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三章 精霊たちの聖地2


 オーウェンはかなり魔術師としても優秀らしく、その子供であれば同様に強い魔術師となる可能性も高いのだが、必ずしもそうとばかりは言えないということだろう。だが、いくら魔術が使えないのだとしても、ウォルターの容姿はオーウェンに似ていて、容易に魔術師狩りの対象になりうる。自衛のためというのは、そうした意味もあるのかもしれない。


「全く使えないのか?」

「全くだな。才能がないとしか言いようがないが、こればっかりはどうしようもない。大人しく田舎に引っ込んでいて欲しかったんだが、こそこそ隠れて生活するのが嫌なんだと」

「それでここに?」

「一人でアルブまでやって来て、勝手に俺の息子だって公言して居座ってる。誰に似たのか、まったく図太い神経してるよ」


 三年前にアルブに来たと言ったから、その頃はウォルターはまだ十にもなっていなかったはずだ。魔術も使えないそんな子供が一人で、魔術師だらけのアルブにまでやってきて、ここでは有名な父親の名前を出して居座っているのなら、確かに図太すぎるほどに図太い。


「一応、サントスの仕事を手伝わせてはいるが、それでも暇してるようだからな。せいぜい使ってくれ。教え方は下手そうだが、剣の腕はジャクソンよりだいぶ上だ。あんたならなんとかなるだろ」

「カーティスも一緒に連れて行って良いか?」

「ああ。魔術を使えても剣くらい使えて損はないし、歳の近い子供も他はあんまりいないしな」

「ありがとう」

 

 そう言えばオーウェンは最初に会った時にも、カーティスの年齢を聞いていたし、あまり話さない彼のことを気にしているように見えていた。もしかしたら自分の息子と同じくらいの年齢だということで、気になっていたのかもしれない。


「ま、ウォルターにも多少は歳の近い人間がいた方がいいだろうからな」

「意外とちゃんとお父さんなんだな」

「何が意外だと言いたいところだが、ちゃんとしてるつもりはないな。あんたの方がよほど子供の扱いはうまそうだ」

「……そうでもないよ」


 ジャクソンは苦い息を吐く。


 たしかにクーロでは自分が一番の年長で、子供達を率いているつもりだった。だが、ジャクソンのことを慕って頼っていてくれた子供達は、クーロの山で別れたきりだ。エヴァンはヘレナが皆を切り捨てたと言ったが、実際にはジャクソンもヘレナを守るためという大義を掲げて、後ろを振り返らなかったのだ。小さい彼らを見捨てたのは、やはりジャクソンなのだろう。


 あの集落の仲間で生き残ったのは、ジャクソンよりずっと強い子供たちだけで、ジャクソンなど頼る必要もないセリーナやヘレナと、何を考えているのか分からないカーティス。そしてやはり何を考えているか分からないエヴァンに——ジャクソンのことを殺そうとしたクェンティンだ。


 ふと彼のことを思い出して、ジャクソンは視線をオーウェンに向ける。


「話は変わるが、クェンティンを知っているか?」

「クーロにいた若い魔術師だろ。仲間を売った人物だから接触には気をつけろと情報が回ってきた。知り合いか?」

「まあ」


 ジャクソンはそういって言葉を濁した。だが、すぐに思い直して言葉を足す。


「……売られた仲間ってのが俺だからな。接触に気をつけろということは、もともとクェンティンと接触する機会があったと言うことか?」


 こちらの情報を示した方が、相手も情報を開示してくれやすいだろうと思って言ったのだが、オーウェンは器用に片方の眉だけを上げた。


「あんたもぼやっとした見た目によらず、意外と苦労してんな」

「……ぼやっとしてるか?」

「過去には接触してたやつもいたぜ。クェンティンがアルブに来たこともあるらしいから、顔を知ってるやつもいる」


 ジャクソンの言葉には全く反応せずに言った彼に、ジャクソンはため息をつく。


「クェンティンの居場所とか狙いとかは分かってないかな」

「当事者が知らないなら俺らは知らないな。別に興味もないし探ってもなかった。ジャクソンが知りたいなら仲間に探らせてもいいが——復讐でもしたいのか?」


 そんなことを言われて、ジャクソンは首を横に振る。


「知らないなら別にいいんだ。復讐したいわけでもない。もしかしたらクェンティンも、魔術師を頼ってここに来ることがあるんじゃないかと思っただけで」


 ジャクソンの言葉に、何故かオーウェンは呆れたような顔をした。


「あんたを裏切る前ならともかく、その後でそんなことが出来るわけがない。一歩間違えて外に出れば首を斬られるようなこの情勢下で、仲間を売ったなんて魔術師はどこも受け入れられないよ。名前や特徴は物資の流通に乗って、今ごろ国中の魔術師グループに巡ってるだろうしな」


 そうなのか、とジャクソンは胸に重いものが溜まる気がする。


 クェンティンの狙いも何も分からないが、それでも彼もジャクソンたちと同様に追われる立場の魔術師なのだ。いざという時に、魔術師達の仲間を頼れないというのはとても心細いような気がするし、これまで魔術師達のために働いてきたはずのクェンティンが、こちら側と完全に分断されてどこにも戻れないというのは、なんだかジャクソンの胸にも痛い。


