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二章 ヘレナの導き8


 毎夕行われていると言う会議は、オーウェン以外に五、六名が参加していた。


 メンバは固定されているわけでもないのか、オーウェンとその他の三名は今のところ毎回参加しているようだったが、ほかの何名かは入れ替わっているように見えていた。年齢は上が五十代くらいから下はジャクソンより年下にも見える十代までいて、中には女性もいる。


「ファキオの魔術師二名が、兵士に見つかって町を出たらしい。こっちに合流するか他の町に逃げてるのかは、情報がないから分からないな」

「トールは?」

「トールと周辺は無事らしい。が、しばらく表立っては動けないだろうな」

「それはだいぶ痛いな」


 オーウェンは天を仰ぐようにしてそう言ってから、ちらりとジャクソンを見た。彼はジャクソンが話について行けなさそうだと思った時には、ちゃんと説明を足してくれる。


「ファキオにいるトールから物資を流してもらってる」

「あそこは隠れてる魔術師達が多いからな。家族や親戚も多いし、昔から魔術師に対する理解もあるから、町ぐるみで匿ってもらってるような状況だ」


 オーウェンの端的な説明に対して、隣にいたデュークがさらに補足してくれた。


 もともとアルブもここ数年で外から魔術師達が集まってきている状況らしく、余所者といってジャクソン達が冷ややかな目を向けられることはないようだった。ぽんっとこの場に入れられたジャクソンに対しても、色々と情報を教えてくれるし、オーウェンだけでなく親切に説明を足してくれる人も多い。


 ジャクソンはみんなの視線がこちらを向いているのを見て、質問をしてみる。


「こちらに合流しないのは、物資の問題?」

「それはもちろんある。ここでもなるべく自給自足をと思ってはいるが、難しいからな。物資を交換する先は必要だし、ファキオは町の規模もでかい」


 オーウェンはそういってから、どこか意味深な視線をジャクソンに向ける。


「それと、あそこにいるのは戦力にならなそうな魔術師が大半だな」

「戦力」


 オーウェンのその言葉に、ジャクソン達が拒否反応を示していることは、彼も分かっているはずだ。嫌がらせなのかなんなのか、敢えてその単語を使っているのだろうか。


「軍が攻めてきた時には、足手纏いになりそうな人間はなるべく少ないほうがいいからな。ジャクソンには言うまでもなく、身に沁みてると思うが」


 目を細めながらそんなことを言われて、ジャクソンは顔を顰めた。


 理解はしたくないが、オーウェンの言わんとしていることはわかる。ジャクソン達がいた集落では、魔術師ばかりが集まっているといっても、精霊は見えても魔術は使えなかったり、使えてもせいぜい火を灯すくらいだという魔術師も多かった。その上で老人や子供も多く、集落が国に目をつけられているのではと分かった後でも、クーロの山から逃げ出すことすらできなかったのだ。


 軍に攻め入られた時も、結果的に全員が殺されてしまうことを考えれば、最初から動けない人間達を集落に置いて行けば良かったのだろう。イライアス達やセリーナ達など、ある程度動けて戦える魔術師だけで固まって逃げていれば、きっと兵士たちとも互角に戦えたし、もう少し生存者は残ったのではないだろうか。そんな無情なことは出来やしない——と皆で逃げていたつもりが、結局はセリーナですらおいて逃げることになったのだから、確かにジャクソンの身に沁みてはいる。


「……弱い魔術師は兵士に捕えられて処刑されてしまえばいいって?」


 ここに出ているメンバは年齢や性別はバラバラだが、みなオーウェンと同様に魔術師として一流らしく、一様に研ぎ澄まされたような雰囲気がある。また、オーウェン以外にも剣を下げている者も多く、筋肉もついているから、日頃から体を鍛えているのだろう。特にデュークなどは筋骨隆々といった風体でとても魔術師には見えず、クーロの魔術師とは全く雰囲気が違う。


 町を歩けば集団で魔術の鍛錬を行っていたり、体を鍛えているような風景があるから、そもそもクーロとは普段の心構えから違うのだろう。


 どこか陰鬱な気分でそう考えていると、オーウェンはそんなジャクソンを見て可笑しそうに笑った。


「全員で仲良く死ぬくらいなら、そっちの方が幾分はマシじゃないか」


 そんなオーウェンの言葉を暗く聞いていると、なぜかオーウェンの隣に座っていた女性が、思いきりオーウェンの頭を叩いた。ジャクソンの方が驚いてしまう勢いで思わず目を丸くしたが、周囲は慣れたものなのか大きな反応もない。


「何するんだよ、ばばあ」

「あんまり馬鹿なことばかり言ってジャクソンを虐めないでよ。オーウェンと違ってまだ若いんだし、クーロから逃げてきたばっかりなんだからさ」


 ばばあ、と言われるにはまだ若い——三十代には見える女性は、キャシーという人物だった。髪も短く背も高い。大きな剣も下げていて、まるで男性のようにも見えなくはないが、それでも雰囲気は周囲に比べて柔らかいし、笑顔も優しい。


