三章 アランと王子の関係2
「明らかに寄せ集めって感じだよね」
軍の兵士たちを集めての演習を見ながら、ロジャーは呆れたような口調で言った。
「俺らのとこか?」
「四部隊のつもりだったけど」
ロジャーの視線は自分たちの配下のその背後、四部隊に向いていたらしい。
北軍の北方にある演習場にいるのはアランたちが配属された三部隊と、新しく編成されている四部隊だ。一部隊と二部隊はここからだいぶ離れた別の場所にいる。三部隊の隊長とその下の大隊長が王様のように大きな顔をしているのも、ここにいるのが配下の部下と格下の四部隊だけだからだろう。
「でも、自分達のところも明らかに寄せ集めの兵士だよね。どっから徴兵してきたんだろ」
「北側では納税できずに強制労働になってる人間が多いらしいからな。労働の合間にこっちに回されてるんじゃないか」
「士気が低すぎるわけだ。俺なんてかなりビビられてるもん。アランは舐められてるみたいだけど」
「ロジャーは偉そうだからな」
アランの言葉に、ロジャーは首を傾げる。
部下に対して威圧的と言うわけではないが、明らかに彼はここでは浮いている。中央軍には貴族の子弟もたくさんいたが、地方の軍では周りは徴兵された農民や強制労働で回されてる人間が主で、ロジャーのレベルの貴族は大隊長レベル以上でないとなかなかお目にかかれない。
その上で、部隊長や大隊長とも上手くやっているようだし、演習でも周囲の兵士たちを完全に突き放している。ロジャーに勝てる人間はこの大隊の中にはいないだろう。
反面、アランはいつも大隊長に怒鳴られているし、今のところは部下に強く指示することもない。舐められているかどうかは分からないが、頼りない中隊長と思われているだろうな、という自覚はあった。
「アランのことは一応はちゃんと上官として立ててあげてるつもりだけど」
「それは俺にも部下にも伝わってないな」
「本当? まあ、アランが大隊長や部隊長に頭を下げてても、全く誠意が見えないのと一緒だよね」
「……見えないか?」
「全くだね。何かあるごとに怒鳴りたくなる上官の気持ちもわかるな」
そんなことを言われて、アランは苦笑する。
真面目に頭を下げているつもりだが、上辺だけなのは確かだ。相手からしても響いていないと思うから、さんざん怒鳴っているのだろう。そう思っていると、ロジャーは視線を外に向ける。
「と言っても、アランじゃなくても怒鳴られてるけどね。三部もだけど、四部はさらにひどいよ。みんな完全に怯えちゃってるもん」
離れた場所からひっきりなしに聞こえてくる罵声に、ロジャーは眉根を寄せる。
兵士たちの統率を取るためにもそれなりの厳しさは必要だが、この場合は逆効果だろう。ロジャーのいう通り、兵士たちは完全に萎縮してしまっていて、全く動けていない。小隊、中隊レベルでの指揮も効いておらず、さながら寄せ集めの新兵だ。ロジャーと共に遠くの演習風景を眺めながら、アランも首を傾げる。
「四部のカエルム地方の兵士は、寄せ集めどころか優秀だって聞いてたけどな」
「あれで?」
「まあ、元が私有の自衛軍だからな。優秀と言っても国軍とはレベルが違うのか、もしくはすでに軍の洗礼を受けて潰された後なのか」
「潰されちゃったのかもね。あれは士気がないというか、生気すら危うい動きじゃない?」
いきなり厳しい訓練を課されて逃亡する新兵や、無能で厳しすぎる上官に耐えかねて、心身ともにやられてしまう兵士はいる。あれだけ罵声を浴びせられていれば、普通の人間ならおかしくもなる。先ほどは倒れて運ばれていく兵士がいたようだし、通常だと有り得ない精神状態に置かれているのかもしれない。
「エグバード四部隊長は止めてるらしいけどな。大隊長たちがうるさいらしい」
「部隊長でも止められないんだ」
「エグバード四部隊長は明らかに更迭人事だからな。それこそ部下に舐められてるんだろ」
「まあ、三部隊長たちも嫌ってるみたいだったしね。アランと一緒で軍人の名門の家だ」
そんなことで嫌われても困るが、これまで七光でやってきたエグバードやアランに対しての裏返しでありはする。中央ではそれなりに家の名前が通っていたが、縁もゆかりもない地方に来ると逆に向かい風になるのは想像はできる話だ。
