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三章 精霊たちの聖地1


「弱すぎて相手にならないんだけど」


 そんなことを言い放ったのは、まだ十代前半の少年だった。すこしくすんだ色の金髪を短く刈って、勝ち気そうな青い瞳と長い手足がいかにも子供らしい彼は、むき身のままの剣を肩に担ぐ。陽の光にあたってぎらりと光る刀身が彼の細い首の近くにあって、ジャクソンは思わずぞくりとした。


 ジャクソンは自身が持っている剣を慎重に下ろしてから、控えめに言った。


「剣は鞘に収めないと危ないんじゃないかな」

「それって自分で自分の首を切るんじゃないかって言ってる? そんなにどんくさいの、あんた」


 そんなことを鼻で笑いながら言われて、ジャクソンは複雑な気分になる。


 ジャクソンは剣の刃にいちいちヒヤリとしてしまうのだが、彼にとっては剣も手足のようなものなのかもしれない。あまりに鮮やかな剣さばきに完敗したところだったから、どんくさいと言われても仕方がないのだが、それにしても初対面の少年に馬鹿にされるのは少しへこむ。


 ウォルターと紹介された少年は、カーティスと同じ歳なのだと言っていたが、カーティスよりもだいぶ身長が高い。ひょろりと高い身長に、長い手足。腕も足も全く太くは見えないが、大人と変わらない大きな剣を軽々と扱うから、鍛えられているのだろう。とはいえ、ジャクソンに比べると一回りも二回りも小さいのだから、そんな少年に手も足も出ないのは余計に情けない。


「相手にしろって言ってるわけじゃない。剣を教えてやれって言ってるんだよ」


 呆れたようにそう言ったのは、ここに彼を連れてきたオーウェンだった。


 たしかにジャクソンは剣を教えてやると言われてここにいるのだが、現状は叩きのめされただけだった。相手がオーウェンだった時と比べても、明らかに加減してジャクソンの様子を見ていた彼とは違い、ウォルターには一瞬で剣を突きつけられて終わっており、教えてくれるような気配はない。


 ウォルターはちらりとだけオーウェンを見ると、ジャクソンを見てあからさまなため息をついた。


「あんまり才能なさそうだけど」

「才能は知らん。そんなものがなくても、それなりに動けるようにはなるだろ」

「俺のやる気もないんだけど」

「それはもっと知らん。お前の仕事だ、せいぜい頑張れ」


 冷ややかに言ったオーウェンに、ウォルターは肩をすくめる。


「どうせなら、こんなのじゃなくてヘレナやセリーナに教えたいな」


 そんなことを言ったウォルターにジャクソンは思わず苦笑し、オーウェンは顔を顰めた。本人を目の前に「こんなの」と言われても困るのだが、どうせならこんな男より、可愛らしい年上の女性二人に教えたいという少年の気持ちは分からないでもない。


「二人とも剣は向いてない。代わりにカーティスに教えてやれよ。剣の持ち方からな」

「やだよ、あいつ暗いもん」

「年も近いし友達になってやれって言ったろ」

「ちゃんと俺も近づく努力はしたぜ? でもなに言っても困った顔しかしないからさ」


 そんなことを言ったウォルターに、ジャクソンは少しだけ申し訳ない気持ちになる。


 カーティスは集落を出る前からおとなしい子供ではあったが、集落を出てからはジャクソン達に対してさえあまり口を開かなくなった。黙々と色々な手伝いなどはしてくれるし、熱心に話しかけると一応答えてはくれるのだが、同じ歳のウォルターからすると、そんな反応しか返さない相手と友達になれと言われても困るだろう。


 ジャクソンが謝ろうとすると、ウォルターは肩をすくめて大人びた口調で言った。


「ま、仲間がたくさん死んだんだろ。放っておいて欲しい時期もあるさ」

「そんなこと言って、面倒くさいだけだろ」

「うるさいな。今はカーティスじゃなくてジャクソンだろ。仕事だっていうのならちゃんと教えてやるから、オーウェンはさっさと消えろよ」


 虫でも追い払うような仕草をしたウォルターに対して、オーウェンは赤い日を眩しそうに見た。そして体を伸ばすように伸びをする。


「今日はもう日が暮れるから明日からでいいよ。毎朝、ジャクソンにお前起こしに行かせるから」

「……毎日、朝からやれって?」

「日の出とともに体を動かせばお前の目も覚めるだろうし、ジャクソンは朝からの仕事に支障もなく剣も鍛えられる。一石二鳥だ」


 オーウェンはそう言ってジャクソンを見た。毎朝、仕事をする前に彼に剣を習いに行けということなのだろう。ジャクソンとしては特に問題もないのだが、ウォルターはこの世の終わりのような顔をしていた。


