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三章 アランと王子の関係7


「アラン=クリフォードです」


 案内された部屋に入ると、すでに着席していた全員の鋭い視線が刺さった。


 一人も顔を知った人間はいなかったが、奥に座っているのは北軍の将軍だろう。そしてその隣にいるのが部隊長だというのは軍服を見ればすぐに分かる。一部の部隊長か二部の部隊長かは分からないが、そのどちらかのはずだ。アランが訪ねてきたのは一部と二部が集まっているという駐屯地だ。


 広い部屋にいるのは十名ほどで、将軍から大隊長くらいまでが集まっているように見える。軍議中だったのだろうか。中隊長であるアランでも、直接話をするのは大隊長かせいぜい部隊長で、将軍は雲の上の人物だ。はほとんどお目にかかったことはない。


 静まり返った異様な雰囲気に、さすがのアランも背筋が伸びる。


 ここに来るまでにも、将軍から名指しで呼びつけられるような下手な真似をしただろうか、とさんざん首を捻っていたのだが、実際に本人の鋭い視線を目の前にしても全く心当たりはない。


 朝っぱらから三部隊長に呼びつけられ、将軍が呼んでいるからすぐに馬で一部の駐屯地へ向かえと言われ、準備もそこそこに追い出されたのだ。何の用かは部隊長も分からないようだったし、一介の中隊長であるアランが将軍に呼ばれたことを、部隊長も警戒しているようであった。護衛や道案内だと言われて随員を七名ほども付けられたから、前科のあるアランの逃走防止ではないかと邪推している。


「エルドレッドだ。そこに座れ、クリフォード中隊長」


 エルドレッド北軍将軍は、五十代の半ばといったところか。低くよく通る声と鋭い視線は、普段から相手を威圧することに慣れているのだろう。


 一つぽつんと準備されていた椅子に座ると、さながら査問にかけられている悪人のようだ。居心地の悪さに身を縮めながらも、将軍を眺める。彼はもったいつけるようにゆっくりと口を開いた。


「以前、レジナルド王太子殿下——とされる人物の護衛をしたことがあるらしいな」


 想定外の言葉がなげられて、アランは思わず目を瞬かせた。


 レジナルド王太子殿下とされる人物、とは迂遠な言い方だが、王宮が本物の王太子殿下の身代わりとしているレックスのことだろう。王宮主導であったため、レジナルドの偽物や身代わりなどという迂闊な言い回しはできないのだろうか。


「はい」

「その人物の名前は知っているか?」

「存じ上げていますが、それを将軍にお伝えするためには、近衛の許可を得る必要があります」

「なるほど」


 将軍はそういうと、机を指で叩いた。


「その人物だが、数ヶ月前から行方不明らしい。魔術師の集団に襲撃されて連れ去られた。既に殺されているのではないかと見られている」


 アランは思わず息を飲み込む。


 レックスは常に刺客に狙われる危険な立場にいる。王宮に恨みを持つ魔術師に襲撃されて連れ去られることも、ありえない、とは言えないだろう。だが、レックスが殺されたなどという話は、聞きたくもないし、信じたくもない。


「知っていたか?」

「……いえ」

「そうだろうな。王子の襲撃を知っているのは一握りで、レジナルド王太子殿下の代わりに拐われた者がいることが周知されているのは、国の中枢に近い人間と軍の上層だけだ」


 アランは腹の中が冷たくなるような感覚を覚えながらも、内心で首を傾げる。


 それを将軍がアランに、わざわざ親切で知らせてくれたわけはないだろう。王子が襲撃されたことを軍部が知っているのはある意味で当然だが、偽者のレックスが拐われたことを国が軍の上層に周知したのは、何の意味があるのだろう。レックスの行方を探すためなのだとしたら、もしかしたらここでレックスを見つけたということなのだろうか。


 ——それであれば、将軍が顔を知っているはずのアランを呼びつけた意味も分かる。


 そう考えると、心臓が妙な具合に動いた。


 面通しをさせられるレックスは、果たして生きている彼なのだろうか、もしくは死体なのか。


 緊張しながら将軍が口を開くのを待ったが、彼が言ったのはまた想像と違うことだった。


「それでは、レジナルド王太子殿下にお会いしたことは? お見かけしたことでもいい」

「ありません」

「私はレジナルド王太子殿下にお会いしたことがある。が、それがレジナルド王太子殿下本人だったのか、そうではなかったのかは判別できないな」


 そんなことを言われても、アランは何を言えば良いのかわからない。将軍がお会いしたのだとしても、レジナルドよりレックスである可能性は高いような気はするが、それはアランの単なる推測でしかない。


