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三章 アランと王子の関係1


「アラン、大丈夫?」


 二人きりになるなり、ロジャーにそんなことを言われて、アランは「なにが」と首を傾げた。相変わらず髪型をばしっと決めて涼しげな顔立ちをしているロジャーだが、アランの反応を見て、子供のように腹を抱えて笑う。


「なにが可笑しいんだよ」

「全く平気そうなのがすごいよね。普通の人間なら再起不能になるレベルで罵られてたけど」

「そうか? 手が出ない分、前の大隊長よりはかなりマシだけどな」


 たしかに先ほどまで大勢の前で意味もなく怒られていたのだが、特に意味はないので内容は全く耳に入ってこない。上官は厳しく部下を怒鳴りつけて威厳を保ちたいのだし、いちゃもんをつけるには新入りのアランは好都合なのだろう、と思っていたから、適当に頭を下げて付き合っているのだ。


「あれはあれで再起不能になりそうなほどボコボコだったよね。折られた鼻はもう治ったの?」

「見た目には治ったな」


 そう言って鼻をつまんでみると、さすがに多少の痛みはある。だが、見た目には治っているし、日常生活にも支障は無くなったから、特に問題はなかった。


 セリーナをアルブに届けてからクラウィスの自宅に戻ると、当然だが父と兄には勘当されかねない勢いでさんざん怒られたし、軍に戻ると罰金を払わされた上で、懲罰房では寝ることすら許されずに何日も取締官に絞られた。その後、大勢の隊員たちの前で大隊長からさんざん殴られたのだから、ろくに顔も覚えられない新しい上官に怒鳴られるくらい、アランにとっては本当に痛くも痒くもない。


「あんなに顔までぼこぼこにされたら、俺だったら絶対に後から寝首を獲りに行ってやるけどね。中央を出る前に復讐しとかなくて良かったの?」

「まあ、半分は見せしめだろうからな。勝手な真似をする隊員はこうなるぞ、って規律を引き締めたいんだろ。普通は部下が勝手に逃亡するなんて真似を許したら、軍はバラバラになるからな」


 そうした意味でも、それなりに懲罰を受けるのはアランも望むところではあったし、自分たちの部下に対しても、それを見せるのは悪くはないと思っていた。セリーナを助けようとしたアランを「許せない」と言ったアシュリーに対しても、家柄だか身分だかを理由に罰を受けないなんて不公平を見せたくはない。


 ぼこぼこにされたアランを見てアシュリーが溜飲を下げたかどうかは分からないが、なんにせよ彼はアランを魔術師を匿ったとして告発する気はないようだった。彼とは何度か直接話をしにいったのだが、彼はアランに対してただ生意気なことを言ったと謝るだけで、あまり突っ込んだ話をさせてはくれなかった。


「見せしめが半分だったら、後の半分はあいつの趣味だろ。今ごろはアランがいなくなって寂しがってるんじゃない?」

「他の連中が殴られてなければいいけどな」


 特にアランの元部下達だ。


 アランは降格させられはしなかったが、中央軍から北軍に異動させられている。だが、もちろん部下たちは一緒に動く義理などなく、中央で配置換えなどなく働いているはずだ。アランの代わりに新しい中隊長になった人物は、アランも良く知らない人物で、ろくに挨拶もできていない。なるべく有能で、アランよりも出来た人物であることを祈るだけだ。


「まあ、手を出されるのは最悪だけど、こっちの部隊長と大隊長も割と最悪らしいけどね。中央よりも国の目が届かないから権力を振るい放題だし、自死した部下や潰された部下が何人もいるって話だ。——まあ、アランには全く関係ない話だろうけど」

「ロジャーにも全く関係ないだろ。初日からかなり目をつけられてたが、今ではその髪型にも誰も文句を言ってこないじゃないか」

「これ? 勝手に髪を切られたら遺書を書いて自殺して、実家に送りつけてやるって言ってるから」


 長い前髪を摘んで言ったロジャーに、アランは笑う。


 中央の頃は、軍人らしからぬ髪型を切れと言った上官たちに、試合で負ければ丸坊主になると言って、五騎を相手に一騎で軽やかに勝利していたロジャーだが、こちらでは戦法を変えているらしい。


 そもそも彼は他の隊員たちと同じように、中央に残って良かったのだが、何故か物好きにもアランについてきて一緒に北軍にいる。通常であればそんな人事の希望が通るわけないが、そこもロジャーの実家の名前が強かったのか、単なる厄介払いか。ロジャーはかなり有能な兵士だが、上官に対してもこんな調子で話をするし、基本的に貴族の家柄を笠にきた自由な人間なので、上からはだいぶ疎まれてはいる。


「さすが、ベインズ伯爵家の権威は偉大だな」

「部隊長も大隊長も軍人の家ではなくて、俺と一緒で貴族の出みたいだからね。貴族の名前は気になって、逆にアランのとこのクリフォード家は気に入らないんだろ」


 軍で大隊長以上に出世するのは、代々将校を出しているような軍人の家系か、爵位を持つような貴族の家柄の出身の人間がほとんどだ。その両者は大抵相容れないから、どこの軍でも二大派閥ができていることが多い。北軍では将軍は軍人家系だったはずだが、アランの直属の大隊長と部隊長が貴族家系であるなら、軍人としては名家であるクリフォードが気に入らなくてもおかしくはない。


「せいぜい嫌われないように頑張るよ」

「ま、アランのことは全く心配してないけどね。上官に蛇蝎の如く嫌われようが、軍規違反で逃亡しようが、何とかなる人間なんてなかなかいないよ」

「軍に残れたのはロジャーのおかげだろ」


 本来であれば魔術師を匿って逃亡したなんて、即刻、断頭台に乗せられるレベルの罪なのだ。だが、表向きにはロジャーが体調不良ということにしてくれていたから、無断で隊を離れて召集に応じなかったという軍規違反を問われただけで済んだのだろう。


 とはいえ、そうした軍規違反でも、懲罰を受けた上で降格か除隊となるのが普通だ。それが降格もされなかったのは、ひとえにクリフォード家の後ろ盾があったからか、もしくは何かしら上の企みがあるのか。色々と曰く付きの北軍に、このタイミングで異動させられたのは、明らかに意図があるはずだ。


「アランと一緒に退役しても良かったけどね。もうちょっと付き合ってもいいかなって」

「まるで金持ちの道楽だな」

「ま、それはそうだよね。家柄も能力も文句なしで優等生のアランが、いつも誰かに怒鳴られてぼこぼこにやられてる、ってのをそばで見てるのが面白いのかも」

「趣味が悪すぎるだろ」


 アランはそう言って苦笑する。


 一応、表面上は上官に逆らうつもりもなく、自分でも昔から成績も優秀な優等生のつもりではあるのだが、確かに常に誰かしらに怒られている気はする。反対にロジャーの方は、いつもこんな調子で真面目な優等生からは程遠いのだが、それでものらりくらりとして誰からも怒られも殴られもしないのだから、アランとは違って上手くやっているのだろう。


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