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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
六章 環境の変化
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第41話 新しい約束

「白雪!?」


 夕飯の準備をしようとしたら、いくつか足りない調味料があったので、それ買いに出て、帰ってきたのが十九時時半過ぎ。

 その帰りに、マンションの前で本当に偶然、白雪と遭遇した。

 あの、家庭教師の一時中断を決めた時から、実に一か月ぶりに顔を見たが――少しやつれてるようにも見えた。

 とはいえそれを指摘するのは失礼だと思ったし、とりあえず挨拶だけと思って軽く声を掛けたら――突然白雪が抱き着いてきたのだ。


 しかも、引き離そうしても、強く力を込めていて離そうとしない。

 マンションのすぐ前とはいえ、公道である。

 そんなところで、制服を着た女子高生に抱き着かれている場面を誰かに見られでもしたら、何をいわれるか分かったものではないが、白雪はそんなことはお構いなしに、ただ強く強く抱き着いていた。

 それを引きはがすのは、悪いと思えるくらいに。


「とりあえず中に入ろう、白雪」


 たっぷり一分はその状態だったとは思うが、ようやく少しだけ力が緩んだところで、和樹が白雪を促すと、白雪も頷いてマンションに入った。

 そのままエレベーターに乗るが――やはりというか、白雪は四階のボタンを押そうとはしない。

 そしてそのまま、和樹についてこようとする。


(これに帰れとは……言えんなぁ)


 白雪の状態はわからないが、少なくとも普通ではない。

 この状態の彼女を一人あの家に帰すのは、さすがに和樹でも良くないとわかる。


 扉を開けると、白雪は無言のまま、和樹について家に入ってきた。

 どうしたものかと思うが、とりあえず手洗いうがいだけ済ませると、買ってきた調味料を収納すべくキッチンへ向かう。

 白雪はリビングの入り口でただ立っていた。


 とりあえずお茶を入れるとリビングテーブルの上に置く。


「とりあえず座って。最初に言っておくが、迷惑だとは思ってないから、それで謝るのはなしだ」

「…………はい」


 白雪はのろのろ、と表現できそうな速度で、ゆっくりとソファに座る。

 それを見て、和樹は白雪の前のパソコン用の椅子に座った。


「暑かっただろうから、とりあえず水分は摂っておきなさい」


 そういわれると、やはりのろのろとテーブルの上にあるコップのお茶を少し飲んだようだ。

 その動きからも、白雪の状態が良くないことは容易に見て取れた。


 白雪の顔は、なんとも複雑な表情を浮かべている。

 羞恥を感じてるようでもあり、戸惑っているようでもあり、あるいは申し訳なさを感じているようでもあった。


「久しぶり……だけど、少しだけ、やつれたか?」

「かも、知れないです。生徒会は思ったより忙しくて……でもとてもやりがいもあって楽しいです。……けど」

「けど?」

「何かとても……疲れてる、とかではなくて、心に穴が空いた様な、そんな気がずっとしてました。何かを忘れてしまっているような、そんな焦燥感に似た感じがずっとあって。それでずっと……空回りしていたんです」


