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二章 ヘレナの導き11


 しばらく無言で見送っていると、セリーナが火の民で小さく足元を照らした。気づけば辺りは暗くなってしまっている。建物から漏れてくる灯りはあるが、それでも火の民無しで外を歩くには心許ない。


 歩き出すセリーナに合わせて、ジャクソンも足を出した。ふわふわと地面近くを舞う炎も、踊るようについてくる。


「ヘレナが泣きながら帰ってきたけど」

「理由を言ってたか?」

「なにも。でもエヴァンがジャクソンと一緒にいるって教えてくれたから」


 だから探しにきたということなのだろう。彼女に何を言えば良いのかと迷っていると、セリーナは明るい口調で言った。


「いくらジャクソンが弱いからって、なんでエヴァンに踏みつけられてたの?」

「弱いからだろ」

「魔術でやられるならともかく、エヴァンにあの至近距離でやられるなんて、本当に間抜けねー」


 そうだな、とだけジャクソンが返すと、隣を歩いていたセリーナがくしゃりとジャクソンの髪を撫でるようにした。ひどい顔だと言われたから、よほど暗い顔をしているのかもしれない。女性に頭を撫でられるのは今日だけで二回目で、慰められるというより本当に情けない気分になる。


 ジャクソンはいつもヘレナとセリーナを守っているつもりなのだが、実際は常にジャクソンが彼女達に守られているのだろう。それだけの価値がジャクソンにあるのだろうか。


「……本当にこんな男のどこが良いんだろうな」


 思わず呟くと、セリーナはジャクソンの顔を覗き込んでくる。


「私は男としては全く興味ないけど」

「知ってるよ」

「ジャクソンも別に私に興味ないでしょ」

「俺はセリーナのことは好きだよ」

「でも私のこと押し倒したいと思ったことないでしょ」


 そんなことを言われて、ジャクソンは苦笑する。


「そんな怖いこと考えたことないよ」

「ヘレナも?」


 セリーナからそんなことを言われて、ジャクソンはどきりとした。


 ヘレナはまだ十四で、ジャクソンから見るとほんの子供なのだ。五歳年下の妹というよりも、何なら父親のような気分で見守っている。ヘレナにとってジャクソンが特別だと言われても、そうした恋愛感情のような意味で特別だなんて考えてすらいなかった。


「俺の中でのヘレナはまだ、五つとか六つとかの小さな女の子なんだよな。何なら赤子だった頃も思い出せる」


 なにせ捨てられていたヘレナを見つけたのはジャクソンなのだ。そういう意味では、ヘレナがジャクソンに執着しているのだとすれば、彼女には赤子の時からジャクソンの顔が刷り込まれているというだけではないだろうか、なんて思ってしまう。


「私もその気持ちは分かるし、実際、子供だから本当に押し倒そうと思われても困るけどね。でもヘレナももう十四なのよね」

「まだ十四だろ」

「それでも女の子だからね」


 男のジャクソンとは違うということか。そもそもジャクソンはいまいち恋愛などには疎い。


「……ヘレナは俺を助けるために、他のみんなを切り捨てたんだってエヴァンは言ってたよ」


 エヴァンやオーウェンによると、セリーナもヘレナによって切り捨てられた側なのだ。ヘレナのことを大切にしているセリーナに、そんなことを言うのは我ながらひどいと思ったのだが、それでもジャクソンはそれを彼女にぶつけたかった。


 セリーナは外野は黙っていろとオーウェンに言い放ったが、たしかにヘレナのことを良く知っているのはセリーナやジャクソンの方だ。オーウェンやエヴァンが何を言おうと、実際にセリーナがどう思っているかの方が重要であるに違いない。


 セリーナはジャクソンを見ると、顔を顰めた。


「それがどうしたのよ。それが自分達が助かる道だったってことでしょ。それともみんなで仲良くあそこで死にたかったの?」

「置いて行かれた立場の人間もそう思うかな」

「そっちはそっちで、他人より自分たちが助かりたかったでしょうけど。私も目を開けた時に兵士たちに囲まれてた時には、色々と呪ってやりたい気分にはなったし」


 そんな生々しいセリーナの言葉に、ジャクソンは息を飲む。彼女が呪ってやりたかったのは、国か軍か自分の境遇か——はたまた彼女を見殺しにしたジャクソンか。だが、彼女は簡単に肩をすくめる。


「でも、それはヘレナの責任じゃないでしょ」


 セリーナはそう言ってから、足元の火の民を睨みつけるようにして言った。


「ヘレナには確かに力があるけど、それを自分のために使ったら責められる、っていうのは可哀想な話よね。本当だったら自分も逃げられて、自分の大切な人もちゃんと守れたんだから、素直に褒められて良いと思うんだけど。少なくとも私は、ヘレナのことをすごいと思ってるわよ。ちゃんとヘレナやカーティスを守ったジャクソンのこともね。それに、誰がなんと言おうと、私はヘレナやジャクソンに助けてもらったと思ってる」


