様がそう言うなら、それでいいですけど」

「うん、でも元気になったようで、よかった」


 多分これ以上追及しても白雪が口を割ることはないだろうし、別に佳織達もそれを問い詰めたいわけではないので、この話題はここまでとした。


「ありがとうございます、お二方。私は、大丈夫です」


 そういって、白雪が微笑む。

 その瞬間、クラスの半数以上がざわめいたのに、佳織は気付いていた。


(いやホントに……姫様、こういう無差別攻撃は良くないと思いますよ……)


 いつも接している自分達ですら、一瞬見惚れるほどの笑顔。

 それを自分達では引き出せなかったことに、一抹の悔しさはあれど――全校生徒にとっても憧れでもある『白雪姫』が元気になったことを、佳織はとても嬉しく思っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