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二章 ヘレナの導き1


 ジャクソンたちは、人目を避けて山道などを中心に歩き、目的地に向かっていた。


 道はヘレナが示してくれるから迷う心配はないが、食べ物も水も寝る場所もなにもない。


 道中で調達するしかなく、小さい獣や鳥などを風の民(シルヴェストル)で狩って、火の民(ザラマンデル)の炎で焼いて食べたり、水の民(ウンディーネ)を使って飲み水を確保したり、土の民(グノーム)を使って山の斜面に洞穴を掘ってそこで眠ったりして過ごしていた。


 自然の中で生きていくうえでは、精霊たちは一番の味方をしてくれる。魔術が使えることを感謝しつつも、そもそも魔術が使えなければこんなところにいないような気もして、ジャクソンは複雑な気分になる。


 たまに山小屋や使われていなさそうな民家に入って、眠らせてもらったり、中のものを物色して使えそうなものを持ち出したりもした。山小屋の持ち主は、次に山に入った時にとても困るだろうとは思ったが、今のところ他人の心配をするほどの余裕はなかった。


 一番、困ったのは服や布で、着替えもなければジャクソンには外套すらない。カーティスに見張りを頼み、ヘレナの精霊の目を使って偵察してもらった上で、ジャクソンが人家に盗みに入った。魔術を使って立派な犯罪を犯しているのだから、いま誰かに捕まれば罪を認めるしかないだろうが、それでも髪を隠すことも出来ないのでは、生きていくのも困難だ。


「雨が降りそう」


 ヘレナの言葉に、ジャクソンは頭上を見上げる。


 鬱蒼と茂る木々から見える隙間では、空の色も判別できなかったが、ヘレナが雨が降ると言えば必ず雨は降る。ジャクソンは周囲を見回して、適当な山の斜面を目指す。何日も何日も山の中で夜を越していれば、寝床にしやすい場所もなんとなくわかるようになった。簡単に穴が開く程度には柔らかく、穴を開けても崩落しない程度には硬い地盤がいい。


 そしてそうした地面には、何故かおあつらえ向きに土の民(グノーム)が鎮座していることが多い。


「どうせじきに日もくれる。ここで休むか」

「ええ」

土の民(グノーム)、頼む」


 大きな鳥の形をした精霊を操り、山の斜面にぶつける。地鳴りのような大きな音が響いて、山肌から土砂が落ちてくる。一度に大穴を掘るのはそれなりに大変で、全力疾走をしていた時のような動悸が体をめぐり、足元の地面がぐにゃりと揺れる気がする。すぐにでも座り込みたいくらいの疲労はあるのだが、仕上げはまだある。


 ジャクソンはなんとかヘレナを伴ってその場から離れた。


風の民(シルヴェストル)


 ヘレナの精霊を呼んだのはカーティスだった。まだ十代も前半の少年だが、彼はヘレナの精霊は完全に使いこなしているし、魔術の才は確実にジャクソンよりも上だ。


「吹っ飛ばせ」


 さらりとした口調で彼は言ったが、すぐ後に爆発するような音が響いて、斜面から砂が吹き飛んでくる。ジャクソンはヘレナを庇って木の陰に隠れていても、それなりの爆風と土砂の嵐が背中に痛いのだが、それを真正面で受けているはずのカーティスの外套には、土埃ひとつもついていない。あれだけの爆風の中で、彼の周りだけは風も避けていくのだろう。


「ありがとう」


 ジャクソンが礼を言うと、カーティスは少し頷いただけで穴に入っていった。


 ジャクソンが土の精霊を使って斜面の中をくり抜いたあと、カーティスが風の精霊でその土を吹っ飛ばして空洞を作るというのが最近の役割で、ジャクソンもだいぶ慣れてきたがカーティスもかなり手慣れてきた。


「火の民、灯せ」


 彼は穴の奥に入ると、背負っていた袋から薪を取り出して、火をつける。そして地面に放った。


 土の中は温かいし、焚き火をすると暖は取れる。


 カーティスが壁を背にするように座るのを見て、反対側にジャクソンも座った。すぐ横にヘレナも腰をかける。


「お腹は空いていないか? それとも疲れたなら先に横になってもいい。俺はしばらく起きて火の番をやるから」


 二人に言ったのだが、カーティスはろくに反応を見せなかったし、ヘレナはどこか気遣わしげにジャクソンを見上げてくる。なにも言わない二人を交互に見てから、ジャクソンは一人で頷いた。

 