「ここにも王太子殿下の姿をお見かけしたことがある人間はいるが、それが本物であったのかを判断できる人間はいない」


 レックスはレジナルドと特徴は似ているのだと聞いているから、それは実際に二人を見てみないと分からないだろう。アランはレックスの顔は見れば分かると思うが、レジナルド王太子本人を見たことはない。レックスに仕えている時、何度かレジナルドがたずねてきたことはあったが、アランなどは逆に警戒されているのか、近づくことは許されなかったのだ。


 いったいアランに何を言いたいのだろうと思っていると、将軍はまた机を指でこつこつと叩いた。指先を見ていると、またゆっくりと口を開く。


「この後、殿下がこの駐屯地に視察に来ることになっている」

「は?」

「正直なところ、あまりに急な話すぎて戸惑っている。近衛の経験がある部下に確認すると、公式なイベントであっても警備の関係で直前にしか知らされないことはままあるらしい。北の役人を通じて王宮にも確認しているが、正式な返答はまだないな。予定では視察で外に出ていることは確からしいし、このタイミングでこの北陣営を訪れてくださるということは、あり得ないことではないように思える」


 アランとしても急な話すぎて戸惑いしかないが、レックスならともかく、レジナルド王太子殿下がわざわざこんな北方まで足を運ぶとは思えない。北軍将軍も同様に考えたから、戸惑っているのだろう。そう考えたが、気になる言葉があってアランは聞き返す。


「このタイミングとは?」


 将軍は少し間を開けたが、顰めつらしい顔をして言った。


「カエルム地方のヘンレッティ領主に、謀反の疑いがある。それを制圧するために、国王陛下から直々に命を受けている」


 それが四部のカエルム地方の兵士たちなのだろう。自衛軍の兵士たちが軍の内部から謀反を起こすのであれば、当然だが主犯は領主に違いない。それを平定するためにこの北軍の一部と二部隊が、駐屯地をさらに北にずらしているのだろう。


 そして国王陛下からの直々の命があるのなら、たしかに王太子殿下の慰問があってもおかしくない気はするが、逆に言えばそんな危険な前線に王太子殿下を派遣することなどないような気がする。


「私を召喚されたのは、本物のレジナルド王太子殿下とも面識があるかもしれないと思われたからでしょうか」

「それもあるが、ここを訪れるのがレジナルド王太子殿下でない場合もあるからな。万が一、クリフォード中隊長と面識のある人物だった場合は、すぐに捕らえて王宮に連れてくるようにと通知が出ている」


 将軍の言葉に、アランは内心で首を捻った。


 行方不明のレックスを保護するのではなく、殿下の代わりとしてレックスが現れたら捕えるように——というのはどういうことだろう。レックスが王宮からの命令もなしに王子に成り代わる意味が分からないが、わざわざそんな通知が軍の上層に出ているのだとしたら、そうした可能性を考えたということだろうか。


「将軍もその可能性があるとお考えなのでしょうか」

「ヘンレッティ領主の嫡男は、その人物の元側近だからな。行方不明という人物を何かしらの手段で手に入れたのだとしたら、利用しようと考える可能性はある」


 魔術師に襲撃されて拐われたというレックスが、仮に元側近の手に渡ったのだとして、それで王子の真似事をさせられる意味は何だろう。


 ヘンレッティ家に王家に翻意があるのだとしたら、手始めに狙うのがカエルム地方に近い北軍というのは分からないでもない。その場合に、将軍に偽の王子をぶつける意図として考えられるとすれば、敵の本丸に刺客を送り込む意図か、もしくは陽動か。


 王子が訪れるとなれば、それなりの対応が必要になる。将軍はここに足止めされるだろうし、副将軍や部隊長なども動けないだろう。それが狙いなのだとしたら、敵がその隙にやるべきことは、離れた三部と四部の陣を完全に制圧することではないだろうか。


 そう考えると、一気に焦りが増した。


 アランの感覚では、ここを訪れるのが本物の王太子殿下であることはあり得ない。レックスであれさらに別の偽物であれ、誰かの企てであるような気がするのだ。将軍の前に偽の王子を準備するなんて大掛かりな真似ができる相手であれば、四部の中にいる兵士と連絡を取り合って、内側から陥すことくらいは容易であるはずだ。


 あちらにいるロジャーやエグバード部隊長や新しい部下たちのことを考えると、すぐにでも戻りたいと思ったが、そんなことが許されるわけもない。そう考えたタイミングで、将軍が口を開いた。


「クリフォード中隊長にはしばらく同席してもらおう。万が一、クリフォード中隊長の知る人物だったら、すぐに知らせろ」


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