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三章 アランと王子の関係10


 どうやったのか、増援が来る前にレックスは、本当に兵士たちの武装解除をしてしまったらしい。


 カエルム地方から自衛軍がやってきても、戦闘にはならず、一部隊と二部隊は完全に押さえられている。兵士たちの大半は兵舎の自室で待機させられているらしいが、将軍や部隊長をはじめとして、大隊長から中隊長までのリーダーは全て監視下に置かれていた。良くも悪くも軍は縦割りで上官の命令で動くように出来ているから、千人ほどの兵士がいたところで中々暴動にはなりづらいだろう。


「クリフォード中隊長」


 名指しで男に外に連れ出され、アランは緊張しながら後をついていった。もしかしたらレックスが呼んでいるのだろうか、と思っていたが、連れて行かれた部屋にレックスの姿はない。


 代わりに、やたらと雰囲気のある若い男性が座っていた。一見してアランと同じ、二十代の前半か。服装も雰囲気も軍人や自衛軍の人間には見えず、どちらかと言えば先ほどまで王子の格好をしていたレックスに近い。男の近くには、先ほどまでレックスのそばにいた側近風の男がいたから、ヘンレッティにゆかりのある貴族かもしれない。


 そんな貴族を前に自分ひとりが呼ばれたことに、やはり内心で首を捻る。体は拘束されてはいないが、アランの背後には体の大きな二人が張りついている。動こうとすると、すぐさま取り押さえられるに違いない。


「はじめまして」


 穏やかな口調で話しかけられて、アランは両足を揃えてとりあえず軍人としての礼をした。


「アラン=クリフォードです」

「ウィンストン=ヘンレッティだ」


 思いがけない大物の名前に、アランは思わず眉を上げる。


 ヘンレッティ公爵家の嫡男であるその名前は、間違いなく今回の反乱の首謀者の一人だろう。それがカエルム地方を離れた北軍の本陣までやってきているということは驚きだが、それだけ相手が本気だということか。アランがレックスの護衛を離れた後、五年はレックスの側近をしていたという彼だが、見た目には彼自身が王家の人間と言っても良さそうなほどの貫禄がある。


「クリフォード中隊長は、三部の所属だな。どうしてここにいる?」


 口調は柔らかいが、アランを見据える瞳は鋭い。


 アランがレックスを偽者だと将軍に伝えるためにここにいる、と気付かれているのだろうか。アランは返答を迷ったが、ありのままの回答をすることにした。気づかれているのだとしたら誤魔化す意味はないし、将軍たちの誰かが話していたとしたら、虚偽の回答をする方が後々不利になるだろう。


「王太子殿下が訪問されるということで、将軍から召喚されました。本物の王太子殿下かどうか判別するためです。殿下にはお会いしたことはありませんが……」

「レックスのことを知っているらしいな。将軍に偽者だと伝えたのか?」

「ええ。将軍が信じたかどうかは分かりませんけれど。それだけレックスの演技は堂に入っていましたからね」


 アランの言葉に、ウィンストンはしばらく黙っていた。レックスの様子からすると、彼はウィンストンに嫌々従っているわけでは無いのだろう。ウィンストンがレックスのことをどう思っているかは分からないが、レックス側の人間から見ると、アランはレックスを売った人間ということになるのだろうか。


 居心地の悪い沈黙に耐えていると、彼は別のことを言った。


「北軍四部のエグバード部隊長とは懇意にしているらしいな」

「はい」

「彼と三部の部隊長を部隊の外に呼び出すことは出来るか?」


 そんな言葉に、なるほど、とアランは思う。


 一応、アランは三部の中隊長であるし、三部の部隊長と話ができる立場にある。そして四部の部隊長とも知り合いなのだとしたら、彼らを誘き寄せる人間としてはうってつけだと考えたのだろう。


 一部と二部隊が制圧されていることを、三部と四部隊はまだ知らないはずだ。あちらを制圧するためにも、こちらと同様に最初にトップの首を押さえるのが一番効果的ではある。


「可能か不可能か——と聞かれているのでしたら、可能です。やるかやらないか、という意味でしたら状況によりますね」


 アランの言葉に、ウィンストンは僅かに眉根を寄せた。不愉快に感じただろうかと思うが、そもそもアランの立場は敵兵だ。そして一応は軍服を着ている以上、自分たちの隊を簡単に売るわけにはいかない。


 アランを見ながら、ウィンストンは冷ややかな声を出す。


「後ろの兵士に君の指の骨を全て折られる、という状況なら?」

「指は折られた経験がないので分かりませんが、私が泣きながら協力させてくれと頼む頃には、伝令としては使いづらくなっている思いますよ」

「私に忠誠を誓うと言えば、大隊長以上にはしてやると言ったら? もしくは部隊長二人を連れてくれば、クリフォードの名前を捨てて逃げても釣りがくる程度の金を準備してもいい」


 そんなありきたりな言葉に、アランは笑った。


「別に出世にも金にも興味ないですが、そうでなくとも貴族様との約束を本気にするほど世間知らずでもありません。そんなもので釣れるような人間は、いくらでも掃き捨てられる」