 そんなセリーナの言葉に、ジャクソンは泣きたい気分になる。


 あんな怪我をして一人で兵士たちに囲まれて、いくらセリーナでも恐ろしくなかったはずはない。ジャクソンだって先日、捕えられて軍に突き出された時には恐怖しかなかったし、彼女達に助け出されるまでぶるぶると震えることしか出来なかったのだ。彼女の場合はさらに深刻な怪我もしていて、ジャクソン達にも見捨てられ助けも期待できない状況であり、絶望の底にいたことは間違いない。


 ——が、そんな経験をしても変わらず彼女は笑っているし、変わらずヘレナやジャクソンのことを思いやってくれる。


「俺はセリーナが一番すごいと思うよ」

「いま気づいたの?」

「いや、昔から知ってたけど」


 ジャクソンがそういうと、彼女は楽しそうに笑う。その笑顔を見ていると、本当に目に涙が滲んだので焦ったが、暗がりで彼女には気づかれていないだろう。それを信じながら、彼女の視線がそれたタイミングでこっそりと目をこする。


 彼女と共に与えられている家に戻ると、セリーナはジャクソンをドアの前で待たせた状態で、部屋に入っていった。中で彼女が明るくヘレナに声をかけるのが聞こえる。


「ヘレナ、どうして泣いてたの?」


 ヘレナが何かを返したのかは聞こえなかったが、続けてセリーナの声が聞こえてくる。


「エヴァンの馬鹿にいじめられた? あいつがなにを言ったかは知らないけど、エヴァンはヘレナのこと好きだから意地悪してるだけよ。さっき私が行ったときには、ジャクソンが踏みつけられてたしね。ジャクソンのことも好きなのかしら」


 なんて慰め方をするのだろうと思うのだが、驚いたようなヘレナの声が聞こえてくる。


「ジャクソンは大丈夫?」

「大丈夫じゃない? 丈夫そうだしね。ジャクソンを部屋に入れてもいい?」

「嫌」

「どうして? ジャクソンもヘレナのことを心配してるのに」

「心配してる……?」


 どこか驚いたようにも聞こえる言葉は、どういう意味なのだろう。エヴァンと話をして、ジャクソンがヘレナのことを責めると思っていたのだろうか。そんなことを考えていると、中からドアが開けられて、セリーナが外に出てきた。


「今日はカーティスと一緒に寝ようかしら」

「おい」


 二人きりにするなと言いたかったが、セリーナは本当にジャクソンとカーティスが使っている部屋へと入っていってしまった。


 開かれたドアの向こうを覗くと、座っているヘレナはもう泣いている様子はない。先ほど泣いている姿を見ていなければ、泣いていたとは気づかなかったかもしれない。一応は普通の様子に見えるヘレナに安堵しながら、部屋に入る。ベッドの端に座っている彼女の隣に腰掛けた。


「ジャクソン、大丈夫?」


 気づかわしげに言われた言葉も、本当にこちらを心配しているように見える。


「俺はエヴァンといつもの喧嘩をしてただけだよ。ヘレナは大丈夫か?」


 うん、と言ったヘレナだったが、そのまま目を伏せる。黙ってしまったヘレナに、ジャクソンは優しく声をかける。


「いつも俺のことを心配してくれてありがとう。いつもヘレナには助けられてばっかりだな」

「わたし」


 彼女がそう言ったので、ジャクソンは続く言葉を待ったのだが、ヘレナはやはり口をつぐんでしまった。言いたいことが言えないのか、それともなにを言いたいのか分からないのか、表情は苦しそうなまま、固く唇が閉ざされる。


 しばらくしてジャクソンがヘレナの頭を撫でると、驚いたのか彼女はびくりと肩を震わせる。だが、やがて頭をジャクソンの体に預けてきた。


 そのままぎゅっとジャクソンの背中に小さな手を回したので、ジャクソンも彼女の頭を引き寄せる。


「みんなのこと考えると眠れないの」


 絞り出すように言われた言葉に、ジャクソンは胸が苦しくなる。彼女も大切な人をたくさん失ったのだし、その上でそれが自分のせいだなどと思ってしまっては、苦しいに違いない。


 なにを言えば良いのかも分からない自分に心底失望しながらも、せめてジャクソンは髪を撫でる。


「ヘレナが眠れるまでここにいるよ」


 もともとアルブに着く前も、なかなか眠つけないヘレナにこうして肩を貸していたのだ。ジャクソンの腕の中で、ヘレナはぎゅっと頭をジャクソンに押し当ててくる。


「ジャクソン」

「うん?」

「……なんでもない」


 飲み込んだ言葉が何だったのかは分からないが、ヘレナがなにも言わなかったことに、どこかほっとしてしまった自分がいる。まだ日が落ちてから時間も経っていないし、彼女は夕食も食べていないような気はしたが、そのままベッドに横になって寝ようとした。


「おやすみ」


 ヘレナのそばに横になって、ジャクソンは彼女の頭を撫でる。彼女は青い水面のような瞳でしばらくジャクソンを見ていたが、やがて静かに目を閉じた。



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