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四章 クリスの居場所6


「軍規違反で何度も懲罰を受けてるって聞いたけど」


 レックスの言葉にアランは肩をすくめる。


「懲罰室にまで入れられたのは、隊を抜けた最後の一回だけですけどね」

「で、上官から骨を折られたの?」

「そんなことまで記録されてました? ぼこぼこに殴られて鼻を折られましたね。もう治りましたが」

「そこまでしてどうして魔術師を助けたの? これまでは助けなかったんでしょう」

「知り合いでしたから。見知らぬ魔術師をさんざん殺しておいて、自分の知り合いだけは助けるなんて、本当に救いようがない人間ですね」


 彼はそう言って、目を伏せる。


 だが、空になった彼のグラスに酒を足すと、彼はちゃんとクリスの目を見てお礼を言ってくれた。


「軍に戻って懲罰を受けたら軍を抜けようと思ってましたが、こちらに飛ばされました。するとまた部下達を持ってしまったので、辞める機会を失ってしまいましたね。四部隊はカエルムの自衛軍でしたし、三部隊はきっと北軍に切り捨てられているのだろうと思っていましたから。そこに部下達が巻き込まれて犠牲になるのは忍びない」

「それはエグバード四部隊長に聞いたよ。アランやロジャーがなんとか三部隊を内部からまとめようとしてたって。だから簡単に武装解除もさせられたのだと思ってるけど」

「はい。結果的には投降させることにはなりましたが、誰も傷つかずに済んでよかったです。これから国軍と戦いになるのは避けられないでしょうが、それでも兵士や国民が豊かになる未来のために戦うというのは、理解はできます。少なくとも理由もわからず魔術師を殺せと命令されるよりは、ずっと良い理由ですよ」


 アランはそう言ってから、グラスの酒をまたすぐに飲み干してしまう。全く酔っているようには見えないが、酒が欲しいというくらいだから多少は変わっているのだろうか。


「これまで軍の上層や国の上層をさんざん軽蔑してきましたが、その命令に逆らうこともしなかったのだし、家も自分も軍から金をもらって不自由なく生活してきた。軍を辞めないということはまた魔術師を殺すということかもしれないし、何の罪もない民衆を殺すということかもしれない。そう思いながらもずるずると軍人を続けてきて、そんな状態で配属された軍が占拠されて、ついでにそこにレックスまでいて、私は軍のためにレックスを売りました。それでも軍が負けて隊員達と隔離されて、隊長たちは幽閉されているような状況なのに、私はレックスにこうして親しげに声をかけていただいている」


 そんなことをアランは饒舌に語る。困惑しているということはなんとなく伝わったが、何が言いたいのかは分からない。レックスも同じように感じたのか、首を傾げながら言った。


「僕がこうして話しかけることが迷惑だってことかな?」

「いえ。レックスは私のことなど覚えていないだろうと思っていましたので。覚えていてくださり、こうして話ができることは本当に感動しかないです」


 そう言ったアランの目は優しく、本当にレックスと話ができることを喜んでいるように見える。


「忘れるわけないよ。一目で分かったもん」

「ありがとうございます。レックスには何も関係なく、ただただ自分が何をしたいのか分からないというだけですよ。正直なところ、今の自分は全く途方に暮れている状況です」


 そんなことを堂々と言ったアランに、レックスは目を瞬かせる。


「途方に暮れてるの?」

「はい」

「それは全く気づかなくてごめんね? こんな状況なのに一人ですごく飄々としてるから、むしろなにか企んでるのかなと思ってたんだけど」

「そんな余裕はないですね。膝を抱えてこれまでの人生を一から考え直してたくらいです」

「それもかなり余裕の台詞に聞こえるけど……でも、少しならアランの気持ちはわかるよ。僕も罪もない人々の罪状を読み上げて、処刑を見下ろしてた」


 レックスはそう言ってから、空いているグラスに自分でお酒を注いだ。


 魔術師を捕らえて引き渡したというアランも、魔術師を匿ったとして処刑される村人達の死刑を執行させたレックスも、ある意味では同じ罪を負っているのだろう。レックスがそれを言いたかったのかどうかは分からないが、そんなレックスを見てアランは言った。


「その場に私もいましたよ」

「本当? 奇遇だね」


 レックスはそれだけを言って、グラスに口をつける。アランは少しだけ笑った。


「レックスと一緒に酒が飲める日が来るのは、信じられないですね」

「小さな弟の成長をみてるみたいな心境?」


 レックスの言葉に、アランは笑った。弟みたいだと言って大問題になったと言っていたから、それを覚えているのだろう。


「本当にね。あの頃のレックスは本当に可愛かったですよ。小さいのにいつも一生懸命で、素直で健気で愛らしかった」


 そう言ったアランがどこか懐かしいように目を細めて、クリスの目の前にも昔のレックスの姿が浮かぶような気がする。


「何も言わずに追い出してごめんね?」

「いえ。私の力不足でお側から離れましたこと、本当に申し訳ありませんでした」


 アランは深く頭を下げる。


 軍人になって初めて配属されたのだと言ったから、あの頃のアランはまだ十代の半ばだったのだろう。レックスや部下を守れなかったことが悔しくて、と彼は言ったが、アランはレックスを庇って大怪我をしたのだと聞いていたし、少なくともレックスを守ることはできたはずなのだ。それでもその結果、レックスにアランを突き放す選択をさせてしまったことを、悔いているのかもしれない。


