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序章 魔術師たち3


 何日かぶりに戻ってきたジャクソン達の家は、相変わらずぼろぼろだった。


 常にどこかしらに手を入れて直している気がするのだが、直したい箇所が多すぎて雨漏りやすきま風を防ぐので精一杯だ。子供が試しに精霊を使ってみただけでも、倒壊させられるだろう。長らく誰も住んでいなかった空家に身を寄せているのだから、当然といえば当然なのだが、いつ見上げてもうんざりはする。


 同じ家に住んでいるカーティスも、そろそろ日も暮れる時分だというのに玄関先で座り込んでいた。わざわざジャクソン達を外で出迎えてくれるような可愛げのある性格でもないから、単に暗くてかび臭い家の中にいたくないのだろう。


「エヴァンは戻ってないか?」

「エヴァン? そういえば最近見てないな」


 そう言ったカーティスの口調はどこかのんびりとしていて、ジャクソンは首を傾げる。


「どこに行ったか知らないのか?」

「なんで俺があいつの居場所を把握してると思うんだ?」

「あいつは王子に魔術を食らわせて逃亡中だぞ」


 ジャクソンの言葉に、カーティスは猫のような瞳を丸くする。


 その情報を入手していれば、今頃は大騒ぎになっているだろうし、いくら子供のカーティスだろうと知らないわけはない。だが、どうやらそれが伝わるよりジャクソン達が戻る方が早かったらしい。


「すごいな。殺したのか?」

「たぶん生きてる」


 ヘレナの話ではかなり距離があったらしいし、そもそも本気にも見えなかった、と言った。本気でもないのに王子を襲撃しようとするなど、ジャクソンには全く理解が出来ないのだが、なんにせよ生きているのは不幸中の幸いか。


 この国の唯一の王子が、魔術師により殺害されたとなれば、これまで以上に魔術師が敵視されるに違いない。国も本気になって魔術師を滅ぼそうとするかもしれないし、魔術師に同情的であった人々も身に迫る恐怖なのか嫌悪なのかを抱かざるを得ないだろう。


 ——とはいえ、王族が魔術師に襲撃されたという事実だけでも、結果は同じだろうか。今頃は国も血まなこでエヴァンを探しているだろうし、それが落ち着けば、彼らの目は魔術師全体に向くのかもしれない。


 そう考えるとジャクソンなどは背筋が凍るような気持ちになるのだが、カーティスは「ふうん」とやはりのんびり言った。


「エヴァンで失敗するなら、俺らが束になっても勝ち目はないんだろうな」


 どこまで事態の深刻さを分かっているのか、と思うような感想だったが、彼は小さな肩をすくめてジャクソンを見上げた。


「そろそろ俺たちも腹を括るときかな」


 子供らしからぬ物言いにどきりとする。カーティスは確かヘレナよりも年下だったはずだが、怖いくらいに達観している時がある。


「……腹を括るって?」

「戦って死ぬのか国を捨てて逃げ出すのか、だろ。こんなところにいつまでも隠れられるわけもない」


 さらりと言われた言葉には、特別に気負っているような勢いもなく、逆に彼の本音を感じさせて恐ろしかった。常々、当然のように考えている事項なのだろうか。まだ十代も前半の少年が、そんなことを言わなければならないのか、とジャクソンは絶望的な気分になる。


「どうして戦って勝つっていう選択肢がないのよ」


 そんなことを呟いたセリーナのことはいったん無視して、ジャクソンは暗い青の瞳を見下ろした。


「そうなればカーティスは戦いたいのか? 逃げたいのか?」


 そう聞くと、彼は小さく首を傾げた。だが、さほど迷うような素振りも見せずに「どっちでもいいかな」と言った。


「一人にはなりたくないし、みんなに付いてくよ」

「俺は死ぬくらいなら逃げるよ。どこでだって、みんなが一緒なら楽しく暮らせるはずだ」

「楽しく、ならいいな」


 そう言ってカーティスは立ち上がった。


 皮肉っぽい言い方ではないが、その口調や表情は『楽しい』わけがないと言っているようで、ジャクソンはやはり暗い気分になる。


 魔術師を排除する法が出来たのは五年前だった。


 そこまではジャクソンは慎ましくも平和に暮らしていたし、きっとカーティスも似たようなものだっただろう。だが、そこからの五年間は、彼よりずっと年長のジャクソンでさえ、苦難と苦悩ばかりだったのだ。


 国王たちの周りではもしかしたら何かきっかけがあったのかもしれないが、ジャクソンたちにとっては全く寝耳に水だった。そして周囲の魔術師たちと共存していた人々も同様で困惑しているように見えたのだが、本当に兵士たちによる魔術師狩が始まり、見せしめのようにした処刑が始まると一気に居場所がなくなった。


