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三章 アランと王子の関係6


「ごめんなさい」


 アランは床に膝をついたまま頭を下げる。よほど懲罰室で謝った時よりも誠意を込めたつもりなのだが、いくら待ってもロジャーは口を開かなかった。視線をあげると、白けたような冷たい瞳がそこにある。目が合うと、彼は嫌そうに顔を顰めた。


「アランの土下座なんて、安すぎて全く心に響かないんだけど」


 そんなことを言われて苦笑する。別に土下座をしたくてしているわけでもないが、どうも床に座らされていたり、蹴られて床に転がされている状態で説教をされるころが多いので、そのまま頭を下げて見せるとこうなる。


「すまないな。今後はここぞと言うときだけ謝るようにするよ」

「反省の方向性が違くない?」

「別にロジャーに怪我をさせるつもりなんてこれっぽっちもなかったからな。実際、全く危なげなく避けてただろ」

 

 懲罰室から解放されると同時に、ロジャーの部屋にやってきたのだが、想像通り彼は顔に向かって鞘を投げたことが気に食わないらしい。いつもかなり時間をかけて髪型を整えているくらいだから、顔に傷でも入ったら大変なのだろう。


「あんな至近距離で投げつけられたら普通はぶつかるよ。なんとか剣で防いだけど、それでも固いし重いし手は痛いんだからね」

「ロジャーがそんなヤワなわけないだろ」

「ほら、全く反省する気ないでしょ」


 そんなことを言われたので、アランはまた床に頭がつくほどに深く頭を下げる。


「申し訳ありません」

「ねえ、ここぞと言うときだけ謝るって言ったばかりじゃなかった?」

「ここぞが今だろ」

「馬鹿馬鹿しい」

 

 ロジャーは深く座っていたソファーから立ち上がると、アランの方まで歩いてきて後頭部をガンと殴った。衝撃でそのまま床に額をぶつけて、アランは「痛い」と手で押さえながら顔を上げる。


「だいたいあんだけ怒鳴られても殴られてもけろっとしてる人間が、反省なんてするはずないよね」

「分かってるなら最初から怒るなよ」

「すぐに開き直るし」


 顔を顰めながらそう言ったロジャーだが、ソファに戻った時には呆れたように笑っていた。頭をはたいて気は済んだのか、もしくはさほど怒ってもいなかったのだろう。


「収穫は?」

「とりあえず部隊長と大隊長とは話せたよ。二人ともこのままじゃマズイって危機感はありそうだが、部隊長の方は駄目だな。部下の話なんか聞く気はなさそうだ」

「俺が話してみてもいいけど、阿呆と話すのは面倒くさいな」

「阿呆は放っておこう。大隊長は小心者だから動かしやすい」


 部下の話は聞かなくてもロジャーの話は聞くかもしれないが、ほとんど現場に出てこない三部隊長はとりあえず無視できる。無駄にうろちょろしてる大隊長さえ目を瞑ってくれれば、それなりに自由に動けるのだ。


 ロジャーには部隊長の話をすぐに伝えていた。彼も軍の上部からここに送り込まれた人間の一人ではあるが、それに傷つくような人間ではもちろんない。四部の反乱、もしくは外からの襲撃を食い止めるにはどうしたら良いのか、と一緒に議論してくれていた。


「地下はそれなりに見物できたな。警備はそれなりにいるが、地下にはすぐ入れる。中隊長達が捕らえられている場所の鍵がどうなってるかは分からないが、生かしてるのなら出入りがないはずはないからな。なんとかなるだろ」

「四部の兵士達に、何とかできるほどの気概があるようには見えないんだけどね」

「食事はエグバード部隊長が改善させてるらしいぞ。兵士たちと一緒に食事をとってるらしい」

「なにそれ。横に部隊長がいたら食欲なくなるんだけど」

「だが、同じものを食べるって言ってる部隊長に粗末な飯を出すわけにもいかないだろ。演習にもなるべく顔を出して、口も手も出しているらしいから、四部の大隊長達もやりづらいだろ」

「せっかく弱らせた敵に塩を送ってどうするの? それとも温情を誘って命乞いする気?」


 そんなロジャーの言葉に苦笑する。


「現状では捕虜でもないし、捕虜だとしても人道に外れた真似を見過ごせはしないよ。それが仮にも自分の部下ならなおさらだ」

「その部下に寝首を掻かれるかもしれないのに?」

「エグバード部隊長にも部隊長なりの考えがあるんだろ。何かしら自分の目で探りたいのかもしれないし、部隊長がそばにいれば動きづらいのは相手も同じだ」

「ふうん」


 納得しているのかしていないのか、そんな生返事をしたロジャーは、ちらりとアランを見下ろす。


「いつまでそこで正座してるの」

「足が痺れて動けないんだ」

「アランって本当に面白いよね」


 にこりともせずにそう言ったロジャーに、アランは苦笑してから口を開く。


「正直なところ、四部の兵士達に対しては何が正解なのか俺もよく分からない。押さえつけた方が良いのか、話し合う余地があるのか。外に指導する仲間がいるとすれば余計だな」

「それならどうするつもり?」

「四部はよく分からないから放っておこう。なにか手が必要なら、エグバード部隊長から要請があるだろ」

「ま、そもそも四部は俺たちには関係ないしね」

「だな。内部からだろうが外部からだろうが、敵が攻めてくるなら三部で対処するしかない。こっちをどう固めるかと、いかに地形や建物や侵入経路を把握するかだな」

「三部も弱すぎるしね。俺が四部の兵士だったら、一人で部隊長と大隊長の首を取れる自信あるよ」


 ロジャーはそんなことをさらりと言う。あながち冗談とも言えないところが怖いが、実際にそれなりの手練れが陣内や兵舎を自由に歩き回れさえすれば、やれないことはないということだ。ロジャーでなくアランでも、密かに一人ずつ始末していく刺客にならなれそうな気もする。


「もうじきロジャーの希望通り、三部と四部で合同で演習を行う予定にしてる。取るなら、あっちの大隊長の首にしておいてくれ」

「なんで? 始末していいの?」

「始末されると困るが、それなりに暴れてもらっていい。ロジャーの顔を売った上で、ロジャーが部隊長や大隊長の近くにいれば、敵も簡単に近づこうとは思わないだろ」

「部隊長や大隊長の護衛と思われるのは嫌だなあ」


 綺麗に整えられた眉を寄せたロジャーに、アランは肩をすくめる。


「実際は俺の近くにいることが多いだろうから、実質は俺の護衛だな」

「それもだいぶ癪だな。私服で出歩きさえすれば、みんなまとめて俺の護衛に見えると思うんだけど」


 そんな言葉にアランは笑った。


 軍服では階級が一目で分かるため、ロジャーが一番下っ端だとすぐに分かるが、私服であればロジャーが一番偉そうに見えるに違いない。


「まあ、間違いなくお貴族様とお供達だろうな」


 

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