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四章 クリスの居場所4


 長身というわけでもないが、すらりとして絞られたバランスの良い体型は、周囲と同じ軍服を着ていても浮き立つような雰囲気がある。


「もう話したいことがあるんですけど、いいですか。レックスさん」


 害意がないことを示すためか、兵士たちの先頭で立ち止まり、挙手するように右手を挙げた男は若い。レックスはちらりとウィンストンを見たが、ウィンストンは微かに眉根を寄せただけだった。どういう表情かは分からないが、明確な拒絶ではないのだろう。


 レックスが兵士たちの話を聞くと言ったばかりであるので、それを衆目の前で無下にすることはできないはずだ。とはいえ、こんなところで呼び止められるのは想定外だろうが、レックスは男に向き直る。


「いいよ。二人きりで?」

「いえ。別にみんなにいてもらっても」


 彼はそう言ってから、ゆっくり歩いてきた。護衛達はもちろん警戒したし、クリスも思わず近くの精霊に目をやったが、彼は遠すぎず近すぎない絶妙な位置で立ち止まる。


「ロジャー=ベインズです」

「ベインズ伯爵家?」

「はい」


 レックスがそう聞き返したから、有名な貴族の家名なのだろう。


 同じ軍服を着ていても、涼しげで整った顔立ちと、綺麗に整えられた髪型と身なりで、周囲とはだいぶ違って見える。体は軍人らしく鍛えられているが、きっと本当はレックスやウィンストンが着ているような衣服の方が似合うのだろう。


「兵士たちの処遇は分かりましたが、隊長たちは? 俺と同じで中央に家がある人間が大半な気はしますが、いつ解放してくれます?」

「残念だけど、そちらはまた別問題だな。上官の安否が気になっているのなら、全員無事で元気ではあるよ」

「安否も気にはなりますが、今後の処遇の方が気になりますね。兵士たちにはこのまま国軍と戦ってもらうとしても、隊長達を隊に戻すつもりはないでしょう。だからと言って国軍に返すのも癪だ」


 喧嘩を売っているのだろうか、と思うような言葉に、ウィンストンが不機嫌そうに眉根を寄せるのが見えた。だが、レックスはあくまで真顔で返す。


「別に癪ということはないかな。本当であればみんな無事に家に返してあげたいと思っているからね。でも、返した瞬間、そのまま軍を率いてこられても困るから、時期を見てる。でもどんなに遅くとも、半年以内には返せると思うよ」

「半年って何か根拠あります?」

「半年以内には、さすがにあちらも一度は仕掛けてきてるだろうからね。それさえ撃退していれば、ひとまずの山は越える。それ以上は拘束しても意味がないかな」

「別にいま隊長達を国に返しても支障はないと思いますけどね。どうせ全員、責任を取らされて降格させられるか、僻地に飛ばされる」

「そうなんだ? ごめんね、僕はあんまりそちらの事情には詳しくないから。それならそれを考慮したうえで検討するよ」


 にっこりとした顔でレックスは言ったが、冷たく口を開いたのはウィンストンだった。


「将軍が一階級降格したところで部隊長だし、部隊長は大隊長だ。その部隊長達が次に命じられるのは、北軍の奪還だろうな。彼らが名誉挽回のために兵士たちを死に物狂いで特攻させることは目に見えていると思うが」

「そうですかね? 国がわざわざそんな名誉挽回のチャンスを与えるとは思えません。負けると分かってる戦なら、喜んでぶつけるかもしれませんけど」


 そう言ったロジャーは、魔術師達が国に対して反旗を翻していることは知らないはずだ。


 実際には国はそちらにも兵を割くだろうし、こちらにもこれから魔術師が合流することになっている。国が簡単に北軍を取り戻せると考えていれば、きっと将来有望な将に指揮を取らせるだろうが、実際に厳しいと考えていればウィンストンのいうように北軍の元将軍たちを捨て駒に使うことは大いに考えられる。


「戦況がいつ変わるかは分からないからね。敢えてそんなリスクは冒せない。心配しているロジャーさんには申し訳ないけれど、もう少し待ってもらえるかな。時期がくればすぐに知らせるよ」


 丁寧に言ったレックスに、ロジャーは首を傾げたが、彼が何かを言い返す前に、ウィンストンが冷たく言った。


「話はそれだけか、ロジャー=ベインズ」

「いや、もう一つだけ。こちらはヘンレッティ公爵のご子息さまに」


 そう言ってウィンストンに向き直ったロジャーに、ウィンストンは冷ややかな視線を向ける。


「なんだ」

「私の希望は、すでに決まっていますので伝えておきます。アラン=クリフォード中隊長があなたに協力するのなら私も協力しますし、そうでないならそれ相応の振舞いをするつもりです。一応、こう見えて腕には自信がありますので」


