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二章 レックスの行方8


 レックスとクリスが連れられて行ったのは、まるでお城かと思うような大きな屋敷だった。さすがにレジナルドの王城よりは小さいが、それでもレックスが暮らしていた屋敷などよりも随分と大きくて立派だ。


 周囲にも綺麗な建物が多く並んでいて、とても栄えていることが分かる。広大で肥沃なカエルム地方を治めるヘンレッティ家は、王家と同じくらいに歴史が古く、昔から力を持っているのだと聞いていたが、馬車から町並みを眺めていても、それは頷ける。中央からは程遠いカエルム地方に、これほどまでの都があるとは思っていなかった。


 ヘンレッティが名家なのは知っていたが、レジナルドなどはウィンストンのことをいつも辺境貴族だと蔑んでいたし、ウィンストンは国自慢をするような人間ではない。そしてヘンレッティ家の嫡男であるウィンストンが、本物の王子でない人間に側仕えさせられるくらいであるので、まさかこれほどまでに力のある領だとは思っていなかった。


 同じようにレックスに仕えていても、クリスなどとは全く格が違う。


 ぽかんとした気分で屋敷に入り、大きな応接間に通される。どこか居心地が悪いような気がしたのは、レジナルドの顔が浮かんだからだろう。立派な部屋に、レジナルドに呼ばれて一人で待っている時間の緊張感を思いだしてしまった。


 この領地とこの屋敷で、爵位を継ぐはずのウィンストンは、王太子であるレジナルドとある意味で同じ位置にいるはずだ。クリスが知っているのは、中央でレックスやレジナルドに跪き、丁重に接していたウィンストンで、ここでのウィンストンがどういう人物なのかは知らない。


 緊張しながらウィンストンが来るのを待っていると、さほど待たされることもなくドアが開いてウィンストンが入ってきた。


 中央にいた頃と着ている服の感じは違っていたが、それでも雰囲気や表情は記憶の中のウィンストンと変わらない。切れ長で涼しげな印象のある瞳は、レックスの顔を見て少しだけ柔らかくなった。


「お久しぶりです」


 ウィンストンはそう言って、自然にその場に膝をついた。


 それは中央で人が見ている前では当然の行動だったのだが、今この場では似つかわしくないはずだ。ここではウィンストンが王子のようなもので、レックスとクリスはただの人だ。クリスの方が跪いて礼をすべきかどうかと迷っていたのだが、出鼻を挫かれてしまった。


「ご無沙汰しております、ウィンストンさま。お招きいただき光栄です」


 レックスは丁重にそう言ってから、ウィンストンと同じように跪く。そして少しだけ困ったように言った。


「ここでウィンストンに跪かれると、僕は平伏するしかなくなっちゃうんだけど、そうした方がいいのかな」


 砕けた物言いになったのは、ここにいるのが三人だけだからか。ウィンストンの方は一人で入ってきていて、特に護衛や側近の姿は見られない。


「結構です。敬語も敬礼も不要ですので、どうぞお座りください」


 そういうウィンストンは丁寧な口調ではあるが、もともとレックスの屋敷ではこうした話し方をしていたから、違和感はない。勧められた椅子に座ると、見計らったように温かい飲み物が届けられた。


「このような遠くまでお連れしてすみません」

「ここがウィンストンの家?」

「ええ。生家は違いますが、レックスの側近に召し上げられる前から、私の暮らしている家ですよ」


 飲物の入ったカップに口をつけるウィンストンを見て、クリスも同じようにする。これまでかいだことのないような香りのするお茶は、独特だがとても美味しい。レックスも同じように飲み物を味わっていて、しばらく無言の状態になった。クリスは何から聞けば良いのかわからなかったし、もしかしたらレックスもそうかもしれない。


 やがてウィンストンが口を開いた。


「エイベルには何も聞かれていないそうですね」

「うん。だから全然状況が分かってなくて申し訳ないのだけど、ウィンストンから直接聞きたいと思って」

「承知しました。まずは何から?」


 レックスはさほど迷った様子もなく言った。


「いま僕とクリスがここにいる理由は?」

「せめてもの罪滅ぼしですかね」


 少しだけ首を傾けて言ったウィンストンに、意味が分からずクリスも首を捻る。レックスもきょとんとした顔で聞いた。


「どういうこと?」

「聖堂でレックスとクリスが殺されかけたこと、主犯は私だと言われていますが、レックスもそうお考えですか?」

「ううん。本当にウィンストンがやったのなら、全く疑われないようにやれてたと思うから」


 そんなレックスの言葉に、ウィンストンは楽しそうに笑った。


「評価いただいていて、ありがとうございます」

「うん。ウィンストンには本当の犯人は分かってるの?」

「怪しいのを何人か特定してはいますけどね。相手も疑われないようにくらいはやれるのでしょう」


 彼はそう言ってから、少し目を細める。


「なんにせよ、申し訳ないですがあれの狙いはレックスやクリスを殺すことではなく、私をはめることだ。私を殺したところでヘンレッティ家にダメージを与えることはできないでしょうが、私が王家に対する反逆を企てたのだということにすれば、私を生かす代わりだとか公表しない代わりだとか理由をつけて、堂々とペナルティを課せますからね」


