第23話 朝帰りの白雪
正月の間、和樹はかなり暇だった。
元旦は、せっかくだから初日の出を見ようと思っていたのだが、起きたのは日が昇った後。
結局普段とあまり変わらない。
正月だからと、何か特別なことをすることもない。
去年はまだ、お節料理っぽいものを買ってきたりしていたが、社会人になって二年目、一人で過ごす正月も三回目となると、もう何か特別なことをやる方が面倒だ。
まして和樹の場合、そもそも休みという感覚もあまりない。
それでも二日目には友哉が遊びに来たので、せっかくだから近所に初詣に行こうとして――挫折した。
二日目でも予想以上に混んでいたのだ。
人混みが苦手なのもあるが、友哉と一緒だと目立ち過ぎる。
結局二人で適当に総菜類を買って、和樹の家で飲み食いしていただけだった。
三日目となると、もう特別感も欠片もない。
いつも通りに起きて、今のうちに対応できる依頼を先に片付けていた。
途中、親から電話がかかってきたのが、唯一正月っぽいことと言えた。
夜もいつも通りで、特別なことも何もない正月の三箇日を終える……その、最後の五分に、想定外のことが起きた。
日替わりまであと少し。
あとは寝るだけ、という状態でリビングでくつろいでいたところに、インターホンの呼び出しが鳴ったのだ。
しかもこれは、扉の前の方の音。
一体誰が正月の深夜に、とスマホを確認して――驚いた。
「玖条さん!?」
正月に帰省すると言っていたはずの彼女が、そこに映っていたのだ。
一瞬幽霊かと思ったくらいである――そんなはずはないのだが。
慌てて扉を開けると、憔悴しきった彼女がそこにいて――そのまま倒れこんできた。
倒れないように支えると、かろうじて聞こえる声で、だがとんでもないことを彼女が言ってきた。
「一緒にいて、ください……」
それを最後に、彼女の意識が落ちていた。
「ちょ、玖条さん!?」
ゆすってみるが起きる気配はない。
「……どうしろと……」
とはいえ、いつまでも玄関先で抱き留めているわけにもいかない。
何より寒い。
とりあえずあきらめて、白雪を部屋に入れる。
完全に寝入っているが、それでも白雪は軽かった。
しばらく考えて――結局自分のベッドに寝かせる。
せめてコートは脱がせるべきかと思ったが、それすらためらわれ――結局そのまま、布団をかけた。
一度玄関に戻って彼女のキャリーケースを家の中に入れてから、また部屋に戻ると、そのままベッドの横に座り込む。
「一体何があったんだ……?」
帰省をあまり歓迎していないのは、わかっていた。
とはいえ学生が、それも高校生が正月に帰省しないというのは、普通はない。
彼女の家の事情は全く分からないが、おそらく和樹では想像できないような悩みがあるのだろう。
だとしても、深夜に男の部屋に来て『一緒にいて』というのはいくら何でもない。
この状態の女性に手を出すほど和樹は節操なしではないが、そうなっても文句が言えないレベルだ。無論それでも犯罪行為には違いないし、手を出すつもりなど欠片もない。
そもそも、最初から白雪の和樹に対する距離感はどこかおかしかった。
警戒心がなさすぎると言ってもいい。
一番最初は、和樹がまともに歩けないほどに足を痛めていたから、まだわかる。
それに今思い返せば、一番最初に朝食をもらった時までは、まだ彼女は警戒していたように思える。
だがそれ以後は、無条件で信頼しているというレベルで警戒心がない。
何か理由がないと説明がつかないが――さすがに今回は聞く必要があると思えた。
「……まあ、別に怒るつもりはないが――」
白雪は安らかに眠っている。
コートを着たままなのは申し訳ないが、寝苦しいということはないようだ。
多少皺になるかもだがそれは許容してもらおう。
とりあえず今日のところはソファで寝ることにして、和樹は寝室の電気を消した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お……おはよう、ございます……」
深々、というか文字通り直角ほどに腰を折った挨拶だった。
「ああ、おはよう。考えてみたら、おはようって挨拶は初めてだね」
あまりに現実感がなさ過ぎて、ひどく的外れな感想が先に出てきた。
翌朝。
和樹が起きたのが七時前。
寝室でごそごそという音がしたので、目が覚めた。
何やら独り言が聞こえた気がするので、さぞパニック状態なのかもしれない。
十分ほどして部屋から出てきた白雪が、申し訳なさそうに深々と挨拶してきたのである。
「え、えと……その……」
「うん、まあ正直、さすがにいろいろ説明は欲しいが……いったん帰ったらどうかな。俺もまあこの後少し仕事するから……そうだな。昼過ぎ……十三時くらいに来てくれればいい」
白雪はなおも何か言いたげであったが、それはいったん収めたようで、「わかりました」と言ってもう一度深々と一礼して、部屋を出て行った。
「まあ、体調が悪いってことはなさそうだが」
昨夜見た時の白雪の顔はひどく憔悴しているように見えたが、今は大分顔色がいいように思えた。
一度夜に様子を見た時も、どちらかというと安らかな寝顔に見えたので、よく眠れたのだろうとは思う。
しかし男の家で安心するのはどうかと思うが、そのあたりも何か理由があるのかもしれない。
「とりあえず……仕事するか」
実のところ正月暇だった時にある程度やってしまっているが、何かしていないと落ち着かない。
とりあえず和樹はパソコンを起動し、メールを確認した。