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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
五章 拡がる繋がり
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第36話 雪奈の尋問

 その日、白雪は雪奈と佳織に誘われ、郊外のショッピングモールに映画を観に来ていた。

 観たのは、最近話題になっていた冒険モノの映画。

 よく広告なども流れていたので、知らないわけではなかったが、一人で観に行くつもりはなく、かといって和樹を誘うという理由もなかったので、観ることはないと思っていた。


 ただ、雪奈が劇場指定の割引クーポンを手に入れたとかで、一緒にどうかと誘われ、行くことにした。

 おそらく、普通の高校生なら珍しくはないのだろうが、白雪としては友人と休日に出かけるなど、初めての経験である。


 映画それ自体は期待通りに面白かったが、それ以上に友人と休日に共に時間を過ごしたという特別感が、白雪を少なからず高揚させていたのだろう。


 だから――その想定外の遭遇があった時、気が緩んでうっかり口を滑らせていた。

 まさか出先で和樹に会うなど、想像するはずもない。


 ただ、その食事については、特に何事もなく終わってくれた。白雪は和樹とは初対面という(てい)で、軽く挨拶と少し雑談を交わしたのみ。

 ただむしろ、朱里が白雪に食いついてきた。


「何この超美少女!? 雪奈、こんな友達いたの!?」


 終始このテンションで、夫だという誠に(たしな)められていた。

 朱里とは無論初対面だった白雪だが、朱里がまず年上だという事実に――事前に聞いていたが――驚き、そしてそのパワフルっぷりに、思わずたじたじになったほどだ。

 なるほど、確かに雪奈の姉なのだとは思わされた。


 その後、先に食事が終わって、まだ買い物があるという卯月夫婦と和樹はフードコートを出て行った。三人が壁の影に入って見えなくなるまで見送り――何も気付かれなかったと、白雪が内心胸をなで下ろした、直後。

 雪奈がぐるん、と白雪に向き直った。


「さて姫様。話を聞かせてもらいましょうか」

「な、何のことですか?」

「とぼけてもダメ。姫様、紹介されるより前に月下さんの名前言ったよね。私はちゃんと聞いてたよ」

「え、そうなのです?」

「うん。しかも下の名前だった」


 佳織も訝しげに白雪を見る。

 うっかり口走ってしまったとはいえ、周囲が騒がしかったし、誰にも聞こえてないと思っていたが――やはり雪奈には聞こえていたようだ。


「さっきの食事の席では他人の振りしてるみたいだったし、お姉ちゃんたちもいたから見逃したけど、もう逃がさないよ?」

「え、えと……近所に住んでる知り合いなんですが……それじゃダメですか?」

「うん、その説明で納得してもらえると思うんなら、姫様が甘すぎると思う」


 横で佳織も頷いている。

 先ほどの場で問い詰めなかっただけでも、雪奈的にはかなり配慮したのだろう。


「いや、ほんとに……その、知り合いみたいなものなんですよ」

「それを判断するのは話を聞かせてもらってからかなぁ。ねえ、佳織」

「ですね。とりあえず逃がしません」


 四面楚歌状態である。

 少なくとも多少は話さないと、見逃してくれそうにはなかった。


「えっと……その、家庭教師、みたいなことをしていただいている方です」

「家庭教師?」


 二人の疑問符が重なる。


「その、二人とも知ってるように、私も去年情報が苦手でしたでしょう? 月下さんは、いわゆるシステムエンジニアなんです。それで、月下さんに教えてもらって、成績が上がったんです」