「何が悲しくて、朝っぱらからこいつと仲良く剣を振り回さなきゃならないんだよ」

「剣を振り回すのはジャクソンだ。お前は見物してればいい。——問題あるか?」

 

 オーウェンが聞いたのはジャクソンに対してで、ジャクソンは首を横に振る。


「俺は問題ないけど」

「俺は問題しかないよ!」


 そう言って口を尖らせたウォルターの言葉は無視して、オーウェンはジャクソンの肩に手を置いた。


「ジャクソンの使命は、ウォルターを毎朝叩き起こして引き摺り出すことだ。ついでに剣も人並みに振れるようになってこい」

「剣がついでか」


 ジャクソンが呟くと、「おい」とウォルターが声を上げる。


「まさか本命は俺の方かよ。誰か告げ口しやがったな」

「告げ口は知らんが、今日もお前が朝食だと思って食べてた飯が昼食だったって、しょうもない話は知ってる。いい加減にしないと、アルブからつまみ出すぞ」


 じろっと睨んだオーウェンに、ウォルターは顔を顰める。だが、なにも言い返せないのか、そそくさとこちらに背を向けた。


「今日はもう良いんだろ。暗くなる前に家に戻るぜ」


 そう言って足早に消えていったウォルターを見て、オーウェンはため息をついた。


「都合が悪いとすぐ消える」

「元気が良いな」

「カーティスやヘレナと比べたらそうだろうな。明日から遠慮なく叩き起こしてやってくれ。家はサントスのとこだ」

「彼の両親は?」

「あ?」


 何気なく聞いた問いに不機嫌そうな声が返ってきて、ジャクソンは慌てて首を横に振った。


 サントスのところ、といえば、色々な町からやってきた人たちが集団で暮らしている家だった。サントスに呼ばれて何度か訪れたが、家族で住んでいそうな場所ではなかった。だが、身寄りのない子供であれば、ここアルブではなくファキオなど近隣の町で隠れて暮らすのだろうと思っていたから、なにかしら事情はあるのかもしれない。


 なんでもない、と言おうと思うと、その前にオーウェンが口を開いた。


「俺だよ」

「は?」

「あいつの父親。なんか文句あるか」


 そんなことを言われて、ジャクソンは思わず彼を凝視する。


 ウォルターの細くてきりっとした目元はオーウェンに似ているし、瞳の色も同じ青だ。オーウェンの特徴的な銀髪まではいかないが、ウォルターの金髪もどちらかといえば薄くて白い。長身で手足が長いところも、剣の使い方もよく似ていて、たしかに親子と言われれば親子かもしれないとは思うのだが、ジャクソンは首を捻る。


「文句はないけど、オーウェンは何歳なんだ?」

「二十八」


 見た目どおりの年齢ではあったが、ならばウォルターが生まれたのは彼が十六の頃ということか。年齢も驚きではあるが、なんとなく結婚や子供なんて単語が全く似合わない雰囲気の男であったので、さらに驚く。目を丸くしているジャクソンに、オーウェンは口元だけで笑った。


「別にあり得ないって年でもないだろ」

「ウォルターの母親は?」

「死んだ」

「……そうか」


 それだけをジャクソンは返す。オーウェンはそれをあっさりと言ったし、下手に同情されたくはないだろう、とも思ったからだが、彼は軽く肩をすくめる。


「あいつが生まれてすぐに死んだから、もう随分と前の話だよ。ウォルターも母親の顔なんか見たことないしな」

「でも、オーウェンも一緒に暮らしてないんだな」


 彼が帰って行った場所は、オーウェンが暮らしている家とは明らかに違うし、これまでオーウェンの近くでウォルターの姿を見たこともなかった。


「もともと母親のとこの家で育ててもらってたからな。一緒に暮らしたこともない。あいつがアルブに来たのも三年くらい前だよ」

「どうしてここに?」


 ジャクソンの言葉に、オーウェンは目だけを動かしてこちらを見る。


「戦力にもならなそうなのに、なんでわざわざアルブにいるんだって?」


 そんなことを言われて、ジャクソンは首を捻る。


「そんなことを言いたかったわけじゃないが……でも、使いたいかどうかは別として、彼ほどの腕があれば戦力にはなるんじゃないか?」


 オーウェンは同じ歳のカーティスも十分に戦力になると考えているようだから、別に子供だから戦わせられないと考えてはいないだろう。その上で、あれほどの剣の腕があるのに、戦力にもならないと言ったのは何故だろう。自分の息子であれば安全な場所に置いておきたいのかもしれないが、それであればわざわざアルブに呼び寄せはしないだろう。


「ウォルターは魔術を使えないからな。せめて自衛のために、剣はそれなりに仕込んだんだ」


 オーウェンはそう言って、自分の髪をくしゃりとかき上げた。


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