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三章 ウィンストンの目的9


「前者は申し訳ないですが、具体的に考えてはいないですよ。もともとここに呼ぶつもりもなかったですし、アテにはしてません」


 レックスの使い道、と言うところに関して、ウィンストンはそう肩をすくめた。レックスはそれに対して首を傾げる。


「そうなんだ。僕の協力が欲しいのだと思っていたから、てっきりこの顔が使いたいのだと思っていたのだけれど」

「それが出来ればもちろん選択肢は広がりますけどね。北軍の将軍もレジナルド殿下でなくレックスに会ったことがある人間の一人ですし、民衆の前に出して扇動に使ってもいい。別にレックスの顔を見たことがない人間でも、レックスが出ていけば、王子でないと考える人間などいませんよ」


 もともと顔を知らない人たちの前に、王子としてレックスが出ていっていたのだ。それらしい王宮の使いや護衛を付けさえすれば、確かにこれまで通り王子を演じられるはずではある。


「そうでなくても、私の側近に加わっていただきたいですね。いずれ国から独立ができれば外交の要になっていただけるでしょうし、爵位でも身分でもなんでも差し上げますよ」

「ウィンストンの周りには、もっと有能な部下がたくさんいると思うけど」

「優秀な部下はもちろんいます。ですが、レックスと比べて遜色ないのはせいぜいエイベルくらいですよ」


 そんな言葉にレックスは首を捻るようにしたが、たしかにレックスは頭がいい。王子として振る舞えるようにと、小さな頃から色々な教育を受けているはずで、実際にどんな相手にでも王子として卒なく対応出来ているのだから、有能なのも間違いないだろう。


 ウィンストンの側近に、という話は、クリスにとってはかなり嬉しいものだった。初めからレジナルド殿下の代わりとして何かしら派遣されるというのであれば、ある意味でこれまでと変わらない。レックスだけを危険な場所に向かわせる行為で、いざとなれば切り捨てられる可能性がある。


 だが、ウィンストンが側近にしたいというくらいにレックスが有能であるのだとすれば、わざわざそんな危険な真似をする必要はなくなるのだ。


「実のところ、最初から完全に信用ができる人間という意味でも、かなり助かります。エイベルは信用してますが、他にも監査役は多く入り込んでますからね」

「特定できてはいないということ?」

「ある程度は、というところでしょうね。見逃してる人物がいないとは言えないですよ。特定している人物は後でリストアップしてお渡ししますが、どちらにせよレックスもクリスもそんなものを鵜呑みにするような、可愛らしい性格ではないでしょう」

 

 そんなウィンストンの言葉にクリスは苦笑する。


 レックスが置かれていた立場は、いつ誰に襲われてもおかしくはないというものだ。一見すると人懐っこくにこやかに見えるレックスも、実際は常に用心深い。クリスも同じ場所にいたから、人を疑うことが身に染みてしまっているのだ。


 レックスは少し首を傾げる。


「どうかな。ウィンストンが実際に見て線引きしてるなら、それなりに信用できる情報だと思うけど」

「信用できる人間と間諜だと特定している人間の情報は確かだと思いますが、残りの九割はどちらとも言えない人間ですよ」

「どちらとも言えない——というより、ウィンストンにとってはどちらでも問題ない人間ということだと思うけど」

「そうですね。ヘンレッティ家につくことに利を感じれば味方をしてくれるでしょうし、そうでなく何か動きを見せるのならご退場願うだけです」

「分かりやすいな」


 レックスはそう言ってから、頷いた。


「それなら僕の使い道については、これから擦り合わせるというところで、一旦は了解かな」


 そうしてウィンストンを見たから、彼は今度は少しだけ視線を鋭くした。


「もうひとつは、魔術師たちの使い道ですか。どうして、我々が魔術師たちを使おうと考えていると思われたのです?」

「僕を連れてきた魔術師達は、ウィンストンの言葉が嘘じゃないとすると、本当に王子を狙っていた魔術師たちだ。ウィンストンが、彼らに偽物だから生かして連れてきてくれと頼んだということでしょう?」

「そうですね」

「最初に王子を狙ったのは単なる腹いせって可能性もあるけど、二度目になると国が黙っているはずがない。しかも最初は単独犯だったけど、今回は明らかに組織的だったしね。それが本当だとするのなら、本気で反逆を考えているのは、ヘンレッティ家でなくむしろ魔術師たちの方だ。魔術師たちが王宮や軍と戦うことになれば、独立を考えているウィンストン達にとっては、かなり都合が良いと思うけど」


