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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
六章 環境の変化
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第40話 溢れ出す澱

 七月中旬。

 あと数日で夏休みという時期になっていた。

 七月上旬に中間考査も終わり、その結果も発表されて、人によってはその成績に悲喜こもごもというところだが、誰もが目の前に迫った夏休みの期待に胸を膨らませている。

 実際のところ、高校三年生の夏休みは事実上大学受験のための勉強期間であり、夏休みを本格的に楽しめるのは高校二年までだ。

 なので、各自ともいろいろな予定を組んでいるが――。


 生徒会長である白雪には、それほど余裕はなかった。

 実家のことはとりあえず放置している。

 一度帰省しろとは言われているが、生徒会があまりにも忙しいのを理由に、お盆での帰省すら断った。伯父は非常に怒っていたらしいが、知ったことではない。

 実際、帰省自体が白雪にとっては生徒会を超える負荷をかける行いであるため、これ以上疲れる原因を増やしたくなかったというのもある。

 一応、夏の予定を並べたら少しは納得してくれたらしい。


 夏休みとはいえ、生徒会はそれなりに多忙だ。

 部活動が比較的盛んな聖華高校は、夏休みに学校で合宿をやる部が多い。

 この日程調整は生徒会の役割だ。


 この学校の、特に運動部は顧問の教員を配置はしているが、生徒の指導・監督を行うのは、別に指導員が配置されている。

 これは教員資格を持つとは限らない。むしろ持ってないケースのが多い。

 昨今言われる教員の負荷軽減のために、部活動の指導は教員が行わないのである。

 そのため、指導員は学校における設備の利用に関しては、その申請を行う必要があるが、それを受け付けるのが生徒会になるのだ。

 教員が楽したかったからでは、と思いたくもなる。


 体育祭や文化祭、姉妹校交流会などは、実行委員会が編成されるため、動き出してしまえば実際の運営はそちらに任せられるのに対して、日々の雑務――夏休みの施設の利用対応等――は生徒会が直接当たらなければならないのだ。

 これも、事前の申請を調整して、夏休み期間中の予定を一気に作ればいいといえばいいが、十近い部活からの申請をできるだけ希望をかなえて調整するのはかなりの難事業である。


 それに加えて、休み明けすぐにあるマラソン大会――体育祭とは別――の準備や、夏季休暇期間中でも、学習会の計画などが有志で計画されていたり、まだ少し先の文化祭の準備を今から行うために集まる団体などもおり、その設備利用の対応も必要で、要するに夏休み前だというのに、生徒会は大忙しだった。


 さらに白雪は、夏が活動の本番となる水泳部に所属する雪奈には最大限スケジュールを融通していたため、実質二人分近い仕事をこなしていた。


「姫様、大丈夫ですか?」

「え?」


 佳織に揺り起こされて、白雪は目を覚ました。

 いつの間にか生徒会室で眠っていたらしい。

 時計を見ると、時刻はすでに夕方の六時を回っている。


「野球部の倉庫の、扉の建付けが悪くなってた件についての対応は終わったのですが……姫様、なんか疲れてないですか?」

「い、いえ。大丈夫です。みんな頑張ってくれてるのですから」

「それはそうですが、姫様の頑張りは、ちょっと無理が出てきそうで心配です」

「大丈夫です。これでも体力はある方ですから」


 実のところ、疲れているかと言われると、少しは疲労していると思うが、それほどではない。

 こういう学校の運営に関われていること自体は、とても楽しいと感じていた。

 自分でも、いつまでにこれを対応するという予定をきっちり立てて、その通りに消化できているし、一部は前倒しできている。


 毎日の生活でも無理はしていない。

 帰宅が夜の九時を回るようなことにはなってないし、むしろ今の様にうっかり寝てしまったのは初めてだ。

 生徒会室は空調が効いていて、それと間接的に入ってくる陽射しでとても心地よく暖かいと感じて、眠くなってしまったのだろう。


「でも、ここ一ヶ月、無理のし通しでは。あまり調子がいいとは思えませんし。定期考査の結果も……」

「あれは私がたるんでいただけです。実際、同じ状態にあったや佳織さん、唐木さんは成績を保っているのですから」


 七月頭にあった定期考査の結果が発表されたが、白雪は上位者名簿に名前こそ載ったが、その順位は七位だった。ちなみに一位が俊夫である。

 情報の点数が和樹のサポートがなくなったこともあり少しだけ落ちたが、それは大きな理由ではなく、他の科目でも、かなりどうでもいいミスで要らぬ失点をしていたのが原因だ。