エグバードというのは中央軍にいた頃のアランの上官の上官で、元中央軍の三部隊長だ。セリーナたちのいた集落の襲撃を主導させられたのが中央軍の三部で、そこで被害を多く出したことの責任を取らされて、彼は中央から北軍に更迭させられているのだ。
実のところアランはしばらく軍を離れていたし、戻ってからも懲罰房に入れられるなどして、それを知ったのはすでにエグバードが北軍に行ってしまった後だった。別れの挨拶もできなかったのだが、アランも北軍に異動させられたのをきっかけに彼に会いに行っているし、今日もこの後に彼の家を訪ねることになっていた。アランにとってはここでの数少ない味方であるし、部隊長にとってもアランは知らない土地で話ができる数少ない知人だろう。
「同じ三部隊だったら、あの偉そうな大隊長達を馬から叩き落としに行くんだけどなあ。四部隊長に会うんだったら、今度合同で演習しましょうって言っておいてよ」
半ば冗談でもなく言ったロジャーに「伝えとく」とアランは返す。
すでに三部内にいるロジャーの気に入らない人間は、演習だの試合だの訓練だのを理由に、打ち負かされている。軍内部で喧嘩や私闘をしては、軍規違反となり懲罰対象となるが、訓練中に皆の前で馬から叩き落として恥をかかせたところで、当然だが特にお咎めはない。ロジャーの場合は見た目がさほど強そうにも見えないから、軽く挑発すると大抵が乗ってくるのだ。そうやって敵を排除しているのか、それとも敵を量産しているのかは知らないが、何にせよ本人としては気に入らない人間を叩いているだけなのだろう。
「というか今夜ロジャーも一緒に来るか? 部隊長も会いたがってたが」
「男ばっかりでお酒飲んで何か楽しいの?」
真顔でそんなことを言われて、アランは眉を上げる。
「その男について、わざわざ中央から北に来たんだろ」
「アランは知らないと思うけど、中央だろうと北だろうと、兵舎の外に出れば可愛い女の子ってどこに行ってもいるんだよ」
「それは知らなかったな」
ため息をつきながら答える。
自分も他人のことは言えないが、身分からしても年齢からしてもロジャーもそろそろ身を固めても良いはずだ。が、アランについて中央から離れた地方にまでやって来るのだから、中央に決まった相手はいないのだろう。
「アランこそ今度一緒に遊びに行く?」
「遠慮しとく」
「なんで?」
目を丸くしながらそんなことを聞かれても「気分じゃない」としか言いようがないのだが、そんなことを言っては気持ち悪いものを見るような目で見られるか、気の毒そうな目で見られるかのどちらかだろう。
「ロジャーと一緒に行っても勝ち目がないからな」
「なにそれ。アランがそんなことを気にするとは思えないけど。だいたいアランってあんまり女の子に興味ないでしょ。気が向いた時に適当に遊んでくれる相手がいれば」
「うるさいな。分かってるなら誘うなよ」
ため息をついて、話題を打ち切るように手を振る。別に女性に興味がないということはないが、ロジャーのように常に色々な女性に会いたいとは思えない。
そんなことを考えていると、ついついセリーナの顔が頭に浮かんでしまって、アランは頭も強く振る。
彼女はアルブで平和に暮らしているのだろうか。アランとしては離れ難くもあったのだが、セリーナはあっさりと手を振ってアルブの仲間たちのもとに向かってしまった。そこにはアランたち軍の兵士たちに仲間や家族を殺され、住む場所を奪われた魔術師たちがいるはずで、アランが容易に近づける場所ではない。
彼女を助けられたことには安堵した反面、それでもこれまでも罪もない魔術師たちを処刑台に送り届けているのだし、今も軍にいるということは今後もそうする可能性が高いということなのだ。そんな状態で彼女のことを助けたところで赦されるわけもなく、だからかどうかは知らないが、彼女の魔術につけられた腹の傷は未だに痛い。単純に傷を診てくれた医者が藪だっただけかもしれないが。
「ま、気が向いたら声をかけてよ」
どうでもよさそうに言ったロジャーを、アランは睨むようにする。
「ロジャーこそ気が向いたら来いよ。上官と部隊長からの酒の誘いを断れるのなんかお前だけだよ」
「どうしてもっていうなら、決闘して決める?」
「これ以上、みんなの前で叩きのめされるのは嫌だよ」
「そうかな? アランとなら一対一でもいい勝負だと思うんだけど」
「今さらそんな挑発には乗らないよ」
アランの言葉に、ロジャーは肩をすくめて笑った。