 不敵に笑って言ったロジャーは、軽く敬礼してからくるりと背を向けた。平然と兵士たちの元に戻っていく彼をぽかんと見ていると、呆れたようなウィンストンの声がする。


「類は友を呼ぶとはまさしくだな」


 そんな言葉にレックスは楽しそうに笑った。


「たしかに、普通はこんなところに一人で出てこられないよね。ウィンストンに正面から喧嘩を売るとこもそっくりだ」

「……アランがそんなことをします?」


 クリスの中でのアランは、とても礼儀正しくて親切で優しい軍人である。昔もとても優しかったし、今でも気さくに話をしてくれている。先ほどのロジャーとは似ても似つかない人物なのだが、そんなクリスにレックスはおかしそうに笑った。


「クリスや僕に対しては本当に優しいのだけど、ウィンストンに対してはちょっと反応を見てるよね、アランは」

「生意気な兵士は痛い目を見せてやりたいが、あまり効果はないだろうな。ロジャー=ベインズは知らないが、アラン=クリフォードは軍規違反で何度も懲罰を受けているし、こっちに来る直前にも上官から骨を折られているらしいからな」

「アランが?」


 本当に信じられずにクリスは目を丸くする。軍にいた人間からすると、軍規違反で懲罰など恐ろしすぎるのだ。それを何度も行い、上官からもそれほどの体罰を受けるほど反抗的だったということだろうか。


 レックスは首を傾げる。


「兵士たちの経歴を調べたの?」

「いま捕らえてる中隊長以上だけですよ。それに軍歴を見ただけなので、そこに書かれている出自や懲罰や功績しか分かりませんが、アラン=クリフォードはどれも際立ってますね」

「懲罰も功績も? 面白いね」

「面白いですか? 扱いづらい人間の典型だと思いますけどね。実家のクリフォードも名のある軍家ですし」

「そうかもね。出自が良くて優秀で反抗的な部下は、上官からすると天敵だ。そうなると、ぜひ部下達からの評判を聞きたいけどね。アランは意味もなく反抗するタイプじゃないと思うし。——昔も良く、僕のために上官に怒られてくれてたよ」


 そんな言葉にクリスは首を傾げたが、ウィンストンも同じように思ったようで口を開く。


「レックスのために上官に怒られる、という状況が想像できないですけど」

「彼は護衛にしては距離が近すぎたからね。でも、それは子供だった僕のために敢えてそうしてくれてたんだと思うな。弟みたいだなんて言ってくれた時にも、かなり大問題になったみたいだけど、本人は徹夜で反省文を書かされただけだって笑ってたし」


 そんな言葉に、クリスは改めてアランのことを好きになった。


 アランが護衛として側にいたのは、レックスが本物ではないと知らされて一番辛かった時期のはずだ。その上でレックスは本物の代わりに襲撃されて大怪我まで負っていた。家族も味方も誰もいないレックスを、何とか元気づけたいとクリスは通っていたが、側にいた護衛であるアランも同様にレックスを元気付けたいと思ってくれていたのだろう。


「私がいた頃だったら、仮にも王子にそんなことを言い放つ護衛がいたら、即刻クビにしてますね」

「本来はそうだと思うよ。それが本当に反省文を書かされただけでなんとかなってるとは思わないけど、それでも彼が残ってたのは、きっとそれだけ僕のことを心配してくれてる人がいたってことだ」


 馴れ馴れしすぎる護衛を問題視しながらも、それでも彼を慕っているように見えるレックスを思えば、引き離すことはできなかったのだろう。それが当時のレックスの側近の判断だったのかは分からないが、実際はそこにいたのがウィンストンであってもクビにはしなかったはずだ。


 ウィンストンはしばらく黙っていたが、やがてレックスを見た。


「レックスが彼のことを信用できるのだというのなら、別に私のことは気にせず、好きに使ってもらっていいですよ」

「北軍の新しい将軍にしてもいい?」

「間違ってもそんなことを言わないはずだ、というのはレックスの方を信頼してますけど」


 ウィンストンの言葉にレックスは楽しそうに笑った。


「うん。さすがにそれは僕だって怖いな。それに、別に僕にはアランを使おうという気は全くないよ」


 彼はそう言って、整然と兵舎に戻っていく兵士たちを見やる。


「彼には彼の立場や考えがあるはずだから。それが僕たちに敵対するものなら何処かで手放したほうが良いだろうし、そうでなければ彼の手助けができればそれでいい」


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