 そんなレックスの言葉に、クリスはぽかんと口を開ける。


 王家や貴族たち、軍部の権力争いによる内乱は、これまでも度々起こってきたが、民衆によるものは聞いたことがなかった。それも単なる国民でなく、どこかに隠れ潜んでいると思われる、魔術師達によるものなのだ。


 魔術師たちは国内でクリスのように息を潜めているか、国外に逃亡していると思っていて、魔術師たちが集団で国に反旗を翻すなど、クリスはこれまで想像したこともなかった。見つけ次第に処刑とする今の魔術師たちに対する法が制定されてから、これまでの五年間で、それに対する行動なども特になかったのだ。


 だがウィンストンは、当然のことのように、レックスの言葉に頷いた。


「都合は良いですね。魔術師たちが撹乱してくれることは、我々の目眩しになる」

「同時に魔術師たちからしても、ヘンレッティ家が兵を挙げて国がこちらに軍と人を割けば、中央を狙う好機になる。そう考えると、使い道って言い方は良くなかったね」

「そうですね。魔術師たちの力はたぶんレックスの想像よりもずっと大きいですよ。なんならうちがあちらに使われている可能性もある。目的が一致しているなら、うちはそれでも構いませんが」

「だから、公爵は北方の領土までとれると踏んでるわけだね。たとえ魔術師たちの企みが失敗したとしても、国側はヘンレッティ家に力を割く余力はなくなる」


 そんなことをすらすらとレックスは語ったから、ただ驚いているクリスとは違って、これまでにも考えていた内容なのだろう。ウィンストンは楽しげに目を細めた。


「話が早くて助かりますね。そうですね、我々としては魔術師たちが成功しようとしまいと、旨みしかありません。あちらに提供できる中央のネタはいくらでも持っていますしね。失敗したとしても、どうせ独立するつもりなので身を削る必要もないし、仮に成功すればいち早く同盟関係を結べる」


 ウィンストンの話を真剣に聞いていたレックスだったが、少し考えるようにしてから首を傾げた。


「聞いてる感じだと、ウィンストンは成功する可能性もあると考えてるんだね。そして、あまり裏切られる可能性を考慮してないように聞こえる」

「裏切られる、といっても別に魔術師たちが動こうが動くまいが、我々が動くことには変わりないですからね。影響がないとは言いませんが、その時はその時ですよ」

「たしかに魔術師たちが中央に兵を上げるか上げないか、って意味ならそうだと思うけど。彼らの拳の向き先がこちらにならないって保証はあるの?」


 レックスの言葉に、今度はウィンストンが怪訝そうな顔をする。


「魔術師たちが中央でなくこちらを狙うメリットがありますか?」

「国から独立しなければメリットはないけど、独立するつもりならメリットはある。カエルム地方にはこれまでも魔術師たちに対する理解はあるのでしょう。きっと隠れて生活している魔術師たちも多い。それならば、国から独立した上で、ここを魔術師たちが共存できる国にすれば良いと考える可能性はあるんじゃないかな。魔術師たちにとっても、中央を狙うよりははるかにリスクが低い」

「なるほど、それは確かにあり得ますね」


 ウィンストンは興味深そうに頷いてから、少し考えるようにした。


「そういう意味だと、多少は魔術師たちを信用しています、というのが回答でしょうか。あまり裏切られるとは考えていませんし、なんなら私は彼らに国を獲ってもらいたいと考えている。うちに不利にならない点においては、あちらへの協力も惜しまないつもりです」

「それはその魔術師たちを知っているから?」

「それもありますね。もちろん私が知っているのは一部で、全員を知っているわけではありませんが、それでも中央にいた人たちよりはよほど信用できます」


 ウィンストンはそういってから、瞳の奥の光を強くする。


「それにレックスもご存じの通り、そもそもこの国は土台から完全に腐ってますからね。仮にヘンレッティ家が王家に成り変わったところで、その他の貴族や役人を黙らせるのは難しいし、この国を再建できるとも思えません」

「たしかに難しいだろうね。それでもウィンストン達が中央に影響力を持てば、少し状況は変わるのじゃないかと思うのだけど」

「気長にやればね。ただ、私も父もレックスとは違って少し気が短い」


 ウィンストンは笑いながらそう言った。


 五年もレックスに仕えて中央をうかがっていたというウィンストンが、気が短いなんてことは決してないだろうが、それでも独立するより国を再建する方が莫大な時間を要することはクリスにでも分かる。


「この状況を打破するなら、いっそ土台ごと壊して新しく作り直すしかないし、それには魔術師達の登場は都合がいいと思いませんか。彼らは有能で優秀で、それから強力だ。劇薬という意味でも、毒を以て毒を制すという意味でも、我々がやるよりよほど可能性がありますよ」



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