第39話 会長就任の影響
「そっか。まあ残念だけど、学生の本分……とは少しずれるかもしれないけど、自分で選んだ道だし、そこは仕方ないね」
「……はい」
六月の中旬。
いつもの金曜日……ではなく、その翌日の土曜日。
白雪は和樹の家に来ていた。
生徒会長の信任投票があったのは五月下旬。
そして白雪は、生徒会役員としての実績が皆無にも関わらず、何と九十五パーセントという驚異的な信任率で会長に選出された。
実績のあった去年の征人に匹敵する結果である。
そして白雪は、副会長に唐木俊夫を継続して指名した。
これは経験を買ってのことで、実際過去にも副会長が繰り上がりで会長にならない場合に、副会長を続投するケースはたまにあったらしい。
そして書記に雪奈を、会計監査に佳織を指名した。
雪奈は水泳部に所属しているので厳しいかと思ったが、本人曰く「楽しそうだし姫様が一緒ならいいよー」とあっさりと引き受けてくれた。
むしろごねたのは佳織で、「えー。俊夫が一緒なんですか」と嫌そうだったが、雪奈曰く、あれは照れ隠しが半分だという。
ちなみにその俊夫は、男子総勢からものすごい嫉妬の視線を向けられたらしいが、本人はどこ吹く風だったらしい。
ある意味驚くべき精神力である。
ちなみに、生徒会補佐委員の選出は会長決定前、四月にすでに実施済みなのだが、メンバーのほとんどは女性だった。これは、当時の会長が征人だったからだろう。
男子生徒の多くが非常に悔しがったらしい。
無事新しい生徒会のメンバーが決まり、新体制がスタートしたのが五月末。
最初の仕事は、六月中旬にある体育祭の実施である。
これだけは去年のメンバーのサポートを受けながらであり、ここでイベント運営のノウハウを学ぶのだ。
実施それ自体は当然実行委員が編成されているのでそちらに任せるが、運営委員との協力のやり方や予算の運用の仕方など、前任者のやり方を見て今後の進め方を学ぶための期間でもあり、実は一年で一番忙しいのがこの時期だった。
いわば、引継ぎと体育祭の実行を同時にやるようなものである。
結果、四人全員がこの時期はずっと放課後生徒会室に籠ることになってしまった。
「まあ、去年と同じだから別に分かってたことだし」
平然と言ったのは俊夫だ。
男子としてはやや小柄で、その上佳織が『もやしっ子』というようにひょろっとしている割に、意外に体力はあり、そしてこういう事務作業は圧倒的に強かった。
生徒会の持つパソコンで様々な集計、編集、さらには通知の作成等一手に引き受けてくれている。
そして体育祭が終わってすぐ、そのあとの年間計画を作る。
これにはもう前任者のサポートはない。
さらに六月末には中間考査まであるというハードスケジュールである。
その間――白雪は金曜日も早く帰ることは出来なくなっていた。
そして今後も、それができる見通しが立てられないとなって――当面、和樹による情報の講義は中断されることになったのだ。
「でも生徒会の活動自体は楽しくやってるとみているが」
「それは……まあ否定しません。かつて母がやってたと思うと、やりがいもあります。でも、私としてはこれも続けたいとは思ってるのですが……」
「まあ、一応中断だから。生徒会の活動に慣れてきたらまた再開してもいいし。ああ、それと貸しているパソコンはそのままでいいよ。白雪の学習に利用してくれ」
「え、でも……」
「使ってない奴だから気にしなくていい」
土曜日と日曜日は基本的に休みだから、やる気があるなら土日どちらかに入れることはできる。
だが、和樹も休むべき日であり、そこに自分の都合で予定を入れるのは、さすがに白雪もできなかったのだ。
「わかりました。お預かりします。今の状態は夏休み前までがピークだとは唐木さんも言ってたので、そこまでには何とか、と思ってます」
といっても、夏休みに入ってしまうとそれはそれで講義をやる意味があまりない。
基本、授業の予習復習なので、授業がなければやる意味はあまりないのだ。
春休みはそれでも総復習ということで数回実施したが、今回はそうはいかない。
下手をすると、夏休み明けの九月まで和樹に会えないことになる。
あるいは親離れしろということなのだろうか、とすら思ってしまう。
「まあ俺としても寂しい気持ちがないとは言わないけど、白雪が学校で充実しているってのは嬉しいと思うよ」
なんというか、本当に父親目線である。
自分でそう望んだとはいえ、なぜか少し――悔しいと感じてしまう。
「まあ、相談事があれば応じるし、今は貴重な学生生活を満喫すべきだろう。学生の一ヶ月二ヶ月と、社会人のそれは意味が違うからね」
「はい。分かってます。今までありがとうございます。実際、和樹さんのおかげで、情報の苦手意識は克服できましたし、今はむしろ得意科目だと言えるまでになりましたから」
掛け値なしの本音である。
自分自身、和樹でなければここまで成績は伸びなかったと思っている。
「まあそう言ってもらえると、こちらとしても教えた甲斐はあったかなと思えて、嬉しいよ。一度覚えてしまえば、そう簡単に忘れるものでもないから、今後君の役に立ってくれたら、嬉しい」
「はい、わかりました」
そこで、和樹のスマホがアラームを鳴らした。
「っと、そろそろか。じゃあ俺も出かけるから、白雪もそろそろ帰りなさい」
「はい」
本当は、せめて最後に夕食をと思っていたのだが、タイミング悪く和樹は今日、取引相手に食事に誘われていたらしい。
和樹自身も残念がっていたので、今後機会があれば絶対埋め合わせたいと思うが、そのタイミングがあるのだろうかと思ってしまう。
(でも、まあ……前に戻るだけ、ですしね……)
それに前とは違う。
生徒会の忙しさもあるが、雪奈や佳織といった友人だっている。
俊夫と佳織の微笑ましい――本人たちはいがみ合ってるという認識である――やり取りを見るのも楽しい。
だから、大丈夫だ、と。
この時は白雪は、本当にそう思っていた。