 自分で出来ると思っていても、ちゃんとできていなかったことに恥じ入るばかりである。

 生徒会の仕事がいくら忙しいとはいえ、去年の征人にしても今年の佳織や俊夫にしても、成績を落としたりはしていない。

 むしろ雪奈などは、集中力が増したと、成績は上がっていたくらいである。


「姫様が人一倍頑張ってしまう人だっていうのは、生徒会入ってよくわかりましたけど……無理はしないでくださいね。相談になら乗りますから」

「ありがとう、佳織さん。でも大丈夫です。この程度でへこたれていたら、笑われてしまいますし」


 言ってから誰にだろうと思ったが、その疑問の答えが出てくる前に、思考は次に移っていた。


「姫様?」

「あ、何でもないです。あ、そういえば先ほどダンス部の方からの新しい申請があって、夏休みの施設利用の相談だったのですが……」


 結局その日、学校を出たのは十九時だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 とぼとぼといつもの道を歩いている白雪は、自分で何をしているのか、という自問自答を続けていた。


 生徒会の仕事は大変だが思ったより楽しい。

 学生生活だけを考えるなら、むしろ実家のことを忘れられるほど忙しいくらいでもちょうどいいと思え、去年よりずっと楽しく過ごせている。

 去年の夏にはそこまで親しくなかった雪奈や佳織との時間も楽しい。

 夏休みに遊びに行く計画も立てている。

 去年より遥かに充実しているはず――なのに、なぜか最近、気がそぞろだ。


「私……どうしたんでしょう」


 こんなことは、かつてなかった。

 元々ずっと一人でやっていたし、やってこれたのだ。

 周りのすべてを拒否して過ごしてきた八年間。


 それに比べれば、今の生活はずっと充実しているはずなのに、何かが足りない。

 何かが欠けている。

 そういう感覚がずっと続いていた。

 それがなんであるかわからないまま、気ばかり急いて、空回りしている感じがある。中間考査でのミスも、それが原因だと思われた。


 何かが欠けて、心に隙間がある様な感覚。

 原因の分からない焦りが欠けた隙間から漏れ出て、おりのように心に蓄積している。

 最初わずかだったはずのそれは、気付けば心に大きくわだかまって、ともすれば溢れ出しそうなほどだ。


 ふと空を見上げると、いくら七月とはいえ七時半を回っているので、すでにかなり暗い。

 明日は土曜日で休みだ。

 最近は土曜日にも学校に行くことも多かったのだが、ようやく休めるようになった。

 やっと落ち着いてきたというところだろうか。

 最近生徒会の仕事でも細かなミスをするようになっているので、ちゃんと休んで回復しなければ、と思う。

 自分自身はそこまで疲れているつもりはないのだが、雪奈や佳織には、かなり疲れているのではと言われるので、家でゆっくりするつもりだ。


「いっそ食事も……手抜きしましょうか」


 普段きっちり作るのは自分自身の趣味でもあるからだが、普段と変えれば気持ちも変わるかもしれない。たまには、普段まず食べない即席麺でも買ってきて手抜きでもしようと考えて、マンションの前を通過してコンビニに行こうとしたところで。


 曲がり角で、思いもよらない人物に遭遇した。


「あれ。久しぶり、白雪。今学校の帰りか?」


 和樹だった。

 顔を見るのは、実に一か月ぶりだ。

 同じマンションに住んでいるとはいえ、フロアも違えば会うこともなかった。


 なので、本当に驚いて――。


 お久しぶりですと言おうと思ったのに、声が出ない。


 ただ、とにかく懐かしいと思え――白雪の中でいろいろ欠けていたピースを見つけた気がした。

 そのピースが、正体のわからなかった隙間に、本当にストン、とはまっていく。

 欠けていたのはこれだったのかと納得して――白雪は和樹に抱き着いていた。


「白雪!?」


 和樹が戸惑ったような声を上げる。

 ただ白雪は、それでも強く抱きしめて、離れようとしなかった。


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