 ウィンストンはそう言ってから、レックスの目を見て、そしてクリスの目を見た。


「ですので、お二人には巻き込んで危険な目に遭わせてしまったことと、そもそもレックスの側近として果たすべき使命を果たせずお守りできなかったことに対しての、せめてもの償いです。出過ぎた真似でしたら申し訳ありませんが、レックスは軟禁されているような状態だと伺っていましたから」


 だから罪滅ぼしということか。ウィンストンは自分のために怪我を負い、レジナルドに軟禁された状態だというレックスを心配していてくれていたのだろう。


「僕を襲って拐ったあの魔術師たちは?」

「もともと王子を襲撃しようと企んでいた連中ですよ。レックスの動向は気になっていたので探らせていたのですが、王子を襲撃する計画があるなんて話が入ってきたので、首謀者と接触しました。報酬を約して、殺すのではなく生かして連れてきてくれとお願いしています」


 そんなことができるのか、とクリスは単純に驚く。だがレックスは首を傾げた。


「首謀者って魔術師?」

「ええ」

「どうやって接触したの? この状況では、魔術師たちの方がウィンストンを信用するとはとても思えないのだけど」


 ウィンストンが嘘を言っているのではないかということなのだろうか。レックスが冷静に質問するのに対して、ウィンストンは少しだけ笑った。


「さすがに鋭いですね。魔術師たちはもともと知り合いですよ」

「どういうこと?」

「この領地内にも魔術師は多くいますからね。ヘンレッティ家とも良好な関係を築いていましたし、昔はお抱えの魔術師もいたくらいです。今のこのご時世で、大手を振ってそんなことは出来なくなりましたが」

「知り合いの魔術師たちが、王子を襲撃しようとしていたということ? それとも知り合いの魔術師に、最初から僕を連れ出させようとしたの?」

「知り合いの魔術師たちが、王子を襲撃しようとしている魔術師がいると教えてくれたのです」


 そんなことを言ったウィンストンに、レックスは首を傾げる。


「襲撃の狙いは?」

「さあ。今の法に対する腹いせなのか、国家の転覆でも企んでいるのかは分かりませんが」

「腹いせにせよ国家の転覆にせよ、報酬なんかで揺らぐようなものだとは思えないのだけど。そもそも報酬というのは何? 渡したと言わずに約したと言ったから、単純な金銭には聞こえなかったけど、ならば魔術師たちと何を交渉したの?」


 レックスの言葉に、ウィンストンは薄く唇の端を上げる。


「私のことを疑っておられます? すべて最初から仕組んでいて、ここでレックスのことをなんらか利用しようと企んでいると」


 そんな言葉にクリスはどきりとする。だが、レックスは特に気にした様子もなく、首を横に振った。


「ううん。単に疑問に思ったことを聞いているだけ。だけどもし、僕にウィンストンにとっての利用価値があるのなら、それも聞きたいな」

「レックスの聡明さは、それだけで側に置く価値はありますが」


 ウィンストンはそう言って笑った。


「下手なことを言っても、レックスに対しては逆効果でしょうね」

「なにかごまかしたいことがあるの?」

「そうですね」


 彼はそう言ってから、カップに口をつける。入っているお茶を飲み干してから、一つ息を吐いた。


「正直なところをお話しましょう」

「うん」

「私たちには目標があります。レックスに協力いただけるのならお話ししますが、協力いただけないならお話しないほうがいいと思っています」

「話を聞かなければ協力のしようもないと思うけど」

「そうですね。ですので、その件とレックスを助けた件は別問題です。私はレックスに話していないことはありますが、嘘はついていない。あんな檻の中で殺されるのを待つよりは、別の場所で幸せになってほしいと思うくらいには、私はレックスやクリスと一緒にいましたから」


 そう言ったウィンストンの真剣な表情や声からも、嘘をついていない、という言葉に嘘はないように思える。レックスはしばらく黙っていたが、やがて頷いた。


「助けてくれてありがとう。ウィンストンが嘘をついていないことは信じてる。話していないことについても、ウィンストンにとって都合の悪いことではなくて、僕のために敢えて話さないようにしてくれているのだと思うから」


 レックスのために敢えて話さないとはどういうことなのだろう。レックスは何かを分かっているような口ぶりではあるのだが、クリスはさっぱり理解ができなかった。話をして協力してもらうと、レックスに不利益が生じる何かがあるのだろうか。


「最後にもう一つだけ聞いてもいい?」

「話せることならば何なりと」

「どうしてクリスも連れてきたの?」


 急に名前が出て、クリスはどきりとする。ウィンストンは、そんな質問をしたレックスに首を傾げる。


「ご迷惑でしたか?」

「ううん。そんなことないけど」

「それなら良かった。レックスだけ連れ出して、クリスをここに呼ばなければ、私がクリスに死ぬまで恨まれますからね」


 そう言ってウィンストンは面白そうな瞳でクリスを見たので、クリスは真面目な顔で頷いた。


「はい。死んでも恨んでいると思います」

「だそうですよ」


 ウィンストンはそう言って笑ってから、瞳を真剣なものにした。


「罪滅ぼしもありますが、レックスやクリスのことは勝手ながら友人だと思っています。クリスやレックスが私の目の届く範囲にいることが嫌でなければ、カエルム内で暮らしてください。こんな僻地にはレジナルド殿下たちの目も届きませんし、お好きな場所に必要なものをご準備いたしますから」


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