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白雪姫の家族  作者: 和泉将樹
二章 クリスマスの二人
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第14話 白雪と学友

 定番のチャイム音が時間を報せるために響き、教師が授業の終わりを宣言した。

 日直の号令に従い、全員が教師に礼をすると、教師は「また来週に」といって教室を去る。

 それを見届けてから、生徒の多くが緊張を解いたのか「お疲れー」という声が各所に聞こえてきた。


「今日も難しかったよなぁ……パソコンってなんでこんな扱いづらいんだろ。スマホだったら色々勝手にやってくれるのに」


 男子生徒のそんな愚痴が聞こえてきた。

 今日はネットワークの基本ということだったが、本当に基本というか、理論に加えて、実際にパソコンからネットワークの設定内容を確認する授業だった。

 スマホだと、ネットワークがどうというのはほぼ意識しない。

 強いて言えば、無線接続するかどうか程度だが、パソコンの場合は設定方法に色々あり――スマホしか扱ったことがない高校生では、とても難しいと感じる内容だった。IPアドレスとか、デフォルトゲートウェイとか、暗号にしか聞こえない人がほとんどだろう。


「姫様、どうだった?」


 声をかけられて、白雪は少し複雑そうに笑う。

 声をかけてきたのは友人の津崎雪奈。

 肩の辺りで切りそろえた髪型で、水泳部所属。いつも元気な印象がある女性だ。


 白雪は学校で『姫様』と呼ばれることがある。

 これは、白雪が旧家である玖条家の令嬢であることと、名前から『白雪姫』と呼ばれていることに起因する。

 あまり親しくない場合は普通に名前で『玖条さん』と呼ぶ一方、三人称としては『白雪姫』と呼ばれているらしい。ただ、ごく一部の親しい友人が、そこから『姫様』と呼ぶのだ。すでに名前の原型が残ってない気がするが。

 雪奈もその一人である。

 彼女の場合、最初は全部敬語で話されていたのが、今は砕けた話し方になってるので、そういうあだ名だと思って許容している。


「そうですね……でもまあ、何とかなりました」


 実のところは、和樹に教えてもらっていたことの復習だったから何の問題もなく理解できた。

 すでに何回か和樹に教えてもらっているが、和樹は教科書の進み具合から今週の復習に加え、翌週の予習を的確にやってくれるのだ。

 おかげで、苦手だった情報の授業も今は得意科目になりつつある。


(教え方が不安とか仰ってましたが、とても上手ですよね、あの方)


 むしろ教えるのを本職しては、と思うくらいだ。


「さすが姫様。苦手な事なんてないみたい」

「そんなこともないですが……でも、今のところは何とかなってますね」

「いいなぁ。何かコツとかあるの? 情報はまだしも、英語とか」

「と言われても……予習復習、くらいしか……」


 情報に関してだけは実践に勝る対策はない気がするが、その他の科目は予習復習さえしていれば、そう苦労しない……のは、多分自分だからなのだろう、とは分かっている。


「姫様は基礎が違うよね……さすが玖条家のお嬢様というか」

「そういうのはやめてくださいね?」

「あ、ごめんなさい」


 白雪の実家である玖条家が皇家とも縁戚関係にあるような名家であるのは、結構知られている。

 この聖華高校は昨今は、少し格式が高い程度の高校でしかないのだが、元は旧華族の子女が通うために創設された学校であり、そういう繋がりがある生徒も少なくはないのだ。

 雪奈はそういう関係者ではないが、それでも玖条家というのがどういう家かはもう知られてしまっている。

 まだ彼女は、家柄とか関係なしに話してくれる数少ない友人だ。

 どちらかというと、高嶺の花、あるいは近寄りがたい存在として認識されてしまっていて、雪奈のような友人はむしろ少数なのだ。


 それに。


(私自身は、本当に普通の家で育っているんですけどね……)


