四章 クリスの居場所7
レックスが魔術師に襲われて拐われた、という時に、関わっていたのはサスという都市に固まっていた魔術師達らしい。その中の一人は、かつて城壁の上にいたレックスに魔術による攻撃を仕掛けた人物らしいから、彼らは本気で王家の人間を狙っていたのだろう。
一方でヘンレッティ家に仕えるエイベル=スペンサーは、カエルム地方にいる魔術師たちを通して、サスの魔術師達と接触していたらしい。特に国が魔術師を排除する法を制定した後に、魔術師達がこれからどうするつもりなのか気になっていたのだと言った。
「レックスの襲撃計画を知って、魔術師達の首謀と接触したというのは本当ですよ。それまでにもエイベルを通してずっと話だけは聞いていましたが、実際に会ったことはなかったので」
「接触したって、ウィンストンが直接会ったってこと?」
レックスが目を丸くして言うと、ウィンストンは笑った。
「何か問題でも?」
「ううん。驚いただけ。そういえば中央にきたのも要人たちの人となりを確認するためって言ってたしね」
どこで会ったかは知らないが、ウィンストンがそんな危険な真似をと思わないでもない。が、危険な場所を避ける人間なら、そもそもレックスの側にはいなかっただろう。
「実際に会ったところで、信用できるかどうかは別の話ですけどね」
「でも信用したから手を貸しているんでしょう」
「彼らが動けば動くほど、そのまま我々にとっては追い風ですからね。あちらが手を貸してもらっていると思っているか、こちらに利用されたり唆されていると思っているかは分かりませんよ」
ウィンストンはそう言って、エイベルを見た。彼はふっと口元に笑みを浮かべる。
「どちらかと言えば、信用できないのはあちらでしょうね。ヘンレッティ家は国の重鎮です。いつ裏切られるかとヒヤヒヤしてると思いますけど」
「だろうな。だから直接会わせたかったんだろう」
「それはそれで賭けでしたけどね。ウィンストン様に出ていただいたことで、こちらが本気であることは伝わったでしょうけど、ウィンストン様はどう見ても腹黒いですから」
飄とした顔で言ったエイベルの言葉にレックスが笑って、ウィンストンは顔を顰めた。
先日、北軍の兵士たちの前に出た時に、ウィンストンよりも前にレックスが話をしたのも、そうした理由が一つはあったに違いない。ウィンストンは威厳も存在感もあり言葉に重みはあるのだが、大貴族の嫡男という背景もあり、実際に何を考えているのか分からないような印象が強い。
一方で、レックスは少年のような純粋さが表にあり、一見して何か裏で企んでいるように見えないのだ。家名も役職も地位も彼に語れるものは本当になく、それだけに自分の言葉で話しているように聞こえる。
「それならば、貴族に仕えて見るからに腹黒いエイベルが、あちらに信用されているのが奇跡のような気がするが」
「魔術師というのは同族意識が強いですからね。絶対的な少数ですし、見ている世界が全く違いますから」
周りに母以外の一人の魔術師もいなかったクリスとしては、すぐにピンとこない話ではあるが、それでも分からないでもない。クリスの視界には必ず精霊の姿があるし、いろいろな精霊の気が満ちている。これが全くない世界というのは想像できないし、同じ世界を見ている魔術師同士で何らかの共感を覚えるのも確かだ。
エイベルのことも、魔術師だと聞いて一気に親近感が湧いた。相手の魔術師達も同様だろう。
「だけど、同族意識が強いというのは少し怖いな。そうでない人々に魔術を向けることを厭わないのでは、と思ってしまう。——そもそも魔術師というだけで排除しようとしている人々側の立場から、言えることではないのだけど」
言葉を選ぶようにしながら言ったレックスに、エイベルは首を傾げる。
「今度は魔術師が人々を排除しようとするのではないか、と思われます?」
「それはないと思うな。エイベルさんが言った通り、彼らは圧倒的少数だ。色々な意味で現実的じゃない。だけど、仮に彼らが王家を打倒したとして、その後をどうしようと思っているのか、全く分からないから不安はある」
「クリスが側にいるレックスでもそう考えるのですから、大多数の国民も同様でしょうね。そもそも魔術師を排除したいのは、人々が魔術師を恐れているから、という面も確実にある」
「うん。ウィンストンが実際にあちらのリーダーと会いたかったのも同じ理由じゃないかな」
レックスはそう言ってウィンストンを見たが、彼は少し首を振った。
「それは買い被りだと思いますよ。レックスにとっての自国はあちらかもしれませんが、私にとっての自国はここですからね」
「それでも、いくらここの独立を成せたとしても、そのために魔術師と国家が殺し合って国中が焼け野原になるような未来は望んでいないでしょう」
その言葉にウィンストンは特に同意も反論もせずに、苦笑するようにする。そんなウィンストンを見ながら、レックスは言葉を続ける。
「その上で、ウィンストンとエイベルさんが手を貸すのだから、やはり信用はできるのだと僕は思っているけど」
「少なくとも彼らも無用な血を流す気はないですよ。もともと魔術師は温厚で争いを好まないとされています。彼らの望みは自身たちを虐げる王家の打倒と、自身たちが安住できる場所を作ることだけですから」
「同じように国家に虐げられている国民を広く救うため、なんて高尚な理由でないのは、レックスにとっては不服かもしれませんが」
エイベルの言葉にそうウィンストンが続けて、レックスが困ったような顔をした。
「そんな図々しいことを思ってるのかな、僕は」
「レックスのそういう性格は好きですけどね。高潔で常に民衆のことを慮れる、本物の王太子殿下が欠片も持ち合わせていない資質を持っていて、それを図々しいと自覚されているところも含めてレックスらしい」
「よく分からないけど、皮肉を言われてる?」
「いえ。あれだけ王家に虐げられていたレックスが本気で国を憂いているのなら、魔術師たちに多少期待をしたところで、図々しいとは思わないですよ」
そんなことを言われてもまだ皮肉に聞こえるのか、首を捻るレックスに、窓際に立っていたエイベルが口を開く。
「ご希望であれば、レックスも直接あちらとお会いできるように調整しますよ。魔術師たちもウィンストン様と話をするより、レックスと話をした方がよほど信用できるでしょうしね」
「本当? それはぜひお願いしたいな」
「アイザックはもう船に乗るんじゃなかったか? 彼は魔術師たちを引き連れてアルビオンに合流するつもりだろう」
「いえ、アイザックは残りますよ。彼はサスから引き上げる最後の一人が自分だと言っていますから。——アイザックというのは、サスの魔術師たちのリーダーの名前です」
最後の台詞はレックスとクリスにあてたものだろう。
アルビオンというのは魔術師たちが占拠している町の名前で、魔術についてあまり詳しくないクリスでも、そこが精霊たちの聖地だと呼ばれているのは知っていた。一度、家族でそこを訪れたこともある。そこには立派な教会や神殿があり、そして本当に精霊たちがたくさん舞っていた。
魔術師達がそこを占拠したのも、それが大きいのではないか、とクリスは思う。強力な精霊がいれば、それだけ強力な魔術が使える。軍が攻めてきても、魔術を使って撃退しやすいはずだ。基本的に軍は歩兵が多いから、遠くから魔術で牽制できるし、騎兵も弓兵も近づかせないためにはやはり強力な精霊が必要で、そこにはアルビオンはうってつけだろう。