鍵付きのコーヒー
いくつのことだったか。
とにかく幼かった憶えだけはある。
「お父さん、それなにのんでるの?」
「これかい?これは、そうだね、大人になる飲み物だよ。」
「ちょっとだけのんでもいい?」
「いいけど、おいしくないよ?」
それは、真っ黒で少しいい匂いのする飲み物だった。
今となってはそれがコーヒーであることはわかるが、その時の私にはお父さんが毎朝飲んでる不思議な飲み物という認識しかなかった。
「うえっ!」
「ははは、美味しくないだろう?」
「うん。」
「大人になったら飲めるようになるよ。」
それからしばらくして、私はお父さんに一つのおねだりをした。
「お父さん。」
「どうした?」
「私、金庫が欲しい。」
「金庫?どうして?」
「テレビで、、、。」
そのころの私は、古い金庫を開けるバラエティを見るのが好きだった。
その影響で幼い私は金庫に憧れがあった。
いつか自分の入れた物がすごい価値になるかもしれない。
そんな幻想を抱いていた。
「あぁ、よく見てるあれか、、、。じゃあ、誕生日プレゼントはそれにしようか。」
「うん!」
買ってもらったのは、大人なら持てるくらいの小さな金庫だった。
私はその中に宝物を入れた。
綺麗な石に、ビー玉、ギザ十。
そして、お父さんからもらったスティックタイプのコーヒー。
そんな子供の夢を詰め込んだ金庫を私は机の奥底に大事にしまい込んだ。
小学4年生になったばかりの頃から、お父さんとお母さんがよくケンカするようになった。
原因は何だったのかはわからない。
夜遅くに口論する声が部屋まで聞こえてきて、それがかなり苦痛だったのを覚えている。
そうして、どこか気まずくなりお父さんとの会話もなくなっていった。
次の年には、転校することになった。
原因は両親の離婚だった。
私はお母さんに引き取られ、お父さんとは十分な会話をできないまま離れ離れになった。
お母さんに、お父さんの話をするのもどこか気が引けて。
大好きだったお父さんのことを思い出すのも苦しくて。
そのうちにお父さんのことを考える機会は減っていった。
私がこんなことを思い出しているのは、目の前にあの金庫があるせいだ。
大学生になり一人暮らしを始めるにあたって実家から引っ越しの準備をしていた時。
タンスの中をあさっていると、この金庫を見つけ出した。
暗証番号を何にしてたか覚えてなかったが、0001から入れていったら0616で開いた。
何の番号なのか見当もつかなかったが、大して気にもならなかった。
金庫を開けてみるとそこには見覚えのある諸々があった。
その中の一つに目が留まり、私はコンビニへと出向いた。
「へぇ、あんたがそれ買うなんて珍しいね。」
コンビニで買ってきたものを見たお母さんが声をかける。
「ちょっとね。」
「フーン。」
お母さんはどこか思うところがあるようだった。
私は“それ”をコップに入れ熱湯を注ぐ。
コップに口をつけ、恐る恐る口に含むと、案外それはスッと喉を通った。
かつて吐かれた嘘を思い出して、どこか後押しされた気がして。
私は自然と笑っていた。