第37話 会長推薦
『二年A組の玖条白雪さん。生徒会室へいらしてください。繰り返します……』
「あれ? 姫様、なんか呼出しかかってるよ?」
昼休み、ちょうど食事が終わって弁当箱を片付けているところに、突然校内放送に割り込んできたのは、なぜか自分の名前を呼ぶ放送だった。
「……なんでしょう?」
「姫様がなんかやらかしたってことはないだろうけど」
「私も覚えがありません」
「会長……西恩寺先輩が公私混同で呼び出した……はないですよねぇ、さすがに」
生徒会室ということは、会長である征人の関係であるのは、確かにあり得る。
ただ、婚約者云々の話なら、さすがにこうもあからさまに校内放送を使って呼び出すのはさすがに考えにくい。
とすれば、学校関連の話だろうが、さすがに思いつかなかった。
「無視するわけにもいきませんしね。行ってきます」
「いってらっしゃ~い」
二人の言葉を背に、生徒会室へ向かう。
聖華高校の生徒会は他の学校と比べるとやや特殊だ。
規模は非常に小さく、会長、副会長、書記、会計監査の四人しかいない。
その割に権限は非常に大きく、学校行事のほとんどの実施決定権を持つ。
無論実際には各イベントごとは各種実行委員が組織され、そちらがイベントを運営する他、二年生の各クラスに一人ずつ、生徒会補佐委員という委員が存在し、実務の補佐を行う。
ただ、イベントの予算や実施時期の最終決定権は生徒会にあるのだ。
会計監査があって会計がいないのは、予算そのものの作成は各委員が行うのが基本故である。
そしてイベントがちゃんと運営されているかの監査・監督を行う権限も有している。
新しいイベントなどを行う場合や、文化祭などでも例えば外部の業者等を呼ぶ場合などは、必ず生徒会に話を通さなければならない。
実のところ、白雪は去年、生徒会の副会長を打診され、断っている。
副会長は伝統的に一年生で新入生代表挨拶を行った生徒――つまり入学試験で首席であった者――が指名されるらしい。ただ白雪は遠方から来たばかりであることや、自分の事情、それに会長が西恩寺家の人間であることそれ自体に忌避感があったため、断ったのである。
生徒会室は普段授業を行う校舎ではなく、そこから離れた場所にある『特別棟』と呼ばれる建物にある。
通常の校舎からはそこそこ離れたところにあり、かつ庭と呼ばれる植生豊かなエリアの中にある。
この建物は、元はある貴族の邸宅を改築したものであるため、内装もそれに準じる、学校らしからぬ空間である。
通称『生徒会館』とも呼ばれており、生徒会専用の建物ともされていた。
実際、生徒会室のほか、文化祭や体育祭、他校交流事業の実行委員等の部屋が配置されている。
生徒会室の扉の前に立った白雪は、一度深呼吸をしてから、重厚な木の扉にあるノッカーを叩いた。
「二年の玖条白雪です」
ややあって扉が開いた。
出迎えてくれたのは三年生の女子生徒。確か、会計監査の人だったか。
「やあいらっしゃい、玖条さん」
そして正面を見ると、生徒会長が出迎えるように立ち上がった。
西恩寺征人。名家西恩寺家の御曹司で、白雪の婚約者候補の一人。
その横にいるのは、一年生の副会長。
唐木俊夫という名前で、佳織の幼馴染だ。
さらに横の机にもう一人座っている。この人が確か書記の――名前は思い出せなかった。
「すまないね、突然呼び出して。まあ、かけたまえ」
「いえ、もう昼休みもそれほど時間残っていませんし、用件だけ聞かせてください」
「つれないな。お茶くらい出すのに。まあいいか」
そういうと征人は少し姿勢を正すと、白雪に正面から向かい合う。
何を言われるのかと身構えるが、さすがに実家関連のことをこの場でいうとは思えず、つまり言われる内容の予想が全くできない。
「玖条白雪さん。貴女を、次の会長として推薦させてもらいたい」
「………………………………はい?」
たっぷり十秒は言葉が出ず、出たのもひどく間抜けな音だった。
「どういう、ことですか?」
「この学校の生徒会の伝統は知ってるかな?」
「一応、話くらいは……」
聖華高校の生徒会は権限が強い一方、会長職の選出はやや特殊である。
もちろん選挙を行って決めるのだが、その選挙において非常に重要になるのが『前会長からの推薦』だ。
これは、前任の会長自らが、これと見定めた生徒を後継者として指名する制度で、事実上、この推薦が行われた場合、会長選挙において他の人が立候補することはほぼなく、事実上の信任投票となるのだ。
実際去年、征人はその前の一年間副会長を務めた実績を買われ、会長推薦を受けて信任投票で会長となっている。
信任率は実に九十五パーセントだったらしい。
無論会長推薦がない場合もあるが、推薦される場合は、伝統的に副会長が推薦されるのが通例だと聞いていた。
そして副会長は伝統的に一年で主席の人間が選ばれる。
白雪はそれを拒否したため、次席だった俊夫が副会長に指名されたらしい。
とはいえ、それなら順当に彼が会長推薦を受けるべきはずで、今年一年、生徒会にほとんど関係していない自分が推薦される理由はない。
「あの、それであれば唐木さんを推薦すべきではないですか?」
「うん、伝統的にはそうだね。ただ、その彼が君を推薦した。そしてその評価は正しいと俺も判断した」
「……私のことをほとんど知らないと思うのですが」
実際、前に婚約者候補であることを教えてくれた時も、ほとんど知らないと言っていたはずである。俊夫についても同様だ。
「別に昨日今日決めたわけではなく、しばらく吟味した結果だ。学業は文句なし。周囲の評判も問題なし。あと去年の文化祭実行委員の実績も無視できない。君個人の性格どうこうではなく、君の才覚は信頼に値すると判断した」
確かに、去年の文化祭実行委員では、白雪は一年の委員のまとめ役として動いていた。
特に、外部業者との折衝においては、上級生にすら頼りにされていたほどだ。
実際のところは、特に喫茶店などの設備の安全面での知識が、幼い頃の影響であったからなのだが。
「そういうわけで君を推薦したい。もちろん、これは強制じゃない」
実際、過去に推薦を拒否した例は、あることはあるらしい。
ただ、この聖華高校の生徒会の会長職というのは非常にステータスが高く、卒業後の進路や、場合によっては社会人になってからですら評価されることがあるという。
ゆえに、よほどの場合を除いて拒否する人はほぼいない。
「……考えさせて、下さい」
「もちろんだ。突然こんな話を即答できる方が、珍しい。というかそういう人はここに呼ばれないしね」
「失礼します……」
とりあえず部屋を辞すと、教室に戻った。
雪奈や佳織が「なんだったの?」と聞いてきたが、すぐ授業が始まる時間だったこともあり、あとで、とだけ答えた。
(どう……しましょう)
やりたいかやりたくないかでいえば、正直あまりやりたくはない。
無経験でそのような重責を担う自信はない。
ただその一方で、そういう要職を務めることが、伯父からの自分の評価を変えさせる、その一助になるのではという思いもある。
(誰かに相談……和樹さんはどう思うでしょう)
幸い明日が金曜日だ。
和樹は学校には一切関係ないが、だからこそ第三者的な視点での意見が期待できる気がする。
とりあえず相談することに決めると、白雪は頭を切り替えて授業に集中することにした。