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二章 ヘレナの導き4


 セリーナはすでに町の地理を把握しているらしく、迷う様子もなく進んでいた。先ほどまでジャクソンやヘレナは、住民達から注目されながらも遠巻きにされていたのだが、彼女が一緒にいると声をかけられることも多い。


「どうした、セリーナ。すごい精霊たちを連れてるな」

「私のじゃない。こっちがヘレナね」

「ヘレナ」


 そう言って男性は目を丸くしたから、やはりヘレナの名前は知られているのだろう。五年前に魔術師狩りのようなことが始まるまでは、精霊の化身と言われる少女は実在するのかと、遠くの町から魔術師が訪ねてくることがあったほどなのだ。


 ヘレナは視線をちらりと向けたが、すぐに視線を戻して歩き出す。


 ヘレナは誰が相手でも物怖じすることはないが、意外と人見知りではある。気軽に会話をするのはセリーナなど小さな頃から一緒にいる人に限られるし、普段はジャクソンやセリーナの後ろにいることが多い。他人がいる前ではいつも固い表情をしており、その上で常に強力な精霊達に囲まれているから、魔術師達からするととても神々しく近寄りがたい存在らしい。


「どこに行くんだ?」

「オーウェンのところ。いつものところにいる?」

「さあ。いるんじゃないか」


 オーウェンという名前は聞いたことがなかったが、アルブのリーダーの名前だろうか。


 セリーナはここで暮らすには許可をもらう必要があるのだと言って、ジャクソン達を案内してくれていた。セリーナは少し早くここに着いただけのようだが、社交的な彼女にはすでに知り合いも多いようで、不自由なく暮らしているようだった。つくづく彼女が一緒にいてくれることが心強い。


 やがて彼女は大きな建物の前で、一人の男性に声をかけた。


「オーウェン、こんなところで何してるの?」


 こんなところというのは、外で突っ立っていることを指しているのだろう。彼が目的のオーウェンという人物ならば、まるでジャクソン達が来るのを表で待ち受けていたかのような格好だ。


「すごい魔術師がいるって騒ぎになってる」


 低い声でそう言った男性は、そう言って鋭い視線をジャクソン達に向けた。


 年齢は二十代の後半といったところか。色素の抜けたような髪は、金髪というよりも白髪や銀髪に近く、瞳の色も落ち着いた薄い青だ。上下ともに黒の服を着た背の高い男は、強そうな視線や服装の印象もあってか、とても怖そうに見える。腰には大きな剣を下げているし、すらりと絞られた体型は、確実に鍛えられているだろう。前にいた集落にはいなかったタイプの魔術師で、ジャクソンは少しだけ緊張する。


 だが、セリーナは特に気負った様子もなく話しかけた。


「すごい魔術師というか、彼女がヘレナね」

「生きてたか」

「私は生きてるって言ったじゃない」

「お前がそう言っていたのは知っているが、俺はクーロの魔術師は全滅したと聞いてたからな」


 そんな言葉にジャクソンは背筋が冷たくなるのを感じた。


 ジャクソン達とクーロの山に入った仲間達や、ダレル達はもう生きてはいないかもしれない、と。そう考えてはいたのだが、実際にそれを他人の口から聞かされると、改めて目の前が暗くなるような思いはある。


 ダレルや一緒の家に暮らしていたトビー達だけでなく、ジャクソンはあそこに暮らしていた全員の顔を知っていたし、名前を言える。狭い集落で生きるために助け合ってきたのだから、全員と何かしらの関わりはあったのだ。


「生存者は?」


 ジャクソンが口にできなかったそれを聞いたのは、ヘレナだった。男の視線はすっと細められる。


「大半はあの場で殺されて、残りは連行されて処刑されたと聞いてる。今のところ俺が生きてると知ってるのは、目の前にいるお前らだけだな」


 淡々と告げられた言葉が、ジャクソンの胸に突き刺さる。


 百名近くいた仲間たちは、本当にここにいる四名を残してあの場で殺されてしまったのだ。集落には女性や子供や老人も多かったし、ろくに魔術を使えない魔術師も、魔術を使えない人もいた。彼らは戦うこともできず、兵士達から逃げることも難しかっただろう。


 ジャクソンよりもずっと魔術師としての才能があり、頼れる大人達もいたが、いまジャクソン達が生きているのは『近くにヘレナがいたから』という一言に尽きる。それを考えると、ヘレナとはぐれた人々が助かる確率はやはり低かったのではないかと、思わざるを得ない。

 

「そう」


 そう言って目を伏せたヘレナの背中に、セリーナが慰めるように腕を回す。セリーナはすでにそれをオーウェンから聞いていたのだろう。それでもヘレナは生きているのだとセリーナが主張していたのは、やはり彼女がヘレナの力を知っているからか。


 沈黙してしまったジャクソン達をよそに、セリーナはオーウェンに対してジャクソン達を紹介していた。


「ヘレナと、こっちはジャクソンとカーティスね」


 名前を呼ばれて、ジャクソンはいつの間にか落としていた視線を上げる。男の氷のような薄青の目は、ちらりとジャクソンを見たように見えたが、すぐに視線をセリーナとヘレナに戻した。


「セリーナの知り合いか?」

「ええ、みんな家族みたいなものなの」

「ここで暮らす気か?」

「だめ?」


 そんな二人のやりとりを、緊張感を持って見た。


 仲間たちのことを知らされて暗く落ち込むような気持ちはあるが、もしもここに受け入れられないと言われて追い出されるようなことになれば、さらに途方に暮れてしまう。



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