「じゃあ姫様が情報ダメ同盟を抜けるきっかけは、あの人なんですか?」

「そうです。それだけですから」

「うん、そこは問題の本質じゃないよね。姫様、ナチュラルに誤魔化そうとしてるけど、呼び方意図的に変える時点で、隠そうとしてることがない?」


 こういう時の雪奈は本当に鋭い。


「さっきは『和樹さん』って言ってたよね。で、今は『月下さん』って」

「あ、そういえば名前で呼んだって……」

「えと、それはその、年上の方のことを話すなら、苗字で呼ぶのが普通で……」

「つまり、普段は下の名前で呼んでるってことだよね」


 逃げ道が次々と塞がれていくかのようだ。

 話せば話すほど追い詰められていく。


「えと、その……って、先に言っておきますけど、あの方とは本当に知り合いか……いっても友人、というだけですよ」

「そういう雰囲気じゃなかったけどなぁ。ねぇ、佳織」

「うん。私もなんかおかしいなぁ、とは思ってましたよ。なんていうか、二人の雰囲気が他と違うっていうか。ただ漠然とした感覚だったから、確信なかったですが」

「私は最初に姫様がうっかり呼んでいたから、あれ、と疑ってたんだよね」


 すると佳織が、あ、と言ってスマホを取り出すと、何かを探している。


「ねぇ、これ、さっきの人じゃないですか?」


 見せられたのはあの初詣の時の写真。

 解像度が低くて、白雪ではと言われただけの写真で、当時完全否定したが――。


「ホントだ、似てる。っていうか、間違いなく本人でしょ」


 今回注目されたのは、隣にいる和樹の方だ。

 内心冷や汗が流れまくっている。

 情報実習プログラミングとかは弱いのに、どうしてこういうところには一瞬で考えが行くのか。


「つまり、二人で初詣に行くくらいには、仲が良いってことですよね、姫様」

「人違い、とか……」

「姫様、さすがに無理があるかと」


 退路なし、援軍なし。ついでに防御も不可能。

 完全に追い詰められていた。


「あの、本当に家庭教師みたいなものなんです。ただ、その、本職というか教えるのが専門の方というわけではなくて。ちょっと偶然知り合って、教えてもらうことになっただけですから」

「家庭教師ってところは疑ってないけど、それだけなの?」

「それ以上はないです。雪奈さんが邪推してそうなことは、絶対ないですし」


 おそらく恋愛感情と紐づけようとしているのだろうが、そこだけは否定できる。

 だが、父のように慕ってるとは、さすがに言えない。

 すると今度は、佳織が前に出て来た。


「知り合ったきっかけってなんなんですか?」

「ちょっと私が……事故に遭いかけたことがありまして、それを助けていただいたんです」

「え、大丈夫だったんですか」

「あの方のおかげで大丈夫でした。それがきっかけです」

「嘘をついてるわけではないみたいですが……」

「全部本当ですよ」


 ただ、言ってないことがあるだけだ。

 まだ、同じマンションに住んでいることは言ってない。

 言ったら相当面倒になる気しかしない。

 すると佳織は、なにやら少し考えるようにしてから、顔を上げた。


「それだけなら……私もその月下さんの授業、受けさせてもらうのダメですか?」

「え」

「姫様の話の通りなら、私でも成績上がるかもですし」

「そ、それは……」


 ダメという、理由が見つからない。

 なのに、ダメと言いたい自分がいた。

 なぜかは分からないが、和樹を他の人に紹介したくないと思っている自分がいる。

 父親だと思ってることが露見するリスクを懸念してるのか、とにかく理由が分からない。しかし理性的に判断すれば、これを断る理由はなく――。


「うーん。やっぱいいです。私は学校まで電車通学で、徒歩の姫様とは帰る方向違うし、姫様の家の近所ってことはかなり回り道になるでしょうから。教えてもらう時間の確保も難しそうです」


 返事を言えないうちに、佳織の方から断ってくれた。

 内心安堵するが、どういう心境の変化なのかが気になる。


「まあ姫様がそこまで否定するなら、邪推しかけた考えはひっこめるど。でもそれなら、あの場で話してもよかったんじゃ?」

「それは……その、話がこじれるかな、と思ったので」

「お姉ちゃんいたからなぁ……そこは否定できないから、納得しておきます」


 実際、あの場で言っていた場合、和樹に相当迷惑がかかる気するのは、きっと気のせいではない。


「……しておく、という言い回しが気になるのですけど」

「そこは言葉の綾ってもんです、姫様」


 一抹の不安はあるが――彼女らが和樹と関わることはおそらくほぼないだろう。

 姉の友人といっても、普段会うことはまずないはずで――これ以上こじれはしないと、白雪はこの時考えていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「そういえば」


