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四章 クリスの居場所8


「別にサスのリーダー格はアイザックだけではないですしね。それにアルブの魔術師たちの中にもリーダーはいると聞いているし、他の町にもいる。それがアルビオンに集結するのだから、単に配置の問題でしょう」


 現在、サスから魔術師たちが続々とカエルム地方に入ってきていた。大半はそのままヘンレッティ家が所有している大型船を使って、海路でアルビオンに向かうらしい。


 残りはしばらくここに残って、国から派兵される軍に対抗するつもりなのだと聞いていた。それはヘンレッティ家に対する加勢というよりは、魔術師たちがアルビオンに向かったことを気づかれないための陽動なのだ、とエイベルは言った。全ての魔術師たちがアルビオンに固まれば、国の注意はカエルム地方を離れて全力でそちらに向かう可能性がある。国にとっての明らかな脅威は、遠いカエルムの独立より、足元の魔術師たちの結集だ。


 だが、サスの魔術師たちがカエルム地方に合流したとなれば国はこちらを無視できないだろう。両側から攻め込まれる可能性がある。


「アルビオンにそんなに魔術師たちが集結して、食料とか水はどうしているのかな? 町の外からの調達は難しいのじゃない?」

「水は心配ないとのことですが、食料や物資はこちらからも支援してますよ。それも船で運んでいますから、そのためにも港からアルビオンまでの道は確保してほしいところですね」


 ウィンストンの言葉に、エイベルが頷いた。


「それが今回合流するサスの魔術師たちの狙いですね。何とか航路と陸路を確保しようとしています」

「その間の町や川までを完全に制圧できれば、物資や食料は近場で手に入れられるのですけどね。そして、そこまでいけば、中央を完全に挟める。北は北軍と自衛軍とサスの魔術師達、そして南は港からアルビオンまでは魔術師達だ」


 そんなウィンストンの言葉に、クリスはわずかに緊張するような感覚になる。


 国の辺境にあるカエルム地方の独立というのはなんとなく想像できても、国の中央であるクラウィスを狙うなんてことはまるで夢物語のようだ。


「南軍は当然南を睨むとして、中央軍は万が一に備えてクラウィスの防衛に残るだろうね。東がもともと隣国への牽制で動かしづらいことを考えると、こちらに進軍してくるのは西軍になるかな」

「ちなみに西軍の副将軍はアランの父親で、一部の部隊長は兄だそうですよ」

「うん。アランから聞いてる。でも、全く信用されてないから、二人を連れ出して捕えることは無理かなって笑ってたよ」

「そんなことまで検討いただいたのならありがとうございます。どちらかといえば私は、あちらに情報でも流されないか、というところを心配したんですが」

「そこは大丈夫だと思うよ」


 レックスがそう即答して頷いたので、ウィンストンは納得したらしい。それ以上は何も言わなかったウィンストンに、レックスが続ける。


「相手が西軍だとして、こちらは魔術師達の力をアテにしてるの? あんまり正面からぶつかりたくないけど」

「アテにはしてますよ。もともと船の貸与と食料や物資の支援の代わりに、力を貸してもらうというのが彼らとの約束です。国に没収されてた船を取り返してもらうところから、助けてもらってますが」

「そうなんだ。それならちゃんと協力してくれそうだね」

「ええ。魔術師が合流してからは、すでにこちらの自衛軍のトップとも色々と話をしてもらってますよ。魔術師の支援は、国軍に対抗するにはかなりのアドバンテージです。なるべくお互いの力を活かしたい」

「さすがだね。北軍の将軍は、ヘンレッティほどの名家が魔術師の力を使うなんてって憤ってたけど」

「ありがたい話ですね。あちら側も、一昔前までは魔術師を抱えていたはずですけど」


 ウィンストンはそんな風に皮肉気に応じ、レックスは驚いたように聞き返した。


「そうなんだ?」

「ええ。何十年か前には王宮にもいましたし、それ以前には軍にも専門の部隊がいたらしいですよ。どちらも非公式ですけれどね。ただ、長続きはしておらず記録もないので、国の方針に反して処刑されたとか、他国に逃げたとか言われてますが」