 これまで普通に人々に混ざって村で暮らしていたのが追い出され、隠れるように身を寄せた集落も兵士たちによって潰されて、いまは逃げているうちに合流した別の村の魔術師たちと一緒に、山間の小さな村に暮らしている。元は何十年も前に打ち捨てられたような廃村で、今のところは役人達の目も届いていないし、近隣に密告するような村もない。


 山には一応水はあるし、獣や果物などもとれる。ただそれで百人近い人数を食べさせるのは厳しいし、それ以外にも住む場所や衣服やその他の必要な物資が足りなすぎる。


 そのため、十数名ほどは魔術師であることを隠して村の外に定期的に物資を調達に行っているし、これまでは魔術師に好意的——もしくは同情的な人々から密かに支援物資をもらうこともあったのだが、後者はもうアテには出来ないだろう。この間まで物資を融通してくれていた村人達は、つい先日処刑されたばかりだ。


 そんな中、カーティスは魔術師狩りが始まってすぐに両親を処刑されたのだと聞くし、そもそも彼はまだ十年と少ししか生きていない。その中での五年間というのは、それまでの生活が思い出せなくなるほど長いに違いない。


 家族も亡く、倒壊しそうな小さな建物に大人数で身を寄せ、十分に腹を満たせるほどの食料もない。そして常に人々に見つかって兵士たちに処刑される恐怖に怯えている。これで楽しく暮らしていると思えというのは、随分と乱暴な話だったかもしれない。


 ジャクソンがかける言葉を失っていると、明るいセリーナの声がした。


「なによ、カーティス。私たちが置いてったからって拗ねてるの?」


 セリーナはカーティスの両頬をつねるようにして、彼の顔をのぞいた。すぐ近くから面白そうな瞳に見つめられて、カーティスは少しだけ困ったような顔をする。


「俺が一緒に行っても足手纏いなことくらい、分かってるよ」


 そういえばヘレナがいないとなった時、彼も周辺を必死に探してくれていた気がするが、ジャクソン達は彼には声もかけずに村を出た。足手まといだというより、小さな彼を連れて行くという選択肢は、そもそもジャクソンの頭の中には浮かばなかったのだ。


「足手纏いなのは今だけよ。どうせあと何年もしたら私たちはカーティスを頼ることになるんだから。覚悟してなさい」


 セリーナはそう言ってカーティスから手を離す。


 そしてなぜだか彼女はジャクソンの腹にどんと拳をぶつけた。軽い振動でも飛び上がるほどの衝撃があり、思わず変な声が出る。ほとんど痛みを忘れていたから、油断していた。


「痛い」

「何年経っても足手纏いはいるけどね」

「うるさい」


 危険なセリーナから離れながら、ジャクソンは脇腹をさする。そんなジャクソンを見て、カーティスは首を傾げる。


「怪我をしたのか?」

「聞かないであげて。いい年をして馬に蹴られて肋骨が折れたなんて、恥ずかしいじゃない」

「話してるじゃないか」

「大丈夫か?」

「ヘレナが治してくれた。誰かに殴られでもしない限りはさほど痛まないんだが」


 そう言ってセリーナを睨むが、彼女は楽しそうに笑っただけだった。


 だが、こんなところで暮らし、こんな酷い状況下にいても、笑ってくれる人間がいるのは助かる。カーティスやセリーナがどう思っているかは分からないが、ジャクソンにとっては、みんなが一緒なら楽しく暮らせるというのは偽りのない本心だ。


「ヘレナは?」

「無事だよ。疲れてるから先にベティのところで休ませてる」

「そうか。無事なら何よりだね」


 大人びた口調で言ったカーティスの頭に、ジャクソンは掌を置く。


「ダレル達にヘレナとエヴァンのことを伝えてくるよ」

「俺がやることは何かある?」

「俺らの夕飯を死守しといてくれ。戻ってきた時には無くなってるだろ」


 ああ、と言って頷いたカーティスに礼を言ってから、ジャクソンは山道を奥に入っていく。セリーナも何も言わずについてきた。


 この廃村には三十軒ほど家が建っていたのだが、かろうじて人が住める状態のものは十九件軒しかなく、そこに百名近くの魔術師やその家族が身を寄せている。


 一つの家に大勢が詰め込まれている状態なのだが、ジャクソンのいる家はなんとなく似たような年齢の子供が集まったせいもあり、八人が一つ屋根の下で生活している。


 一応は男女で部屋を分けているが、元々が薄い仕切りで区切られているだけだ。そこで全員が雑魚寝だから、単に屋根と壁があるだけ野宿よりはマシだという程度だろう。きっとジャクソンやカーティスより、女性であるセリーナ達の方が何かと苦労しているに違いないと思うのだが、セリーナがさっぱりとした性格だからか、特に気にした様子も見せない。


