閑話2 雪奈たちの分析
「それじゃあ姫様、また今度」
三人で映画を観て、食事も終わった帰り。
白雪が下りる駅で、雪奈と佳織はさらに私鉄に乗り換えて帰宅となる。
駅で白雪と別れた後、二人はそのまま私鉄の改札口へ並んで移動した。
「ねぇ。姫様のあれって、実際どうなのでしょう」
話題はもちろん、白雪の家庭教師だという月下和樹のことだ。
「うーん。少なくとも恋人とかそんな風ではないという、本人の言葉は今のところその通りだとは思う。勘だけど」
「雪奈ちゃんの勘は結構当たりますしね……でも、知人やただの家庭教師、というのは違いますよね、あれは」
「うん、それは確実。普通、ある程度親しくないと名前呼びはしない。他の人ならともかく、姫様は確実にそう」
初対面から下の名前で呼ぶような人もいるが、白雪に限ってそれはない。
雪奈や佳織は、白雪とは一年の最初からよく話すようになっていたが、名前で呼んでくれるようになったのは、半年余りも過ぎた十月ごろからである。それまでは『津崎さん』『藤原さん』だった。
そもそもそれまで、本当に上辺だけの付き合いだったのが、十月頃から白雪の態度が柔らかくなって、やっと友人だと言えるような関係を築けたのである。
「どう考えてもかなり親しいと思う。いつから知り合っていたかがわからないけど、話の通りなら、姫様の情報の成績が上がった直前からかな」
「というと……一年後期の中間考査では大幅に上がってたから、十二月よりは前、早くとも後期から、でしょうか」
「そうだね、多分そのあたり」
前期までは、情報の授業に苦戦していると言っていたので、前期中はない。
実際、九月中旬に実施された前期の期末考査では、情報が足を引っ張って学年首位の座を明け渡している。
今思えば、後期の途中からそれを聞かなくなったから、そのあたりからだろう。
だいたい十一月ごろか。
「そんな毎日会ってるという感じじゃないけど、逆に言えば、そんな頻繁に会う関係でもないのに、もう名前で呼んでいるってことは、すごく短時間で親しくなったってことだろうし」
ほぼ毎日顔を合わせる自分たちでも、半年以上かかったのに、だ。
「それに、私たちですら一緒に出掛けるようになったのは最近。なのに、月下さんとは初詣一緒に行ってるんだから、距離の縮まり方がすごい」
「それを秘密にしたのも怪しいですね」
うんうん、と雪奈も頷いた。
放課後一緒にどこかに寄るようになったのですら、二年生になってから。
今回の様に休日に一緒に出掛けるというのは、今回が初めてである。
白雪は基本的に、警戒心が非常に強い。
仲が良くなるまでには相当時間がかかるタイプのはずが、あの月下和樹という人物に関してだけは、その警戒心が、ほとんど適用されていないのではと思う。
「それに、私が紹介してほしいって言った時の、姫様の反応」
「うん。あれはどう考えてもねぇ」
白雪は明らかに戸惑っていた。
おそらく、紹介したくないと思っていた可能性が高い。
それはつまり他の人、それも他の女性と彼の接触を歓迎しないという事だ。
それを察したから、佳織もすぐにその希望を引っ込めたのだろう。
好意かどうかはともかく、何かしらの独占欲めいたものがあるのは確実だろう。
「そもそもどういう方なんでしょう、月下さんって」
「わかんない。私もお姉ちゃんの結婚式で会ったのが初めてだから」
話だけなら何回か聞いていたが、姉や義兄の大学からの友人という以上のことは、よく知らない。
「これに関しては情報不足だなぁ。お姉ちゃんや誠さんに聞いてみるのもありか。ついでに姫様との関係も知ってる可能性……はないか」
「少なくともお姉さんは姫様とは初対面でしたよね」
「うん。でも何か違和感とか感じていたりするかも……ああ、でも、ここ半年は結婚式の準備であまり会ってなかったって言ってたからなぁ。友哉さんに聞いた方がいいかも」
「友哉さん?」
「お姉ちゃんや誠さんと仲のいい、もう一人の友達。その三人と月下さんの四人で、大学時代からいつも一緒にいたって聞いてるから、あの人なら知ってるかも。私は同じく子供のころから知ってる人なんだけど。ついでにいうと、ちょっとびっくりするレベルのイケメン」
「ほぅ……それはそれは」
「言っとくけどそういうのは私はないからね。憧れないっていったら嘘になるけど、なんかあの人、女性を全く近づけさせてくれないの」
「それはそれで……萌えますけど」
佳織のメガネが一瞬光ったように見えたが、気のせいか。
「時々佳織がわからなくなるよ、私は」
「気にしないでください。私が楽しいだけなので」
そういいながら笑っているのが、そこはかとなく不安になる。
「まあでも、大学時代と違って、そんなにお互い会ってないみたいだからねぇ。気になることとかで聞いても、わかんないだろうなぁ。とりあえず月下さんがどういう人かだけでも、聞いてみるか」
「まあダメ元でも。そういえば、イケメンって意味だと卯月さんも相当でしたね」
「うん。誠さんは昔からかっこいいとは思ってた。友哉さんみたら上には上がいる、とか思ったけど」
「それはそれでどんだけよ、と気になりますが」
「今度写真見せてあげる。そういう意味では、月下さんもイケメンだったね」
「ですね。タイプが違うというか、卯月さんがかっこいいとすると、月下さんは柔和で優しそうという感じでしたね。なんか安心できる感じというか」
雪奈も同意する。
なんというか、姉の周辺の男性はレベルが高いなと、改めて思った。
もっともそれを言うと、白雪がそばにいる時点で、自分の周りの女性も同じ判定になるのかもしれない。
何気に佳織もかなりの美少女だ。
「雪奈ちゃんどうしたのですか?」
「いや、佳織も可愛いよね、と思って」
「今の話の流れから、どうしてそうなるのかがわからないのですが。あと、それいったら雪奈ちゃんはかっこいい美人さんですし」
「私はそんなことないっていうか、姫様が横にいたら美人は名乗れないっていうか」
「姫様基準にしたら、他の人全員その形容使えなくなりますよ」
「……それは確かに」
白雪の美貌は破格だ。
実際、雑誌などに写真のある大抵のモデルよりも、彼女の方が絶対美人だと言い切れる。
あの容姿に加えて、学年主席をとるほどの学力で、運動神経もかなりいい。
警戒心こそ強いが、人当りは柔らかく、礼儀正しくて穏やかな性格。
さらに良家のお嬢様。
彼女が『白雪姫』と呼ばれているのは、名前だけが理由ではない。
理想の白雪姫を具現化した存在だからだ。
しかし白雪本人は、雪奈の知る限り男性を周囲に近づけたことはない。
その初めての例外が和樹である。
一番近しいと思っている雪奈や佳織よりも、さらに近しい存在になっているようにも思える。
彼女に思い焦がれる男子生徒がこの事実を知ったら、さぞ悲嘆にくれることだろう。
「やっぱただの家庭教師ってわけじゃないよねぇ、あれは」
今も白雪は、自分達に対してすら、一歩引いたような接し方をしていると感じることがある。
その白雪が、初めて踏み込んだと思える相手だ。
今はそういう感情がなくても、遠からずそうなるというのは、雪奈にとっては必然に思える。
だからこそ、何が何でも応援してあげたいというのが、雪奈の偽らざる心境だった。