 陰鬱な気分になったジャクソンに対して、オーウェンは軽い口調で続けてくる。


「クーロは小さな集落だったが、色々な意味で有名だな。ヘレナを知らない魔術師はいないし、王子を単独で襲撃したエヴァンも、裏切り者のクェンティンの名前も知れ渡ってる。もともとダレルがそこに逃げ込んだ、ってところから有名な場所だったしな」

「ダレルが?」


 思わぬ名前が出て、ジャクソンは目を瞬かせる。


 ヘレナが精霊の化身と呼ばれるほどに有名なのは分かっているし、エヴァンやクェンティンの名前が有名なのも分かる。だが、ダレルが有名だというのはいまいちピンと来なかった。魔術師としては有能だったし、とても優しくて温厚なジャクソン達の父であったが、彼自身の名前が知られているという認識はない。


 ぽかんとしたジャクソンに、オーウェンはまた呆れたような顔をした。


「もしかしてダレルが何者かも知らないのか? ジャクソンもヘレナと一緒にダレルに育てられたといってた気がするが」

「何者か、って……ダレルが優秀な魔術師だったことは知ってるけれど」

「ダレルは昔、王宮のお抱えの魔術師だったんだよ」


 は、とジャクソンは口を開ける。


 ダレルが王宮に仕えていたなんてことも全く想像できないし、そもそも魔術師が国に仕えるということ自体が全く信じられなかった。ジャクソンが生まれた頃から魔術師は疎まれる存在でもあったし、今では生存権さえ認められていないのだ。


 ダレルが若い頃と言ったから、ジャクソンが生まれるずっと前のことなのかもしれないが、それでも想像が出来ない。


「国王の怒りを買って追放されたのだとか、処刑されそうになったところを逃げてきたのだとか言われてるが、どちらにせよ王宮の内側を知る貴重な魔術師だし、王宮に召し抱えられるほどの有能な魔術師だ。彼を仲間に引き入れようとか、彼をリーダーに据えようと色々な人間が迫ったようだが、全く靡かなかったらしい。隠居しているような状況でしばらくは忘れられていたようだが、ヘレナの親代わりということでまた名前が浮上したな。ヘレナを仲間に引き入れようとする魔術師たちを、跳ねつけていたのもダレルだよ」


 オーウェンはすらすらとそれを語ったが、それを知っているのは彼がアルブのリーダーで、ある程度の情報を握っているからなのか——それともジャクソンたち以外は当然知っていたことなのか。


 ダレルがいた場所としてクーロが有名だったのなら、少なくとも多くの魔術師たちにとってダレルの名は有名だったということだ。


「クーロが軍に狙われた理由は分からないが、もしかしたら狙いがダレルだった可能性はある。もしくは王子襲撃の犯人(エヴァン)か、魔術師たちの象徴であるような精霊の化身(ヘレナ)か。クェンティンだけでなく内部に裏切り者がいたのなら、すぐに目はつけられるだろう。ま、いずれにせよあそこは悪い意味で目立ちすぎたな」


 たしかにエヴァンはクーロはマークされていたと言ったし、実際にギル達はきっと内部で情報を探っていたのだろう。彼が王子を狙わなくとも、遅かれ早かれ襲撃されていただろうと言ったのは、こうした事情を彼は知っていたということだろうか。


「ダレルからは何も聞いてなかったよ」

「それなら、本人にとっては話したくもない内容だったんだろ」

「……そうかもね」


 だが、話を聞きたくとももう二度と叶わないのだし、ヘレナを守っていたのがダレルだったのだとしたら、今はそれをできる人間はいないということだ。


 鬱々としたものが溜まるジャクソンに、話を変えようとでも思ったのか、彼は別の名前を出した。


「エヴァンはどんな人間だ?」

「オーウェンも知り合いなんだろ。数日前からアルブにもいる」

「そりゃ、話したことはあるが、会うなり殴り合ったり踏みつけられたりするほど仲良しじゃない」


 そんなことを言ったから、エヴァンとやり合ったことは彼の耳に入っているらしい。


「……別に、見た目や口ほど悪いやつじゃないよ。魔術を使って軍に対抗しようと考えているのは、オーウェン達と同じじゃないのか。エヴァンは間違いなくオーウェンが望んでる戦力になるしな」

「戦力は欲しいが、火力は使い道を間違えば自分たちの家を焼くだけだ。俺らは組織で動いているからな。単独で王子を狙った時のように、暴徒になられるようだと困る」


 なるほど、とジャクソンは苦笑する。たしかにエヴァンは戦力にはなるだろうが、そもそも彼が組織の中で命令に従うような想像はできない。


「エヴァンがオーウェンの指示を素直に聞くかどうか、って聞いてるなら、それは難しいかもな。想いが一致してれば、協力してくれるとは思うけど。でもエヴァンが何を考えてるのか俺には分からないよ」

「ふうん。ジャクソンはエヴァンがなんでアルブに来たか、聞いたか?」

「……いや。オーウェンは知ってるのか?」


 ああ、と彼は言ってから、どこか鋭い視線でジャクソンを見る。


「あんたの説得だよ。もうじき、状況が一変する。その時にヘレナに動いてもらうために、ジャクソンを取り込もうとしてる。——正直なところ、俺もそれには賛成だな。出来れば協力してほしいと思っている」


 

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