 少し白雪の表情が崩れる。

 これは――知っている顔。

 泣きそうになって、涙をこらえている顔だ。


「それがわからなくて、とにかく焦っていて……らしくない失敗とかも……多分結構してます。でもさっき、それが……わかった気がして。それで……すみません」


 いくら和樹でも、そこまで鈍くはない。

 白雪の言う『何か』がなんであるか、漠然と想像はついた。

 学校の友人たちではその役割は果たせない。それができるのは、現状、おそらく自分だけなのだろう。


「辛い……わけじゃないんだな」

「はい。大変だとは思ってますが、辛いとは思ってはいないです。なのですが……」

「俺との時間も、白雪には必要だったわけだ」


 白雪が驚いて顔を上げる。その頬は紅く染まっていた。

 だが、それでもはっきりと、白雪は首を縦に振る。


「去年までは、なんともなかったのにと思うのですが……すみません」

「謝らなくていい。人間、一度知った感覚はそうは忘れないし……白雪にとっては俺との時間が必要だと思ってくれてたのなら、それは俺にとっては誉め言葉だ」

「はい……」


 去年までは平気だったというが、生徒会に入ってからの多忙さで、やはり白雪自身が気づかないうちに疲労していたのだろう。

 そしてそれが、あるいは遠からず限界に達そうとしていたか――あるいはすでに限界だったか。


「情報の授業についていけない、とかにはなってない?」

「え、あ、はい。それは……大丈夫です。前よりは、少し苦労してはいますが」

「そっか」

「あ、でも、その、再開できるならぜひ……」


 それに和樹はゆっくりと首を横に振った。


「いや、そんな無理にやらなくてもいいと思う。わからないことがあったら、そこだけちょっと聞くだけで、多分白雪なら、もう十分だろう」

「でも……」


 白雪が明らかに消沈する様子を見せた。

 これでは今までと変わらないと思ったのだろう。

 情報の授業がなければ、白雪が和樹と会う理由は、ないはずだから。

 だから和樹は、さらに言葉を続けた。


「だからこれからは、白雪の時間がある時――土日でも、ここに来てくれていい。それが君に必要なら、構わない」

「え?」

「まあ、俺がいないこともあり得るから、事前に連絡くらいはもらえると助かるけど、いつ来てくれてもいいよ」


 白雪の目が大きく見開かれる。

 まるで、信じられなことを聞いた様な表情だ。


「ご迷惑、では……」

「ない。そりゃあ、どうしても仕事の都合でいないことや、あるいは来てもらっても相手できないことはあると思うから、さっきも言ったけど、事前に連絡くらいはもらえると助かるけど、最悪なしでもいい」


 そういうと和樹は、スマホを操作し、二次元コードを白雪に示す。

 前にやったことがあるので、白雪もとりあえずそれを読込んでからそれを見て、「え!?」と驚いて顔をあげた。

 渡したのは無制限の――無論和樹から無効化処理は可能だが――この部屋の鍵だ。


「俺が出ててすぐ戻ると連絡しても、帰ってくるまで扉の前にいる、とかやりそうだし。白雪のことはもう信用しているし……正直、あの家に一人でいたくない時があるだろうとは、俺も分かるから」


 あの、異様に広い家で一人でいる孤独感は、高校生の白雪にとっては和樹が感じるそれ以上のものがあるだろう。

 そして白雪は、それを紛らわせることをせず、我慢してしまう。


「でも……」

「父親の家に入るのに、遠慮する家族もないだろ。さすがに真夜中に来られたら困るが。白雪なら俺の仕事の邪魔をするとも思わないしな」


 白雪が「さすがにそれは」と笑う。

 実際、そういう常識については疑っていない。


「じゃあ、今後また、お食事作らせてもらってもいいんですか?」

「それを断る理由はないな。ただ、食費とかはしっかり決めておく必要はあるだろうから、それは後で考えよう。前みたいに、家庭教師の報酬代わり、というわけにはいかないしね」

「はい」

「白雪なら、適度な落としどころは見出してくれると思うので、しばらく任せるよ」

「わかりました。でも……前より多分、頻度上がりますよ」

「反動もあるだろうからな、それはいいよ。さすがに毎日とかは勘弁だが」

「そこは……善処します」


 そこはかとなく不安になるが、白雪もそこまではしないだろうという信頼もある。

 家族のようにといっても、引くべき線を誤るようなことはないだろう。


 正直に言えば、あの食事を懐かしんでいたのは事実だ。

 自分でも少しは美味しく作ろうと、この一ヶ月努力を重ねてみたが、どうやっても白雪の作るようにはいかなかった。


「あの、早速、今日これからもいいですか」

「ダメというつもりはないが……材料あまりないぞ」


 和樹の言葉を受けて、白雪は「ちょっと見せてもらっていいですか?」というので許可すると、キッチンに入って冷蔵庫や野菜のストック、調味料を確認している。

 そして戻ってくると「大丈夫です。あれだけあれば十分です」と自信たっぷりに言い切った。


 その日の食事は、久しぶりに、そしてとても美味しかった。


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