閑話1 朱里の勘
「なーんか釈然としない」
「何がだ?」
帰路、朱里はなぜかずっと考え事をしているようだった。
誠としては何を考えているのかが気になるが、思い当たることがなく、とりあえず様子を見ていたのだが、ようやく考えを話してくれる気になったらしい。
「和樹君が買ったっていうあの料理」
「ああ、あれは本当に美味しかったなぁ」
「そう、それ。美味しすぎたの。正直、超有名専門店の料理かってくらいに」
そこは誠も同意する。
だが、それだけ美味しい店があったというだけではないか。
「なんかいい感じの専門店がクリスマス限定でそういうサービスしていたんじゃないか?」
「それならちょっとくらいネットで話題になってると思わない?」
「それはそうかもだが……」
朱里曰く、それらしい話は全く検索に引っかからないらしい。
「それに今時、レシートすらない現金払いってある?」
確かに今時あまりない。
キャッシュレスが一般化しており、個人商店でも簡単に導入できるカード払いやスマホ払い機能を持つ端末は、普通にどこでも使われている。
とはいえ、ないとまでは言い切れない。
ちなみに食費の分担については、食事分は和樹が負担、追加購入した酒やケーキの分は和樹は負担せずで問題ないと言われていたので、気にしていなかったが――。
あれだけの料理となると、どう考えてもそれ以上だったのではないか、と思う。
もっとも、和樹は四人の中ではいろいろあって所得は一番多いだろうというのはわかっている――そもそも一人であんないいマンションに住んでいる――から、多少彼が多く負担するのはいつものことなので、そこは気にしなかったが、それでも確かにレシートすらないのは妙だ。
「それに、あの目聡い和樹君がお店の名前チェックしてないのも妙」
「そうか?」
「そうだよ。和樹君、適当にしてるようで、そういうところはちゃんと見てる人だから。このプレゼントだって……」
クリスマスプレゼントは毎年四人それぞれにプレゼントを贈り合う。
大学一年の時から続いているやり取りだ。
朱里が和樹からもらったのは、冬用の肌のケアのためのフェイスクリームとハンドクリームという実用性に振り切った内容だが――。
「確かこれ、朱里お気に入りのブランドだよな?」
「そう。誠ちゃんには話してるけど、和樹君に話したことなんてない。誠ちゃん、和樹君に話したことある?」
誠は当然のように首を横に振る。
「むしろ、彼女《恋人》のハンドクリームのお気に入りの銘柄を男友達に報告する奴がいるなら見てみたいわ」
「でしょう? そりゃ、ハンドクリームなら彼の前で使ったことは多分あるし、確かに学生時代から愛用してたけど、直近見た可能性があるのは一年は前よ。しかもこれ、普段私が使ってるやつより、グレードが高いやつなの」
「偶然じゃなくてか?」
「ないと思う。このブランド、メジャーとは言いがたいから、知らないと普通選ばない。確実に私が普段使ってるのを知ってて、しかも普段使ってるのよりいいのを贈ってくれてる。そんな彼が、あれだけ料理を買うような店のことを全くチェックしてないってことは、あり得ない気がする」
「だから妙だと」
朱里が頷く。
「なーんか隠してる気がする。確かに不審な点なんてなかったんだけどね……」
「まあ、確かにあいつは見てないようで周りをよく見てるタイプだけど」
「そうなのよ」
朱里が立ち止まって振り返る。
視線の先には、先ほどまでいた和樹のマンションがある。
「私の勘が、何かあるって言ってる気がするの」
「勘かよ」
「女の勘よ。何か違和感がある」
「朱里が女の勘って言ってもなぁ」
「あ、ひどい。婚約者にそれ言う!?」
誠は笑いながら、朱里を抱き寄せた。
「女っぽいことはあまり発揮しないでくれ。俺が困る」
「……バカ」
そのままくっついて歩いていく。
触れあっているところがとても暖かくて、朱里の顔が緩む。
「ま、朱里の勘はともかく……なんかあればそのうち分かるだろうさ」
誠は、後にこの言葉は予言だったのだろうか、と振り返ることになるが、この時の彼がそれを知る由もなかった。