「それなら先に食事にしようか。俺は腹が減ったな」

「私も」


 ヘレナが言って、彼女はジャクソンが背負っていた袋を下ろしてくれた。


 そもそも空腹でない時間などろくにないのだが、食事の準備をするのも手間がかかる。家にいるのと違って毎回移動をしているから、一から準備がいるのだ。もう少し休んでから準備をしたい気持ちはあったが、このままではジャクソンが先に眠ってしまいそうな気がする。


 カーティスが火をつけてくれた薪の周りに、近くに転がっていた石を集めて並べていく。あらかじめ使えそうな木から剥いでいた樹皮を取り出して、先日狩った獣の肉や、山の中で拾った野草や根菜などを包んで火に焚べた。火加減を間違えるとすぐに炭になってしまうから、距離をあけて弱い火力で気長に待った。どうせ日が暮れて明日の朝になるまで、無限に時間はある。


「雨が降ってきたな」


 水の気配がして外を見ると、木々や地面が湿って見えた。ぽつりぽつりとした雨のようだったが、やがて音を立てて打ち付けるほどの豪雨になる。


 ぼうっとそれを見ながら、食事をとったらあの雨に打たれてもいいかもしれない、なんて思った。とても冷たそうではあるが、汗や土や埃に塗れた服や体が、一気に綺麗になるかもしれない。その後はヘレナの精霊に水気を飛ばしてもらって、火の勢いを強めて焚き火にあたったらいい。


「カーティス、もう少し奥に入ったらどうだ?」


 そこでは濡れてしまうのではないか、と声をかけると、カーティスはなにも言わずに少しだけ体を移動させた。


 彼はもともと口数の少ない子供だったが、今は特になにも喋らなくなった。魔術を使う時くらいにしか彼の声を聞けないし、話しかけても反応も薄い。

  

 無理はない——なんて思うのは、そもそもジャクソン自身が話をするのも億劫だ、なんて考えてしまうことがあるからだ。気づけば惰性的に足を出し続け、何時間も無言で歩いてしまう。道中で考えることは、もっぱら食料の確保や薪の確保や寝床の確保で、その他の余計なことはなにも考えたくない。


 カーティスやヘレナも、ほとんど自分からは口を開かなかった。


 二人ともまだ子供で、魔術師としては一流だろうがジャクソンほど体力があるはずもない。ろくな食料もなく歩き続けていく先々で魔術を使い、疲れていないはずもないのだ。


 その上でいつか兵士たちに見つかってしまうのではないかという恐怖や、いくら歩いても辿り着かない目的地に対してのやるせなさや、ここにいない仲間たちはもう生きていないだろうという絶望や諦観が胸を占める。


 二人をなんとか元気づけなければ、とジャクソンも口を開こうとするのだが、なにを言えば良いのかも分からない。何か馬鹿なことを言って笑う気にもなれないし、そもそも二人とも笑ってなどくれないだろう。


 沈黙のまま時間を使い、そして焼き上がったわずかな食料を食べてから、カーティスはなにも言わずに土の上に横になった。ジャクソンも今さらわざわざ雨にあたりにいくような元気もなく、硬い土の壁に体を預ける。


「先に眠ってもいい?」


 ジャクソンを見上げたヘレナに、ジャクソンは頷いてから、ヘレナの小さな体を抱き寄せる。


 彼女は最初の日こそ死んだように二日も眠っていたが、それ以外は硬くて冷たい地面の上では、なかなか寝付けないようだった。いつもジャクソンに寄りかかるようにして眠っているヘレナに、なるべく眠りやすいような体勢をとる。


「おやすみなさい」

「おやすみ。気が済むまで眠っていいよ」


 ヘレナの体を支えている方の腕で、彼女の髪をさらりと撫でる。


 彼女はいつもこのまま眠るのだが、何時間かするとすぐに目を覚ましてジャクソンと火の番を代わってくれる。そして朝方にはカーティスが起きて代わっているようだが、なんとなくヘレナが起きている時間が一番長いような気がしていた。


「いつも気が済むまで寝てるから大丈夫。重くてごめんなさい」

「あったかくていいよ」

「私も温かい」


 ヘレナはそういってジャクソンの体に頭を預け、瞳を閉じる。


 子供をあやすような気分で、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。せめてヘレナとカーティスがいてくれてよかった、と思う。ジャクソンが一人だったら、とっくにどこかで行き倒れていただろうし、どこに向かって歩いて、なんのために生きれば良いかも分からなかった。


 今はひとまず目的地がある。


 アルブまで行けば魔術師の仲間はいるだろうし、今のジャクソンに考えられることは、ヘレナとカーティスの二人を安全な場所に連れていくことだけだ。



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