「馬鹿なことを言ったつもりはないが」

「私たちだって戦えない人間を切り捨ててるつもりはない。優劣はなくて、それぞれ役割があるだけだよ。ファキオにいる仲間が攻撃されそうになれば戦うつもりだし、逃がす手だても考えてる」


 そんなことをいったキャシーに、オーウェンは肩を竦める。そしてジャクソンを見て言った。


「ここアルブやサスは軍に対して魔術師の力を誇示する砦だからな。軍もアルブの動向は睨んでるし、こちらに大規模の軍勢を派遣することはあっても、ファキオにはしないだろう。向こうの魔術師は、こっちを囮にして隠れていればいいだけだ。お互いに情報はやり取りしてるから、兵士たちがやってくる気配があれば別の場所に逃げられる。実際、ファキオで兵士に目をつけられた二人も、無事にどこかに逃亡できたんだろ」


 そんなオーウェンの言葉にジャクソンは安堵しつつも、複雑な気持ちになる。オーウェンが、最初にそれをジャクソンに言わなかったのはなぜなのだろう。単なる建前なのか、もしくは争いたくないというヘレナを、ファキオや周辺の町に逃すのではなく、アルブ内に留めておきたいのか。


「逃亡先はまだいくつもあるのか?」

「いくつかはな。まあ、多少の距離はあるが、クーロから逃げてくるほどじゃない。今度、付近の魔術師達の潜伏先は教えてやるよ。いざという時の避難場所でもあるから」


 オーウェンはそう言ってから、だいぶ傾いた赤い日を見た。


 夕方にぱらぱらと集まってきて、日が暮れる前に散会するというのが恒例だから、今日はここまでということなのだろう。そう思っていたのだが、オーウェンは別の話題を口にした。

 

「ヘレナはすっかり診療所に入り浸ってるみたいだな」

「ああ。前の集落でもその前の村でも、ずっと怪我人や病人を診てたからな」

「アルブでも治療が得意なヤツがたまに医師の真似事をしてたんだが、レベルが違うって嘆いてたよ」

「ヘレナの水の民(ウンディーヌ)は特別だから」


 風の民も強力な精霊がいつも側にいるのだが、水の民はさらに別格だ。医師や薬師などよりよほど効果があるし、彼女も時間がある限り病人などを診ていた。近寄りがたく見えても彼女は人が好きなのだし、精霊たちの力を使って人を助けられることをヘレナは純粋に喜んでいる。


「今のところ怪我人は多くないが、それでも持病があるやつなんかはいるからな。助かるよ。報酬は出せないと思うが」

「住む場所も食料ももらってる。十分だよ」

「あんたやセリーナにも動いてもらってるからな」


 そう言うと、オーウェンは反動をつけて立ち上がった。そして何故か座ったままのキャシーの頭を平手ではたく。軽くはあったが、ばん、と小気味のいい音がして、ジャクソンはやはり目を丸くする。キャシーは睨み付けるようにしてオーウェンを見上げた。


「何するのよ、痛いわね」

「忘れないうちにやり返しとかないと、すぐ忘れるからな。じゃ、みんなまた明日」


 彼はそう言うと、ひらりと手を振ってから建物の中に消えていく。他のメンバも立ち上がってそれぞれの家へと戻っていく。その途中でキャシーはジャクソンの肩をぽんと叩いた。


「来たばかりで慣れないかもしれないけど、力になれることがあったらあったら言ってね。オーウェンも口は悪いけど、悪い子じゃないから」

「ありがとう」


 ジャクソンが頭を下げると、彼女はにっこりと笑ってから、ジャクソンの髪を撫でる。まるで子供にするような仕草だが、オーウェンのことを「悪い子じゃない」なんて言える彼女からすると、ジャクソンは頼りない子供に見えているのかもしれない。実際、魔術の腕でも剣の腕でも敵わないのではないだろうか。 


 誰もいなくなってから、ジャクソンもオーウェンに準備してもらった家に向かう。


 町の中心にある、新しく見える綺麗な建物の中にニ部屋を与えられていた。男女で分かれて二人ずつ暮らしても十分に余裕がある部屋であり、単に他の村の魔術師を受け入れたと言うよりは、ヘレナを客人として扱って配慮してもらっているような気もしていた。実際、セリーナもこれまで与えられていた部屋とは全然違う、と言っていたほどだ。


 クーロの集落では剥き出しの床に布を引いただけの場所に大勢で雑魚寝をしていたし、ここに来る前はしばらく洞穴を掘って地面に寝ていた。それを考えると、随分と良い暮らしをさせてもらっている。


 家に帰る途中で、ヘレナの精霊達が見えた。


 その下にヘレナが立っていて、ジャクソンは声をかけようとしたのだが、様子がおかしいことに気づく。彼女が顔を伏せて泣いているように見えてどきりとした。そしてそんな彼女に向かい合うようにしている人物の顔を見て、ジャクソンの心臓が跳ねる。


「……エヴァン」


 声をかけるまでもなく、男はじっとジャクソンを見ていた。


 それはクーロの集落では同じ家に暮らし、王子を襲撃をしてから姿を消していた男だった。


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