「ジャクソン、戻ったか」


 目的の家に着くと、ダレルが声をかけてきた。


 ここに集まっている魔術師達の中で一番の年長である彼は、穏やかな性格で皆から慕われており、自然とここでリーダーのような役割をしていた。


 そして彼はジャクソンの育ての親でもある。


 ジャクソンにはもともと家族はおらず、ダレルに育てられてきたのだ。面倒見が良くて優しい彼は、親のいない魔術師の子供たちの面倒を見てくれていた。


 ジャクソンの他にも、セリーナも七年前に母親が亡くなってから一緒に暮らすようになったし、ヘレナも赤子の頃に捨てられていたのを拾われてずっと一緒にいる。他にもクェンティンという二つ年下の男が一緒だったが、彼は容姿が魔術師に見えないということもあり、この村の外で暮らしてくれている。外からの情報を伝えてくれたり、不足しているものなどを運んでくれているのだ。


「ヘレナは連れ戻してきたよ」

「それは良かった。戻るのが遅いので心配していたが……ヘレナと一緒にデニスたちの処刑に立ち会ってきたのか?」

「ああ。ヘレナの希望で」


 そう言ってジャクソンは苦い息を吐く。


 デニスというのは処刑された村人の一人だった。


 彼らは村からジャクソン達を逃してくれ、離れてからも不自由な暮らしをしているだろうと、物資などをわけてくれていた。なぜそんなことをしてくれるのかと聞くと、これまで魔術師(ダレル)たちにたくさん助けられたから、と言っていた。一緒に暮らしていた頃は当然のように魔術を共有していたのだし、デニスについては家族の命がヘレナの魔術によって救われたこともある。常々、魔術師のことを命の恩人だと感謝していたが、最期は魔術師(ジャクソン)たちを恨んだだろうか。


 魔術師たちに優しくしたせいで、人々の前で見せしめのように惨殺されるにも関わらず、その魔術師たちは誰ひとり助けにも来ないのだ。


 ——だが、そんな苦い想いは頭の端の方に無理やり追いやってから、ジャクソンは口を開く。


「それよりも、その場にエヴァンがいた。あいつは王子を襲撃して逃亡してる」

「なに?」


 そう言って立ち上がったのは、ダレルでなくその場にいたイライアスだった。彼はエヴァンと同じ村から移動してきた魔術師で、ジャクソン達よりずっとエヴァンとの付き合いは長いはずだ。


「どういうことだ?」

「俺は見てないから分からないが、ヘレナがいうには処刑場となっていた広場から、そこを見下ろしていた王子に魔術を向けたらしい。それで逃亡だな。ヘレナがエヴァンに送った精霊からの情報によると、一応あの場は逃げきれてるようだ」

「くそ、あいつは何を考えているんだ!」


 そう叫びたくなる気持ちは分かるが、ジャクソンもその答えなど持ち合わせてはいない。


「王子は?」

「多分無事だけど、よく分からないな。どこかの町に寄れば、噂か通達が出てたかもしれないけど、まっすぐ帰ってきたから」


 いかんせん、ジャクソンたちは三人とも目立ちすぎるのだ。金髪イコール魔術師というわけではないが、魔術師には金髪だったり瞳が青かったりする人間が多い。いまは魔術師でなくても、生まれつき金髪の人々は隠れて生活していると聞くから、町を出歩くと余計に目立つ。


 ダレルとイライアスらは難しい顔をして、これから起こりうる事態についての話し合いを始める。が、どれもジャクソンが考えている内容からさほど変わるものはない。魔術師狩りが激化するのではないか——というのは皆の共通する感想ではあるが、ならばどうすれば良いのか、という答えなど、簡単に出るはずもないのだ。


「とりあえず、外の情報を集めることだな。それから全員に周知しよう。今さらだが迂闊に行動をして、この村を辿られることだけは避けなければ」


 村の外で物資の調達や、情報の連携を行っている魔術師は、クウェンティンのように少なくとも見た目では普通の人間と変わらない容姿をしているのだ。ジャクソンも外に出たい気持ちはあるが、確かに目立ってこの場所を知られるわけにはいかない。


「俺にできることは」


 ジャクソンが聞くと、ダレルは困ったような顔をして言った。


「今のところはないが……もしエヴァンが戻ってきたら、縛り上げるのはジャクソンに頼むよ」


 そんなことを言われてジャクソンは眉を上げる。


 ジャクソンが暮らしている家にいるのは、ジャクソンのように親のいない子供達ばかりで、エヴァンもそのひとりだった。そしてジャクソンはその中で一番の年長だということもあり、一応は彼らの本当の兄のようなつもりで接している。


 ——のだが、ジャクソンは元より、魔術師としてエヴァンに対抗できる人間などここにはいない。


「それは一番の大役だな」


 ジャクソンはそう言って密かにため息をついた。



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