「ううん。短い間だったけど、アランがいてくれて良かったよ。王子じゃない僕のことを見てくれる人がいるんだ、ってことが分かったもの」


 レックスはそう言ってから、なぜかクリスの方を見た。


「それにクリスと二人で会わせてくれてたしね。目を離すなっていつも上官に怒られてたでしょう?」

「気づいてました? かなり怒られましたね」

「うん。ごめんね。でも、おかげで僕はクリスと色々な話ができたよ。あの頃は誰のことも信用できなかったけど、クリスのことは大好きになったし、アランのこともね」


 好きだと言われて、そうした意味ではないだろうと思いつつも、クリスの心臓がどきりとしてしまう。アランはレックスとクリスを見て、ふっと口元に笑みを浮かべる。


「私がいたことに、少しでも意味があったのなら嬉しいですね」

「うん。ずるずると軍人を続けてきたって言ったけど、きっとアランが軍人でいて、助けられた人は他にもたくさんいると思うよ。アランの部下も助けられた魔術師も。ロジャーさんだってアランのために僕たちと話をしたんだと思うから」


 そんなレックスの言葉に、アランは少しだけ笑った。


「優しいですね」

「僕が慰めてると思ってる?」

「いえ。ちゃんと素直に慰められましたよ」

「なにそれ」


 アランのよくわからない言葉にレックスは楽しそうに笑う。アランはそんなレックスを眩しそうに見て、それから頭を下げる。


「本当であれば、私もレックスの力になりたいと申し上げたいところですが、昔のレックスと今のレックスは違いすぎる。昔の自分と今の自分もね。レックスは本当に立派なリーダーなのだし、自分は自分がどこに立っているのかも分かってない半端な人間です」

「そうかな? 僕が本当にアランのことを好きなことは今も昔も変わらないし、アランもね。半端なんて言いながら、いつも周囲を見て色々と考えてくれてる。普通はぽんっと左遷された先で、みんなを守るために駆け回ったり、全員の安全の保証をウィンストンにかけあったりできないよ。昔も今も、強くて優しくて格好いいのは変わらないな」


 そんなことをきらきらとした少年のような目をしたレックスに言われて、アランは今度こそ完全に苦笑した。冗談だと思っているのかもしれないが、クリスから見ても、アランは本当に格好良い。


 軍規に背いてでも守りたい人を守って、知らない土地でも部下達を守るために動いていたのだし、実際に戦いにならないように彼が動いて何百人もいる三部隊を投降させたのだというのだから、たしかにそんな彼が半端な人間のはずはない。


 レックスは少しだけ口調を変えて言った。


「僕はね、王子として色々な場所に行って、いろいろな人たちや生活を見てきたのだけれど、それでも自分は何もできないんだよね。本物の王子であれば、そこで人々の話に耳を傾けて、見聞を深めて、本当に必要な政治を届けることが出来ると思うのだけど、僕は見て聞いてあとは知らないふりをするしかなかったから」


 レックスはアランを見て、にっこりと笑う。

 

「僕はもともとが何もできない人間だったから、出来るところからひとつずつ始めようと思ってるんだ。だからようやくアランと同じ、半端な人間になれたくらいじゃないかな」


 そんなことを言ったレックスを、アランはしばらく固まったようにして眺めていた。何を考えているのだろうという間を開けてから、彼はレックスと同じように空のグラスに自分でお酒を注いだ。


「遅くなりましたが、乾杯してもいいですか? ロジャーはぜんぜん付き合ってくれないんですよね」


 急にそんなことを言ったアランに、レックスはぽかんとしたように見えたが、すぐに楽しげに笑う。


「なんで付き合ってくれないの?」

「男同士なんかで飲みたくないそうです」

「それならクリスが一緒にいたらいいかな」

「それは是非。飛んでくると思いますよ。クリスもどうぞ」


 使用人が準備してくれていた人数分のグラスに、アランがお酒を注いでくれる。


「……まだ朝ですよ?」

「職務中のアルコールは軍規違反ですね。自衛軍の軍規は知りませんが」

「そんなことわざわざ明記していない気がするんだけど。今度ウィンストンに追記してもらう?」


 そんなことを言ったレックスに笑って、アランはグラスを持ち上げる。そしてクリスとグラスを合わせてから、そっとレックスとグラスを合わせた。


「乾杯」


 彼は静かにそう言った。



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