「役に立つって言ったら失礼だけど、どちらもすごく心強いと思うけどね。この間もエイベルがいてくれて安心したし、とれる選択肢も格段に増えた」


 レックスがそう言ってエイベルを見ると、彼はにっこりと笑って礼をする。


「レックスにそう言っていただけるのは嬉しいですね。実際、我々の力は役に立つと思うのですけど、心強いのも選択肢が増えるのも、逆に不安要素になってしまう場合の方が多いのでしょうね」

「そうかもね。僕もエイベルやクリスを知らなければ、脅威に感じていたかもしれないし」

「実際、脅威だったんだと思いますよ。王宮が魔術師を抱えていたということは、私たちのような貴族やその他の王族も抱えていた可能性が高い。権力を巡ってさんざんお互いを殺し合っていた頃は、そこに手持ちの魔術師を使わない手はないでしょうから」


 ウィンストンの言葉に、エイベルは少し苦笑するようにする。


「魔術師たちが暗殺に加担していたとは、あまり考えたくはないですけどね。とはいえ、魔術師は家系が多いから、親子や兄弟も一緒に抱えられていれば、人質にとられているのと同じだった可能性はある」

「その考えは私にはよく分からないな。魔術師とはいえ、人間だろう。人を蹴落とすのが好きな魔術師や、自分の地位や欲望のために、喜んで命令を聞く魔術師もいていいと思うが」

「本当はそうなのでしょうけど、魔術師は争いを好まないとは言われますし、実際、あまり好戦的な魔術師を見たことはないですよ。そうでなければ、彼らはとっくに各地で暴発してたはずです」

「単に慎重なだけではないのか? クラウィスに近いアルビオンまで一気に詰めて、中央を狙うような彼らが争いを好まないと言われてもピンとはこない。暴発しても何の得にもならないとみて、機が熟すまで状況を見極めていたというだけだろう」

「それがきっと考え方が違うのだと思いますが、お伝えするのは難しいですね」


 エイベルはそう言って笑ったが、クリスにもいまいちよく分からない。魔術師である自分しか知らないので、気質や考え方の違いがあるのだとしても、それが単なる個人の性格なのか区別はつかないのだ。


 ウィンストンは肩をすくめる。


「エイベルと幼い頃から一緒にいた私に分からないのなら、中央の人間たちは余計に分からなかっただろうな。だからこそ近くに置くのは止めたのだろうし、今のこの迫害にも繋がっているのだろうが」

「分からないなら、理解するためにも余計にそばにおいて欲しいものですけどね」

「それこそ考え方が違うだろうな。他人は蹴落とすか利用するかの二択だと考えている相手にとっては、こちらも当然そう考えていると思っている。——私は正直なところ、もうあちらには近寄りたくないな」


 心底嫌そうに吐き捨てたウィンストンに、エイベルは苦笑して、レックスは笑った。


「ウィンストンなんてまさしくその野心家にしか見えないだろうから、そんな相手からすると脅威だっただろうね」

「実際、いろいろな狙いを持って中央に侵入してたのですから、何と思われてもウィンストン様には反論できないと思いますけど」


 二人にそんなことを言われて、ウィンストンは眉根を寄せる。


 ウィンストンもどちらかと言えば他人を利用したり、切り捨てることができるタイプではあるのだろうが、相手を理解しようとはする。ちゃんと自分の目で見て話をするために、彼は中央に来たと言っていたのだ。


「レックスはともかく、エイベルに言われたくはないな。中央にとっても魔術師にとっても我々にとっても、お前が一番ややこしいはずだ」

 

 そんな言葉にエイベルは首を傾げる。


 彼はヘンレッティ家に使える忠臣でありながら、中央に雇われて情報を流しているのだし、王家に反旗を翻している魔術師たちとの橋渡しになっているのだ。ウィンストンはエイベルを信用しているようだし、魔術師たちも同じ魔術師だと信頼しているようだが、普通であれば一番裏がありそうな人物だと思われておかしくはない。


「ですが、私はあくまで自分はヘンレッティ家の家臣だと思ってますよ」

「それと同じようなことを中央の役人や、魔術師たちを前にしても言ってるだろう」

「それはもちろん。まずは相手に信頼いただくところからですからね」


 エイベルがしれっとした顔でそう言ったので、ウィンストンは呆れたような顔をして、レックスは楽しそうに笑った。



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