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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
四章 近付く距離
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第30話 婚約者候補とホワイトデー

「玖条さん、西恩寺(さいおんじ)先輩が呼んでいるそうなんですが」


 後期試験最終日、帰りのHR(ホームルーム)が終わった直後という時間に、普段あまり話さないクラスメイトが寄ってきたと思ったら、どうやらメッセンジャーだったらしい。

 見ると、教室の入口付近に白雪達とは違う色のネクタイの学生――つまり学年が違う――が立っている。


「……わかりました。ありがとうございます」


 正直何の用だろうと思ったが、ここでそれをクラスメイトに聞いても答えられるとは思えないので、無駄な手間をかける気にはならない。


 西恩寺征人(ゆきひと)

 聖華高校の二年生で、生徒会の会長を務める人物だ。

 学業優秀で、部活動でもテニス部では全国大会に出たこともあるほどの実力。

 さらに容姿にも優れ、西恩寺家は玖条家と同等の名家。

 その上、社交性もあって女性にも常に紳士的に接する。

 かといって男子の目の敵にされているということもない。

 これでもかというくらいの要素を詰め込んだ、理想の王子様的存在であり、実際、この学校でもっとも有名な生徒の一人だろう。

 生徒会長という立場を考えれば、白雪より有名人かもしれない。

 白雪と釣り合うのは彼だけではと、噂されたこともある。


 しかし白雪にとって、その征人からの呼び出しと言われても、まるでときめきはしないのだが、かといって無視していいわけではない。

 これまでほとんど接触がなく――強いて言えば今年文化祭の実行委員をやったので、その際生徒会長である彼とはいくらか話す機会があった――こんな時期に呼び出されるような覚えはない。


「なんでしょうか、西恩寺先輩」

「すまないね、呼び出して。ここではなんだから、移動してもいいかな」

「内密の話という事ですか?」


 不信感が先に立つ。

 彼は白雪に告白して散った人間の一人ではないが、あるいは今更そういうことをするつもりだろうか。

 すると彼は一歩間合いを詰めて、小さな――白雪にしか聞こえないくらいの――声でつぶやいた。


「玖条家と西恩寺家の話だ」


 思わず目を見開く。

 それは確かにこの場で話すべきことではない。


「わかりました」


 白雪は頷くと、歩き出した征人についていった。

 彼はそのまま階段を上がり、屋上に出る。

 屋上は昼休み等であればお弁当を広げている生徒などがいるが、試験が終わった直後のこのタイミングでは、さすがに生徒は一人もいない。

 つまり、他人に聞かれずに話をするには都合がいい。


「改めて……なんでしょうか、先輩」

「うん。まあ……回りくどい言い方はやめよう。俺が君の婚約者候補の一人になったんだ」

「え……」


 白雪の結婚は、白雪の意志ではどうにもならない。

 伯父である貫之が相手を決めることになっている。


 結婚可能になる十八歳を前に婚約者を決める予定になっており、貫之は法律的に婚姻可能になれば、すぐにでも結婚させるようなことすら言っていた。

 玖条家が有力な他家と婚姻関係を結ぶための白雪(コマ)を有効活用するために、有力な家の独身の男性を候補として検討しているらしい。

 確かに征人は、その条件にピッタリ合致する一人と言えた。

 現在はまだ高校生だが、この場合婚約だけして、婚姻はもっと後でも問題はない。


「まあ俺も、君個人のことはともかく、家のことを考えたら有益な話だとは思う。それで、今朝父からアプローチしておけとか言われたんだ。多分君にも、そのうち話はあると思うけど」

「そうですか」


 心が氷のように冷えていくのが分かる。

 征人は確かに好人物ではあるが、白雪の好みではない。

 何より、家の都合での結婚など――それが避けられないとしても――今許容する気分にはなれない。

 そうでなくても、今日は特に機嫌が悪いのだ。


「俺個人としては、君のようなきれいな子は全く興味もないと言ったら……まあ嘘にはなるが、かといって婚約者だからという理由だけで選んでは欲しくはない、というのもある」


 驚いて征人を見る。

 どうやら本気で言っているらしい。


「君の詳しい事情は知らないけど、俺としても望まない相手と付き合いたくはない。君の容姿に関しては文句ないけど、君個人のことはあまり知らないしね。なのでまあ、とりあえず事実だけ伝えておこうかと」

「そういうアプローチの仕方をされると、むしろ私はお断りしたいくらいなのですが」


 明け透けに言ってくるのはむしろ好感が持てるが、かといってそれが征人への興味にはならない。


「うん、ならそれでもいい。俺も全部が全部、家に決められるような時代じゃないと思ってる。ただまあおそらく、今まで完全に興味すらなかったのはお互い様だから、知る機会にはなれば、という程度だ」

