三章 アランと王子の関係4
アランはしばらく考えてから、首を横に振った。
「部隊長には想定があるのですか?」
「ここでそれなりに大きな規模の反乱が起きると思っているからだと思うな。小さくとも部隊長である私の首が落とされる程度、大きければ三部と四部が倒される程度だ」
「は?」
「アランの前任である三部の中隊長は、かなり若かったが将軍の親戚らしいし、三部の他の大隊長や中隊長もこのタイミングで何人も入れ替わってるからな」
そんな言葉に、アランは目を瞬かせる。
確かに仮に四部内で反乱が起きたとすると、一番危険なのは四部の大隊長や部隊長だろう。そして三部と四部は同じ演習場の近くに兵舎を構えているから、四部で何かがあっても通常は三部が止めに入る。逆に言えば、部隊長を殺すか拘束するかした四部が次に標的とするのは、三部隊だろう。
前途有望な若者たちを三部からはずして、敢えてアランのような軍規違反の人間を充てているのなら、三部でも十分に危険があると考えるのが自然だ。
「ですが、反乱を起こさせないように兵士たちを弱らせているのでしょう。今の四部の兵士たちを見ていても、そんなことが可能だとは思えませんが」
そう言いながらも、本当にそうだろうか、と内心で首を捻った。
実際には、窮鼠は猫を噛む。水や食べ物もなく弱っているからこそ、一丸となって大隊長や部隊長を狙う可能性はないとは言えないのだ。四部の兵士たちは大半がカエルム地方の兵士だ。四部内での敵が大隊長三人と部隊長一人だと思えば、その命を狙うことは十分に可能だろう。
もっと言えば、狙いを部隊長と大隊長クラスに定めれば、食事中にでも三部の隊長を襲撃することは可能で、上がいなければ三部も現場は寄せ集めだ。全滅させることは難しくても、瓦解させることは容易にできる。強制的に徴兵されている兵士たちからすると、上官もいないのに命を賭して戦う理由など全くないのだ。少し脅せばすぐに逃げ出すだろう。
「兵士たちを弱らせているのは上の本意ではないかもしれないな。こちらの大隊長達も、もしかしたら自分たちが切り捨てられようとしていることは察しているのかもしれない。その上で自衛しようと思えば、なんとか反乱を食い止めるしかないからな」
部下達が自分の首を狙っているかもしれないと思えば、恐怖でしかない。大隊長達が本当にそれを察しているのだとしたら、食料を与えないのはどうかと思うが、それでも何とか阻止できないかと画策する気持ちも分からないではない。
「弱らせているのは上の思いとは違うと言われましたが……それでは、軍の上層としては最初から内部の反乱を誘っているとお考えですか?」
「上の意図はわからないが、ここ最近の人事を見ていると三部と四部は切り捨てられるように準備しているように見えるな。もしくは兵士たちを弱らせることが上の意思なのだとしたら、反乱を誘っているのは内ではなく外なのかもしれない」
「外?」
「カエルム地方の自衛軍は半分は自領に残っているからな。仲間達を助けたいと思わせて、そちらからの攻撃を誘っているとも考えられる」
エグバードの言葉に、アランは思わず息を飲み込む。
自衛軍の兵士達の半分は北軍に取り込まれずにカエルム地方に残っている、と言われると、内側にいる兵士たちも断然に脅威に思えてくる。外側に逃げ先があるのなら単なる暴発にはならないだろうし、外側が攻めてくるとすれば、内側から手引きをして共闘ができる。そうすれば単純に数だけで言っても三部隊に並ぶだろう。
「最近、二部も一部隊の演習場に合流してるんだ。距離としては一部隊の方がこちらに近い」
「三部と四部に何かが会った時にすぐに駆けつけられるように、ですか?」
「そうだな。火消しで手柄を持っていくつもりだろう。北の将軍としては四部内で反乱を出したのなら本来は責任を取らされるはずだが、その辺は国とうまく握っているのだろうな」
なるほど、とアランはため息をつく。
何にせよ周辺は用意周到に固められているということだろう。あとはこれで反乱が起きれば誰かが得をするのだろうし、反乱が起きなくても、もしくは鎮火できなくてもきっとここにいない誰かが得をするのだ。それはこれまでも何度も遭遇して感じてきたことで、ここにいる兵士たちは人間ではなく、単なる盤面の駒のようなものだ。
「人はともかく、自分がそんなに簡単に切り捨てられるのは傷つきますね」
重くなる空気を払いたくて敢えて悪戯っぽく言ったアランだったが、エグバードは真剣な顔をして首を振った。
「三部は念の為、という配置だと思うがな。四部の反乱——もしくは外部からの敵を三部隊が食い止めている間に、一部と二部隊がやってきて鎮火、というストーリーが将軍にとっては一番いい。そういう意味では、アランとロジャーは本当に腕を買われて配置されているのかもしれない。中央でも演習の成績はトップだっただろう」
「別に慰めてもらわなくても大丈夫ですよ。傷つくというのは冗談です」
中央で演習の成績は確かに良かったが、それは配下の部下達が有能だったからだ。アランとロジャーだけぽんと寄せ集めの部隊の上に置かれて、どうにかなるとは上の人間も思っていないだろう。
「本心だよ。慰めるつもりはない。堂々と隊を離脱して堂々と軍に戻ってくるような人間が、そんなに繊細なわけはないからな」
そんな言葉にアランは笑った。
ここで最初にエグバードに会った時に、軍規違反で姿を消したいきさつについては正直に話していた。魔術師を抱えて逃げて匿っていた——と話すと、かなり呆れられはしたが、それでも問題視も幻滅もされはしなかった。これまで散々、部隊長であるエグバードの命令で魔術師の捕獲に派遣され、部下達に命じて魔術師を捕まえていたアランが何をやっているんだ、と自分でも思わないでもないが、何となく部隊長には本当のことを話しておきたかったのだ。
そしてそれを、軍の上部にいるはずの部隊長に否定されなかったことは、アランにとっては救いだ。
「体は人並みに繊細ですけどね。デイミアン大隊長には最初の一撃で鼻を折られましたから」
「それを笑い話にできる図太さがあるから、どこでも何とでもなるんだろうな。何ならアランはロジャーと一緒にここを出ても良いんだろう」
急にそんなことを言われて、アランは眉を上げる。
「エグバード部隊長と三人で出ても良いですよ」
「私は今さら上の命令に背けないな。良くも悪くも軍に長く居すぎた」
「責任を取らされるためにさんざん捨て任務に充てられてきて、今度は切り捨てられるためにここに置かれてるって分かってるのに?」
「軍が私にここで死ねというなら、ここを自分の死に場所にしていい。別に老後にとっておくような趣味もないしな」
それは追い詰められた上での投げやりな言葉に聞こえて、アランはどきりとした。だが、中央にいた頃よりもずっと老けたように見えるエグバードは、驚いたようなアランの顔を見て、すっと瞳を細めた。
「だが最低限、安眠できる寝床くらいは整えさせてもらう。私もアランを見習って、多少は図太くやらないとな」