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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
三章 白雪の理由
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第21話 正月の憂鬱

 元旦の朝六時過ぎの新幹線のホームは、元旦であるにもかかわらず、それなりに人であふれていた。

 こんな日に新幹線に乗りたくなどないが、かといって帰らないという選択肢は、さすがにない。その命令に逆らう権利は、白雪にはないのだ。


 指定席は確保できているので、すんなりと座れた。

 座ってから五分ほどで、新幹線は滑るように動き出す。

 朝六時発の電車なので目的地の京都に着くのは八時過ぎ。

 昨日寝たのは十二時を回っていたので、さすがに眠い。

 京都駅までは迎えが来ているということだから、それ以後は考えなくていいとして、それまでは――寝ることにした。

 うっかり乗り過ごさない様にスマホの目覚ましをセットすると、白雪は少し椅子を倒す。

 幸い、一番後ろの席なので、椅子を倒すのに後ろの人の確認を取らなくていいのが助かった。


(昨日は……楽しかったな……)


 何をしたわけでもなく、一緒に食事をしてテレビを見ていただけではあるが、それでも白雪には楽しく思えた。

 少なくとも、この後にあるであろうこととは比べるべくもない。

 それを考えない様にしているうちに――白雪は眠りに落ちていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「おかえりなさいませ、お嬢様。明けましておめでとうございます」


 丁寧な、ある種礼儀作法の模範のような一礼で白雪を迎えたのは、この屋敷の使用人の一人、宇喜田うきた紗江(さえ)である。


「久しぶりです、紗江さん。明けましておめでとうございます」


 夏に帰省した――というよりさせられた――時以来だから、彼女に会うのも四カ月ぶりだ。


「お母さんの体調はいかがですか?」

「気に留めていただきありがとうございます。おかげさまで、快方に向かってるとのことです」


 紗江の母は重い心臓の病気で、現在も入院生活が続いている。

 そのため、紗江はこの京都を離れることができないのだ。

 それがなければ、紗江は白雪と一緒にあの家にいた可能性がある。

 当時はそれを残念がったが、今思えば、そのおかげで和樹との時間を作れているので、よかったのかもしれない。


 紗江はこの玖条家の中では、ほぼ唯一、白雪の味方と言っていい人物だ。

 白雪が幼いころに玖条家に引き取られてから八年。高校進学でこの屋敷を出るまで、ほぼずっと一緒だった。

 彼女がいたから、白雪はこの屋敷で潰れずにいられたと思う。

 もっともそれが限界に達したから、高校進学と共に屋敷を出ることにしたのだが。


「旦那様からのご伝言です。昼食は共にするように、と」


 返事の前にふぅ、とため息が出てしまう。

 顔を合わせるのは九月以来か。思えば、あの時遅くなったことが、和樹との出会いのきっかけだった。

 そういう意味では――いや、それでもさすがに、感謝する気にはなれなかった。


「わかりました」

「気持ちはわかりますが、旦那様の前ではできるだけ……」

「わかってますよ。まあ嫌味くらいは言われるでしょうけど」

「数日の我慢ですから、お嬢様」


 高校を首都圏にある学校にしたのは、玖条家を、正しくはこの屋敷から出るためだった。

 希望したのは、母の母校。

 別にどこでも良かったといえば良かったのだが、志望理由を明確に言えるのが大きな理由だった。


 玖条家は京都を中心に多くの分家を持つ。

 そのため、京都近郊ではどの学校を志望しても、結局玖条家からは出られないが、首都圏に、まして東京から少し外れた都市には分家がなかった。

 だから学校からほど近いマンションの一室を借り上げ、白雪はそこに住むことになったのだ。


 最初に行った時に、あまりの過剰な広さに呆れたが、おそらくこれでも伯父に言わせれば狭いのかもしれない。一人暮らしに、あんな広さがなぜいると思うのかと云いたくなるが。

 使用人を置くというのは、紗江以外は白雪が全力で拒否し、紗江が白雪が一人で暮らす分には問題ないとフォローしてくれたので認めてもらえた。

 そういう意味でも、紗江には感謝しかない。

 あの広い家をある程度清潔に保てているのも、紗江に教えてもらった掃除のテクニックありきだ。


「正月の間の予定は、お昼が終わるころまでにはお嬢様のスマホにお送りしておきます」

「ありがとう、助かるわ」


 こういう対応を取ってくれるのは紗江だけだ。

 スマホなどに全く馴染みのない伯父やその周囲の者は、口頭でのみ予定を伝えてそれで終わる。挙句によく忘れたり勘違いをするのだから、始末に負えない。

 そのために秘書が予定(スケジュール)を管理する。スマホ一つで事足りるのにと思うが、それを職業にしている人もいるから、そこは仕方ないか。

 ただ、玖条家に来るまではごく普通の生活をしていた白雪にとっては、やはり無駄に思えてしまう。


 とりあえずは――憂鬱な気分になるのは仕方ないという覚悟で、伯父との昼食に臨むのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「これ、全部パーティとやらの予定?」

「ですね」


 伯父――玖条家当主である玖条貫之(つらゆき)――との昼食が終わって戻ってきた白雪は、スマホに転送されたスケジュールを見て呆気にとられた。

 伯父との昼食の時は、あちらでの暮らしのことや学校でのことなどまるで聞かれず、正月の間にある会食やらの予定を立て続けに言われたが――その数でも辟易していたが、実際に視覚化されると本当に気が滅入る。


 元旦、つまり今日の夜から始まって、明日の午前、夕方、夜。さらに三日目も同じ。

 つまり合計七回。

 四日目に何もないのは、仕事が始まるからだろう。

 学生の身である白雪は学校が始まるのは十一日からと、今年はとても遅いが。


「一つには、お嬢様がもう十六になられるから、ですね」

「……社交界デビューってことですか? いつの時代ですか……」


 中学までは、まだ一人前ではないという扱いだったというのか。


「お嬢様の結婚相手を探す意味もあるそうですから……」

「誰も頼んではいないのですけどね」


 現玖条家当主である玖条貫之の弟、玖条白哉(はくや)。それが白雪の父である。

 その娘である白雪は、玖条家にとっては貴重な直系の女子となる。

 いつの時代だと言いたくなるが、婚姻による家同士の付き合いのための駒として、白雪は玖条家にいるのだ。

 白雪自身としては全くありがたくないことだが。


 だが、その立場を拒否することはできなかった。

 八年前、両親が事故で他界して、頼るべき者がいなかった白雪にとって、玖条家に来る以外の選択肢はなかったのだ。

 それがどういう意味を持つか分かっていれば、あるいはあの時に――と思うが、当時まだ七歳だった自分にそれを求めるのは不可能だろうし、今でもそれ以外の道を選ぶだけの力は、白雪にはない。


 もう一度、スケジュールを見る。

 そこに並んだ、何の感銘も受けないいくつもの名前に、白雪はもう一度ため息を漏らすのだった。


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