 ゴールデンウィークの谷間、平日の金曜日。

 いつものように白雪は和樹の家に来ていた。

 二年生になって、情報の内容も難易度が上がっている。一人でも何とかならなくもないが、やはり和樹に教えてもらえると安心できるという理由で、家庭教師めいたこれは続いている。

 無論、その後の食事もだ。

 その食事がほぼ終わった頃に、和樹が思い出したように口を開いたのだ。


「白雪、友達には『姫様』って呼ばれてるんだな」

「あ……えと、その、そう呼ぶのはあの二人くらい、です」

「見たところ親しい友人っぽかったが……しかし名前の原型残ってないというか」

「その……一応そうなった経緯はありまして……笑わないでくださいね?」

「いや、別に笑うような話ではないと思うが……」


 確かにそういう話ではないが、改めて説明しようとすると、自分のことながら照れくさい。


「その……私の名前から、『白雪姫』なんて呼ぶ人がいるんです。で、そこから転じて、『姫様』とか呼ばれるようになってて」

「……なる、ほど?」

「う……だから言いたくなかったんです」

「ああ、いや。白雪姫、と呼ばれるというのはとても納得できるんだが」

「そこも納得してほしくないんですが」

「それはともかく、そこからさらに姫様、とはねぇ。でも、仲がよさそうだし、白雪もそう呼ばれるのは、少なくとも嫌ではなさそうとは思ったが」


 確かにその通りだ。

 彼女らの『姫様』という呼び方は、その字面にはともかく、実際には親愛の気持ちが含まれていることは、よくわかっている。


「ええ、まあ……そう呼ぶ人はあまりいませんし、慣れてしまったというか」


 ちなみに一度、他の呼び方はないのかと聞いたことがあったが、いろいろ考えた末に、結局『姫様』が一番据わりがよかったのだ。

 他の候補だと、『(シロ)ちゃん』はさすがに犬の名前の様だったし、『(ユキ)ちゃん』だと雪奈のあだ名にも聞こえてしまう。『白雪シラユキちゃん』では、もはやあだ名(ニックネーム)の意味がない。

 結局馴染んでいたからという理由で、そのまま変わらなかったのである。


「まあ、予想はできていたけど、学校では人気者なのか」

「人気者……かはわかりませんが、ちょっと遠巻きに見られていることが多い、とは思います」


 白雪姫という呼び方が、まさにそれだ。

 どちらかというと、観賞物にされているような印象すらある。

 それは自分の容姿もあるが、『玖条家』という存在によるところも大きいだろう。

 文武両道。容姿端麗。そして日本有数の名家のお嬢様。フィクションとかにでも出てきそうな存在であることに自分自身呆れてしまうが、別になりたくてなったわけではない。

 ただ、雪奈や佳織は、そういうことを考えないで付き合ってくれる、貴重な友人であるのは確かで、白雪にとってとても大切な存在である。


 そしてもう一人。

 和樹もまた、彼女らと同じかそれ以上に、白雪にとっては大切な存在であるのは、疑いようもない。

 雪奈たちがおそらく考えたような関係とは違うが、他人に話すのが少し気恥ずかしいというのは、否定できない。父親だと思ってると言っても、実際違う人間をそのように慕うのが、普通ではないという自覚はあるのだ。


「まあ白雪にああいう友人がいるのは、『父親』としては安心できるよ。学校での様子はわからないしね」

「はい。いいお友達だと思ってます」


 家族として紹介するならありだろうかとも思うが――さすがに今は難しい気はする。雪奈や佳織が誤解しない様に説明する自信は、正直ない。

 どうも彼女たちは、そういう方面の話は全て恋愛感情に紐づけようとするきらいがあるから、なおさらだ。


(それもあと……二年で終わり、ですしね)


 高校卒業までは今の関係は維持できるとは思うが、おそらくそれが限界だろう。

 わかっていてもその時が来るまでは、今の関係を維持したい。

 それが白雪の、偽らざる気持ちだった。


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