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三章 ウィンストンの目的2


「……どうしてレジナルドが羨ましいのです?」


 思わず声に怒りが滲んでしまうと、ウィンストンはクリスを見て笑った。


「私からみれば、彼がレックスより優っているのは生まれだけだ。他にあるとすれば、せいぜい顔かな。よほどの馬鹿じゃない限り、嫉妬の一つや二つはすると思うが」


 そんな言葉にクリスは驚いた。


 レジナルドは才能溢れる王子とされているのだし、常に自信に満ちている。顔も確かに他国の姫が霞むなどと言われているが、教育だって最上のものを受けているはずなのだ。レジナルド殿下がレックスと自身の才を比べて嫉妬するなど想像もできない。

 

「それは僕には分からないけど……ただ、レジナルド殿下はずっと隠されていたからね。暗殺を恐れて王宮が信頼できるひと握りとしか会えなかったみたい。だから、普通にたくさんの人に囲まれながら王子として育てられた僕が羨ましいんじゃないかな」

「レックスはあの屋敷で愛されてましたしね」


 ウィンストンの言葉に、レックスは真剣な表情で頷いた。


 たしかにレックスはあの屋敷で愛されていた。自身が王子ではないと聞かされるまでは、彼は本当に天真爛漫な子供で、周囲にいる従者や使用人達もそれを微笑ましく見守っているように見えていたのだ。王子でないと聞かされた後は後で、レックスは慎重に周囲に接していたこともあり、余計に人格を認められていた。


「うん。僕は僕で誰も信じられないと思ってたし、実際に護衛や側近のような人達に殺されそうになったこともあるけど、でもきっと大半の人たちは純粋に僕を王子だと信じて、精いっぱい仕えてくれてたんだよね。本物でないと知っていても、優しくしてくれる人はいたし」


 レックスの言葉に、クリスは胸が熱くなる。彼は誰も信じられないと思っていても、それでも色々な人に愛されていたのだと分かっているのだ。そんなレックスの言葉に、ウィンストンは冷えてしまったお茶に口をつけてから言う。


「レックスのその境遇を羨んでいるとしたら、殿下は馬鹿だとしか言えないですけどね」

「どうして?」

「レックスが愛されていたのはそれがレックスだからですよ。あそこにいたのがレジナルドなら従者達は遠巻きにしていたでしょうし、私も仕えた翌日には顔に茶でも浴びせて自領に戻ってます」


 そんなことをカップの持ち手を持ったまま言ったウィンストンに、レックスは目を瞬かせる。


「かけられなくて良かったな」

「クリスもここにいないでしょうしね」

「……私はそれでもお茶はかけられないですけどね」


 そもそもクリスは父の命令でレックスに会っていたのだし、それがレジナルドに変わったところで変わらなかったはずだ。ただ、望んでレジナルドと共に居たいとは思わなかっただろうから、ここにいないことは間違いない。


「それでも、クリスがずっとレックスの近くに仕えていたことが、レジナルドにとって一番気に食わなかったことのような気もするな」

「それはなんとなく僕も思う。殿下はクリスのこと気になってたみたいだから」


 どこか意味深な視線を向けたウィンストンと、気づかわしげな表情で言ったレックスに、クリスは慌てて首を横に振った。


「殿下は私のことなど視界にも入れてませんよ。王城で仕えていた時も、ずっと放っておかれていましたしね。レックスに対する嫌がらせに使われていただけと思いますけど」

「本当にそれなら良かったけど……」

「彼はクリスに手は出せないと思いますよ。彼からすれば、クリス()()()を相手にするのはプライドが許さないはずです。もともとレックスの側に置けるのですから、プライドさえなければなんとでも出来るはずですけどね」


 ウィンストンの言葉にレックスは複雑な表情をしたが、クリスは大いに納得した。


 たしかにレジナルドは常に『クリスがレジナルドに会おうとしているから仕方なく会っている』という態度を崩さなかったのだ。本来ならクリスはレジナルドと二人きりで会える身分でもないと言っていたし、クリスが仕事で扉の前に立っている時などは、目を合わせようともしなかった。


 例外は、レックスが姿を消したのだとクリスに告げた時だが、その時も『哀れなクリスのためにわざわざ』伝えてくれたのだろう。


「殿下の立場が辛いのは分かるけどね」


 そんなことを言ったレックスに、クリスは思わずため息をついた。あんな牢のような部屋に押し込められていながらも、それでもレジナルドの立場を慮るレックスは優しすぎるのではないだろうか。同時にウィンストンも呆れたような顔をするのが見えた。


