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二章 レックスの行方7


 生きているはずだと信じたいとずっと思っていたが、心のどこかではもう生きてはいないのかもしれないと思っている部分はあった。また、どんな状況でも生きていて欲しいと思う反面、もしも本当に拷問などをされて生きているのも辛いような状況にあったらどうしようと恐怖するような思いもあったのだ。


 それが、こんなところで生きているレックスに会えるとは思っておらず、思考が全くついてこない。


「レックス、どうして」


 夢でないことを確認するために、レックスの元に駆け寄りたいと思っても、クリスは力が抜けたようにその場に座り込んでしまっていた。


 前に見かけた時は、彼は日も差し込まない牢獄のような部屋に閉じ込められていて、ひどく痩せているように見えていた。それに比べると、今は窓もある大きな部屋で、着ているものもその時よりもよほど上質だ。痩せているのは変わらないが、それでも目に見えて怪我をしていたり、やつれているようなところは見えない。


「クリス」


 レックスは座り込んだままのクリスの元までくると、ぎゅっとクリスの体を抱きしめた。そこでクリスは、自分の体がひどく震えていることに気づく。そして顔を押し付けたレックスの服が濡れていて、自分は泣いているのだ、と思った。


「レックス、生きてますか?」

「うん」


 震えて泣いているクリスを落ち着かせるようにか、レックスはぎゅっと抱きしめたまま、背中をとんと叩いてくれる。


「急に連れていかれたから驚いたけど、大丈夫。何もされていないよ」

「……良かった」

「クリスに心配をかけてごめんね」


 目の前にある体がちゃんとそこにあることを確かめるために、クリスはぎゅっと彼の背中に手を回す。


「クリスはどうしてここに?」

「ウィンストンが」


 そう言ってから、ふとレックスを拐ったのはウィンストンなのだろうか、と思う。


 てっきりここにウィンストンがいるのだとばかり思っていたのだが、いたのはレックスだった。ウィンストンがここまでクリスを誘導したのは間違いないから、彼はレックスの居場所を知っていて、そこにクリスを連れてきたのだろう。


「……ウィンストンは?」

「彼には会ってないよ。でも僕を助けてくれたのは、ウィンストンだと思う」

「どうして?」

「ウィンストンの書いた手紙を渡されたから。『もう少ししたら迎えをよこすから、大人しくしていて欲しい』って」

「名前が書かれてた?」

「ううん。でも、見たらウィンストンの字だってすぐ分かるしね」


 レックスの方にもクリスと同じような手紙が渡されたということなのだろう。


 クリスは少しだけ迷ったが、レックスの胸に顔を伏せたまま、聞いた。


「ウィンストンが、助けてくれたのだと思いますか?」


 助けてくれたのはウィンストンだと思う、とレックスは言ったが、クリスの言い回しは少し異なる。


 レックスはあの聖堂での事件以来、ウィンストンには会っていないはずだ。レジナルドも、レックスはウィンストンに裏切られて味方はいないというようなことを言っていたから、ウィンストンがレックスの暗殺未遂に関与したとして陰ながら処罰されていることを、レックスは知っているのではないだろうか。


 それでも助けてくれたのだ、と言えるのは何故なのだろう。


 あの後、ウィンストンに会って話をしているクリスでさえ、もしかしたらレックスを拐ってここに閉じ込めているのは、なんらかウィンストンの企みではないか、なんて思ってしまう部分が捨てきれないのだ。


「うん。だって疑ったってどうしようもないから。それなら信じていた方がいいと思わない?」


 なんて前向きな思考なのだろう。


 クリスは少しでも可能性があれば、すぐに疑ったり悩んだりしてしまうのだが、確かにそれで得られるものはなにもないのだ。レックスのことも、生きているだろうと素直に思い込んでおけば良かったのに、悪い方に悪い方に考えてずっと自分を追い詰めていた。


 もしくは、信じていると裏切られるのが怖いだけか。


 素直に信じて、そしてウィンストンがレックスを殺そうとしたのだとか、レックスはもうとっくに生きていないのだとか、そうした現実を突きつけられるのが怖くて、クリスは敢えて信じないようにしているのかもしれない。


「……ウィンストンは、レックスのことを敬愛していたと伝えてくれと言っていました」


 レックスに会えれば伝えてくれと言われていたが、あれからどれくらい経っただろう。レジナルドの元にいればすぐにレックスに会えるのではないか、と。そう考えていたのだが、結局、彼のもとで会えたのは牢のようなところに入れられたレックスだけだった。