 小学校の途中までは普通の公立小学校に通っていたのだ。

 勉強はその頃からできたが、それは玖条家とは何ら関係はない。


「そういえばそろそろクリスマスだけど……姫様ってやっぱ実家で何かあるの?」

「……クリスマス……ですか」


 そういえばもうそんな時期だった。

 といっても、白雪にとってクリスマスは、何ら楽しいイベントではない。

 幼い頃は違ったが、今では何も楽しさを見いだせないイベントになっている。

 むしろ、実家から離れている今年は、あの空虚なパーティの参加は自動的に拒否できるだろうから、それだけが救いか。


「特に予定は……ないですけど。ああ、でも実家から何かあるかもですね」


 そんな予定は全くないのだが、予防線を張っておいた。

 中学の頃から、白雪はクリスマス頃になると特に男子から一緒に遊ばないか、と誘われることが多かった。

 理由は一応理解はしている。

 自分の容姿がそれなりに異性をひきつけやすいという自覚はあるのだ。

 ただ、白雪としては男性と付き合うつもりは全くない。


 中学時代から『白雪姫』と呼ばれ、ある種の憧憬を集めていたため、ちょっとした友人付き合いですら注目を集めてしまう。

 そのため、異性の親しい友人というのがそもそもいなかった。

 そもそもそんな自由もない。


 なので、いつもクリスマスは予定を全く入れないで、毎年一人で過ごしていた。

 実家では一応クリスマスにもそれなりのパーティなどをやっていたが、それすら白雪は何かと理由をつけて早々に退席している。あんなものに出るくらいなら、一人の方が楽だからだ。


「それは……男子は涙目だね」

「私に言われても、ですけど」


 高校を遠く越境して入学した白雪だが、結局ここでも『白雪姫』と呼ばれていて、立ち位置は中学の頃とほとんど変わらなかった。

 違いといえば、さすがに実家の影響力はそこまでないので、親しいと言える友人ができたことくらいだが、それでも異性の友人は皆無だ。

 一方で白雪がこの聖華高校に入学して以降、男子生徒から交際を申し込まれた回数は両手足の指の数でも足りない。

 同学年はもちろん、上級生でもかなりの数に申し込まれ――そのすべてを白雪は断ってきている。


 最初の新入生代表挨拶を務めた時から、一気に容姿では知られ、定期考査では上位十人だけは順位が張り出されるが、過去の二回は両方とも名前が載っていた。

 雪奈に『苦手なことがない』と言われたように、運動などもかなり得意ではある。

 単純なスペック(学業や運動)と容姿だけ見れば、白雪は確かに――憧れを抱かれるのだろう、というのは自分自身分かっていた。


 しかし、白雪本人からすれば、そんなものはどうでもよく、そしてそもそも白雪自身、この先のことにも何も希望を持っていなかった。

 あの八年前にすべてを失ってからの人生は、白雪にとってはもうただ消費するだけの時間でしかない。

 雪奈のような、数少ない友人と過ごす時間以外は、白雪にとってはほとんど記憶にすら残らない空虚な時間なのだ。


(強いて言えば、月下さんとの時間だけは……少しだけ楽しいですね)


 一週間に一度だけの時間だが、和樹の講義と彼との夕食の時間だけは、今の白雪にとって数少ない楽しいと思える時間だ。それは、彼がどこか父を思わせてくれるからだろう。

 八年前に失った時間を思い出させてくれるから。

 和樹には失礼な話ではあると自覚はしているが。


(そういえば、あの方はクリスマスとかどうされるのでしょう?)


 数回夕食を共にしただけで、和樹の普段の交友関係などまるで知らないのでどうするのか全く見当がつかない。普段の様子から、恋人などがいるようには思えないが、それとて確証はない。

 カレンダーを確認すると、一応クリスマス・イブがちょうど金曜日になっているが、その日の予定をどうするかは考えていなかった。

 そもそももうすぐ冬休みになるわけで、その間のことも決める必要がある。

 幸い、今日は金曜日だ。


「今日、聞いてみましょう」

「へ? 何を?」


 言葉に出してしまっていたらしい。


「あ、いえ。ちょっと確認すべきことがあったのですが……すみません、独り言です」

「姫様の独り言ってなんか貴重」

「私だって独り言くらい言いますよ」

「それはそうだけど……で、何を誰に聞くの?」

「それは……って、別に話すようなことではないですので」


 どうも雪奈は会話をつなぐのが上手い。

 うっかり口を滑らせそうになっていた。


「残念。まあ姫様のことだから、実家関連?」

「……まあ、そんなところです。それよりそろそろ移動しないと、ですね」

「あ。そうだね。次は……と」


 雪奈に続いて、白雪も教室を出る。

 白雪はスマホでカレンダーを確認しつつ、次の授業に向かうのだった。

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