「その理屈だと、私に教える必要はなかったのでは」

「最初から分かってた方が楽かな、と。さっきも言ったが、俺は家に決められたから、という理由だけで選びたくはないと思ってる」


 少なくとも伯父よりは進歩的な考えを持ってくれているらしい。

 無理に近づいてくるつもりもないようだ。


「そういうことであれば、わかりました。正直、婚約者としてというか、そういう相手として見れるかと言われると、私としては難しいですと、先に言っておくべきかと思うので、そうお伝えしてしまいますが」

「あらら。好みじゃないか。まあいい。とりあえずそういうことで。まあまたそのうち、よろしくね」


 征人はそういうと立ち去って行った。

 しかし白雪は去り際の一言が気になった。


「そのうち……?」


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 帰宅する頃にスマホに送られてきたメッセージを見て、白雪は暗鬱たる気分になった。

 送り主は伯父の秘書。

 内容は婚約者候補のリストだ。

 正直こんなものもを十六歳の高校生に送り付けて、どういうつもりだろうと思う。

 一応配慮しているつもりだろうか。


 当然だが、その中には征人の名前もあった。

 他にもいくつか、どこかで聞いたことがある気がする名前があったが、多分パーティのどれかで聞いたのだろう。

 全く覚えていないが。


 顔を軽く振る。

 今日は金曜日なので、本来は和樹の家に行く日だが、残念ながら授業はない。

 試験最終日ということもあり休みにする話もあったが、白雪は構わず実施してくれるようお願いしていた。

 ところが昨日の夜、和樹に急遽仕事の予定が入って都合が悪くなってしまい、中止するしかなかったのだ。


 正直に言えば、おそらくもう和樹に毎週教えてもらう必要はない。

 二年生になって大幅に難易度が上がったらその限りではないが、もう自力で何とかなるとは思う。

 強いて言えば、今のパソコンは借り物なので、改めて自分のパソコンを買うべきであり、それを選ぶのに協力してもらうくらいだろうか。

 ただ、白雪はこの時間を失うつもりは全くなかった。

 失った安らぎを感じられる唯一の時間を手放す気は、全くない。


 むしろこの埋め合わせで、明日か明後日にお邪魔したいくらいであるが、和樹によると今回の用事は土曜に帰れる見込みはなく、日曜日もいつになるか分からないらしい。

 つまり二週間会えない見込みで、白雪はとても落ち込んでいた。

 学校で、征人への態度が冷たかった理由の一つでもある。


「……あら?」


 よく見たらスマホに、荷物が届いていることが通知されていた。

 帰宅時、すぐ部屋に行ってしまったので気付かなかったらしい。

 何か配達を頼んだ記憶はないので何だかはわからないが、もし生ものだとまずいので、急いで取りに行く。

 指定されたのは一番小型のボックス。

 スマホをかざして開くと、中にラッピングされた小さな箱が入っていた。ただ、よく見ると――。


「……宛名がない?」


 てっきり配送業者がいれたものだと思ったが、きれいにラッピングされたその箱は、宛名などを示すシールが一切貼ってない。

 代わりに、それとは別に紙が一枚入っていた。


「一体……あ」


『本当は今日渡すつもりだったのだけど、仕事が入ってしまってすまない。次にいつ会えるか分からないので、こういう形にで渡すことを許してほしい 和樹』


 便箋に、急いで書いたと思われる文字は、あまりきれいとはいいがたかった。

 それでも、その手書きの文字が逆に温かみを感じる。


 白雪は手紙とその箱を回収すると、部屋に戻った。

 そして箱を開けると――。


「首飾り?」


 水色の宝石がついたシルバーネックレス。

 非常に可愛らしい小さな雪の結晶めいた六角形の装飾が途中にあり、その中央に水色の小さな石がはまっている。おそらくはアクアマリンか。


「可愛い……」


 箱の中にもメッセージが入っていた。

 こちらは急いで書いたわけではないようで、丁寧な筆致になっている。


『ホワイトデーということでこれを。これからもよろしく。 和樹』


 嬉しくなって箱と手紙を包み込むように胸に抱く。

 ホワイトデー自体は今週の月曜日。

 ただ、試験直前だったのもあり、試験が終わって会う予定だった今日、直接渡してくれるつもりだったのだろう。


「ありがとうございます、和樹さん」


 会えない寂しさは募るが、次に会ったら一番美味しいもの――ハンバーグ――を作ってあげよう、と白雪は決意した。


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