 レックスはクリスを抱いたまま、少しだけ首を傾げたようだった。


「皮肉かな?」

「どうでしょう。本人に聞いてみてはいかがですか」

「そうだね。ウィンストンにも会えるといいな」


 そんなことを言い合っていると、ドアの方で音がして、クリスはびくりと体を震わせる。どうやらドアがノックされた音のように聞こえたが、そもそもドアは開いたままだったはずだ。


「はい」


 レックスはクリスを抱き込んだまま、返事をする。クリスは慌てて彼から離れようとしたのだが、レックスはクリスをぎゅっと抱いたまま放そうとはしなかった。外にいる人間たちを警戒しているのだろうか。やってきた足音は一つだけで、クリスたちに近づく手前で立ち止まった。


「初めてお目にかかります、エイベル=スペンサーと申します」


 クリスはそれを背中で聞いた。声はクリスを案内してくれた男性だろう。


「レックスです」

「ウィンストン様の命で参りました。こんなところでご不便をおかけしまして、申し訳ありません」

「いえ。お迎えですか?」


 先ほどウィンストンからの手紙には『迎えをよこす』と書かれていると言っていたから、それのことを言っているのだろう。


「はい。ウィンストン様にお会いして話が聞きたいのであれば、私邸にお招きするようにと承っております。ただ、ウィンストン様にお会いする必要がないのであれば、それはそれで構わないとも言われておりますから、正確には迎えではないかもしれません」

「会う必要がないとは、どういうことでしょう?」

「もしかしたら会わない方がいいかもしれないし、会いたくないと思われている可能性もある、と仰っておりました。仮にウィンストン様にお会いしないのだとしても、私でお話しできる内容については、私の方で回答させていただきます」


 会わない方が良いというのはよく分からないが、ウィンストンはレックスやクリスに信用してもらえるとは思っていない、と言っていたから、嫌われていると考えているのだろうか。


「もしもレックス様とクリス様がどこか別の場所で暮らしたいというのなら、屋敷を御準備いたしますし、クラウィスに戻りたいのであれば、クリス様のお屋敷までお送りします。なるべくお二方のご希望に沿うようにと承っておりますので、なんなりお申し付けください」

 

 そんな言葉に、思わずクリスも顔を上げた。


 レックスが生きているというだけで嬉しくて、今後のことなど何も考えていなかった。だが、仮にレックスがこの場を逃れてクラウィスに帰ったとしても、また牢屋のような場所に閉じ込められて、レジナルドの身代わりをさせられるだけなのだ。それを考えると、別の場所で暮らしたいなら屋敷を準備する、なんて言葉がとても信じられない。


 レックスも少し驚いたような顔をしていたが、彼はクリスを見る。


「僕はウィンストンに会って話を聞きたいと思うけど、クリスはそれでも構わない?」

「もちろんです」


 力強く頷いた。まずはウィンストンに会ってどういうことなのかを聞きたい。クリスの言葉を受けて、レックスはエイベルに視線を向ける。


「エイベル様、ウィンストン様に会わせていただけますか?」

「はい。それでは馬車を手配いたしますので、しばしお待ちください」


 そう言って去っていくエイベルを見ていると、いつの間にかレックスがクリスのことをじっと見ていた。今更ながらにクリスはレックスのそばにいることに緊張してきて、視線のやり場にも、手の置き場にも困る。


「レックス……?」

「クリスはロイズの家や故郷に戻りたい?」


 真剣な顔で言われた言葉に、クリスはふるふると首を横に振った。


 クリスにとっては全く考えるまでもない問いだし、レックスもクリスが昔からロイズ家とうまくいっていないことを知っているはずだが、それでも優しいレックスはクリスが故郷や家を離れたくないかもしれないと心配してくれているのだろう。


「私は……レックスと一緒であれば、どんな場所でも構わないです」


 言ってから、まるで愛の告白をしているようだ、と思ってしまって一気に焦った。


 これまでもレックスの側で働きたいとレックスに申し入れ、近衛に入って護衛として働いていたのだが、それでもレックスはそれをずっと反対していたし、レックスがクリスに対してどう思っているかなんて聞いたこともない。


 レックスは単にクリスに故郷に戻らなくて良いのか、と聞いただけなのに、思わず余計なことまで言ってしまった。レックスも驚いたように目を丸くしていて、焦ってクリスはまた首をふるふると振った。


「あの、そういう意味では」

「うん」


 レックスはそう言ってから、ぎゅっとクリスの体を強く抱きしめる。


「——僕もクリスと一緒にいられるなら、それだけでいいよ」


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