「なるほど」


 ウィンストンは少しだけ口の端を上げたように見えた。挑発に取られてもおかしくないと思っていたから、その冷ややかな笑みがどういう種類のものか分からない。


「生意気な兵士は、今すぐにでも掃き捨ててやってもいいが」


 そんな言葉にどきりとしたが、彼の目はアランに向いたままだ。


「ここと同様に被害を最小限に押さえられる可能性があるなら、最後にもう一言くらいは付き合おうか。どういう状況なら協力する気になる?」

「被害を最小限に、という言葉をこちらの兵士たちにも適用いただけるのなら、喜んで協力しますよ」


 アランの言葉に、ウィンストンは特に表情を変えずに言った。


「ここでレックスは、敵味方問わず一人の犠牲も出していないはずだが」

「今のところは、でしょう。そして指揮を取るのは貴方であって、レックスではない」

「この後、私が将軍たちを公開処刑にでもかけるか、兵士たちを火炙りにするかもしれないと?」

「あり得ないことではないはずです。そもそもこうして拘束されている状況で、初対面の人間の言葉など信用できるはずもない」


 アランが少し腕を広げると、両脇の男達が動こうとしたのが気配で分かる。不審な動きをすればすぐさま取り押さえられるか、そのまま殺されるはずだ。アランが圧倒的に不利な状況に置かれていることは間違いなく、この状況で信用しろという方が無理だろう。


 アランの言動を、ウィンストンは椅子に座ったまま見上げた。表面上は怒っている様子ではないが、簡単に感情を見せるような人間ではないはずだ。そもそも瞳の鋭さとは裏腹に、顔立ち自体は柔和なものであるから、余計に表情が掴みづらい。


「当然ではあるな。私自身も君のことを、毛ほども信用していない。今までの話で分かったことは、話すのが面倒だという一点だけだな」


 彼はそう言うと、そばにいた男性に視線を向けた。彼はそれを受けて部屋の外に出て行ったから、アランは不安になる。喧嘩を売っているという自覚はあるが、相手に真面目に買われても勝ち目などない。


 何かを待っているのかしばらく彼は口を開かなかったが、やがてドアが開いた。そこから入ってきたのは先ほどまでの王族の衣装を脱いだレックスで、思わずアランはどきりとする。


 レックスはアランの顔を見て、先ほどと同じように少し困ったように笑った。だが、彼が口を開く前に、ウィンストンがレックスに向かって言う。


「私が彼を信用するのは無理ですね」

「そうだよね。僕だってよく分からない。たぶんアランって、ウィンストンと少し似てると思うから」

「それは余計に信用できませんね」


 話の内容もかなり気にはなったが、それよりウィンストンがレックスに敬語を使っていることに驚いた。王宮から離れた時点で、レックスは何の地位も立場も後ろ盾もない、単なる人間のはずだ。が、もともとレックスの側近だと言うのなら、彼らにとっては違和感のないことなのかもしれない。


 そしてレックスの瞳がアランに向いた時、アランも自然とその場に膝をついていた。


「お久しぶりです」

「うん。久しぶり。あの場にアランがいたからびっくりしちゃった」

「……全く驚いているようには見えませんでしたよ」

「頑張って隠してたもの」


 そう言ってふふと笑うレックスは、アランの記憶にある子供の頃の彼に近しくてほっと安堵した。彼がウィンストンを見ると、ウィンストンはアランを見ながら口を開く。


「彼は軍の被害を最小限に出来るのなら、協力しても良いと言いましたが、私のことは信用できないそうです」

「本当? 良かった」

「私を信用できないことがではないですよね?」

「もちろん。戦いを回避できるなら、なるべくそれに越したことはないから」


 レックスはそう言うと、アランのところまで歩いてきた。跪いていた姿勢から促されて立ち上がると、小柄な彼を見下ろす格好になる。


 レックスは大きくて丸い瞳でアランを見上げる。


「僕のやっていることは、アラン達や国に敵対することだ。アランがそれをどう思うかは分からないし、アランが僕に剣を向けないかどうかも分からない。でも、アランの思いが仲間達を助けることにあるってことは信じたいし、僕が兵士たちを傷つけたくないと思っていることだけは信じてほしい」


 ぎゅっと手のひらを両手で握られる。


 子供ではないその手の大きさと、子供ではありえないその言葉に、アランは地面がぐらりと揺れるような気分になる。


 アランがレックスに剣を向けるかもしれない——というのは、裏を返せば、彼の方もアランに剣を向ける可能性がなくはないと言うことだ。そんなはずはないと言いたいが、レックスと一緒にいたのは一年にも満たず、そこから八年近くも経っている。彼の考えもこれまで歩んできた道も知らないし、彼の方もそれは同様だろう。


 それを知ってお互いの考えを理解するには時間がかかるのだし、そんな時間をかけていては三部隊たちにも王宮にもこの反乱の知らせが届いてしまう。だからこそ、まずは目先の目的だけを擦り合わせようということだ。


 アランはじっと見つめていた自分たちの手から視線を上げて、レックスを見た。


「一部と二部隊の応援が望めない以上、あちらに勝ち目はありません。四部隊はすぐに寝返るでしょうし、三部も内と外から同時に責められて、耐えれるほどの体力はない。負けると分かっている戦で、命を捨てることほど馬鹿らしいことはないでしょう」

「協力してくれる?」

「はい。四部隊長はすぐに説得できます。三部隊長と取り巻きの大隊長は、厄介なのでさっさと切り離してしまいたいですね。彼らを外に連れ出すのでそちらで拘束してもらえれば、あとは俺と四部隊長で武装解除させられると思います」


 そう言ったアランに、レックスは「すごいね」と言って本当に嬉しそうに笑った。こちらの胸が温かくなるような笑顔に、思わずアランは言葉を足す。


「出来ることならその後、落ち着いてからでも構いません。レックスと話がしたいです」


 アランの言葉にレックスは少し驚いたような顔をしたが、すぐに真剣な顔になる。それからにっこりと花の咲くような笑顔を見せた。


「そうだね。僕もアランと話したいことはたくさんあるよ」


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