「実際、王太子であれば矜持が高くある必要はあるのでしょうが、あれは身を滅ぼすだけの無駄な虚栄ですよ。単なる我儘な子供です」


 辛辣なウィンストンの言葉に、レックスは苦笑するような顔をする。


「ウィンストンが側近にならなかったのは、殿下にとって不幸なことだろうね。殿下にも耳が痛いことを言ってくれる人間がいれば良いのだけど」

「好き勝手に言えるのは相手がレックスだからですよ。レジナルドの側にいたら、今ごろ私が殿下に毒でも盛っているか、殿下の逆鱗に触れて私の首は繋がってないか、のどちらかだったでしょうね」


 ウィンストンがそんな物騒なことを言った時に、ドアがノックされて、外から見知った顔が入ってきた。それはレックスに引き合わせてくれ、ウィンストンの元に案内してくれた、エイベル=スペンサーと名乗った男性だ。


「ウィンストンさま、ヘンレッティ公爵がお帰りになられました。執務室でお待ちだそうです」


 腰を折ったエイベルに、ウィンストンが眉根を寄せる。


「遅かったな」

「私に言われましても。文句がおありならウィンストンさまからどうぞ」

「エイベルが喧嘩を仲裁してくれる気があるなら、そうしよう」


 随分と親し気なやりとりを眺めていると、ウィンストンは彼を紹介してくれた。


「既にお会いしているかとは思いますが、エイベルです。昔からの私の側近の一人ですよ」

「エイベル=スペンサーです。ウィンストンさまのお屋敷までお連れさせていただいた者です。あの後、しばらく外出しておりましたので、ご挨拶できず申し訳ありません」

「ご丁寧にありがとうございます。もちろん覚えております。あの節はお世話になりました」


 深々と礼をしたレックスに合わせて、クリスも頭を下げる。そんな普通の挨拶を交わしていると、ウィンストンがしれっとした顔で驚くべきことを言った。


「彼はこう見えて、王宮から送り込まれているスパイの一人ですからね。言動にはお気をつけて」

「え?」

「スパイとは人聞きが悪いですね。私は定期的にウィンストン=ヘンレッティについて国に報告する責務があるだけです」


 にっこりとした笑顔で言われて、クリスは思わずぽかんとしてしまう。


 エイベルというのはウィンストンよりもいくつか年長に見える男性で、完璧な笑顔もあり、いかにも仕事ができそうな役人といった雰囲気がある。前髪も綺麗に整えられているし、衣服に皺ひとつない。


「それが公式の役人であればスパイでなく単なる監査役でしょうが、エイベルのスペンサー家は代々、ヘンレッティ家に仕える家臣ですからね。それでいて歴代、密かに王族との結びつきがあるようです」


 代々、王宮にヘンレッティ家の内情を報告するスパイだということなのだろう。だが、それをウィンストンが知っていて、本人もそれを認めているということは、何かしら別の関係があるはずだ。


 レックスは首を傾げながら言った。


「僕やクリスのことを王宮に報告されると、ウィンストンが困っちゃうと思うのだけど」

「それなりに困りますね」


 ウィンストンはそう頷いてから、ふっと口元を笑みにした。


「スペンサーは代々、うちに忠実な側近ですよ。私もエイベルのことを信用しています」

「二重スパイなのかな」


 レックスがそう言うと、ウィンストンはエイベルを見た。エイベルの方は静かに首を横に振ってから、口を開く。


「いえ。私に王宮の情報は入りませんからね。報酬だけはいただいていますが、あちらはさほどこちらを信用していないでしょう」

「信用していない情報にどうして報酬が払われるのです?」

「それが慣例だからか、いざとなれば更に金を積むか役職を約すれば動かせると思っているのではないでしょうか。もしくはヘンレッティ家に対する牽制か」

「実際、疑心暗鬼にさせる要素はありますよ。中央にパイプがあるから、彼はいつでも情報を持って寝返れますからね」


 そんな側近を飼い殺しにするのではなく、中央には秘匿すべきレックスの奪還にわざわざ使っているのだから、やはり信用はしているということか。


「……すごく二人の関係は気になるのだけど、ヘンレッティ公爵の方はお待たせして大丈夫かな? 執務室でお待ちだと言われてたけど」


 レックスの言葉にクリスははっとしたのだが、ウィンストンは優雅に足を組んでカップに口をつけた。


「先に我々を待たせたのはあちらですからね。多少はお待たせしましょう」

「馬鹿なことを言わずに支度してください」


 エイベルは冷たい口調でそういったが、さほど彼も慌てる様子はない。待たせたところで怒るような相手ではないのか、丁寧にレックスとクリスを促した。


「ウィンストンさまが立ち上がりそうにないので、私がご案内しましょうか。レックスさま、クリスさま、参りましょう」

「エイベルが父上と仲良しなのは知ってるが、これ以上、私の仕事を取られると父上に勘当されそうだな」


 ウィンストンはそう言って立ち上がると、レックスとクリスを先導するように歩き出した。



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