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二章 アランの遁走7


「もうだいぶ歩けるようになったから、町の外まで送ってくれる?」


 セリーナがそんなことを言ったのは、ロジャーが訪ねてきた次の日の夜だった。あっけらかんとした様子で言われた言葉に、アランは眉を上げる。


「歩けるかもしれないが……まともに動けるとは思えないけどな」


 頻繁に水の精霊の名前を呼んでいるおかげか、確かに脅威的な速さで回復しているようではあった。最初に見た時よりはだいぶ顔色も良いし、足や胸の傷もだいぶ塞がってきてはいる。どこかに彼女の仲間がいて家があるのなら、移動くらいはできるようには見えるが、だからと言って彼女の場合はそんなに楽な話ではないはずだ。


 アランならば一人でどこへでも消えられるが、町だろうが郊外だろうが女性の一人歩きは危険だし、そもそも彼女は立っているだけで、魔術師を見つけて報奨金を手にしようなんて輩に目をつけられるのではないだろうか。だからと言って町の中で魔術を使うのはリスクしかないし、走って逃げようにも足の怪我はまだ痛むだろう。


「町の外に出て、そこからどうするんだ?」

「なるべく人目につかないように、町や村は避けて移動する。水は何とかするとしても、食べ物は困るかもしれないから何か準備してもらってもいい?」


 図々しくて悪いけど、なんて言葉を足したセリーナに、アランは首を捻る。


「食べ物くらいは何とかするが、セリーナが一人で町や村を避けて移動するって色々と無理がないか?」

「そんなことを言われてもね。それならあなたの馬を貸してくれる? 返せるかは分からないけど」

「乗れるのか?」

「流石に軍馬に乗ったことはないけど、なんとかなると思う」


 楽観的なのか肝が据わっているのか何なのか分からないが、とにかく彼女がここを出て行こうという意思は確からしい。変に泣き付かれても困ってしまうが、だからと言って散歩にでも行くように簡単に出て行くと言われても不安しかない。


 倒れて怪我をして『大丈夫じゃない』なんて呟いていた時から、そんなに日数も経っていないのだ。


「どこに向かう気だ?」

「アルブ」

「そこに仲間がいるのか?」

「仲間って言われると分からないけど。たくさん魔術師はいると聞いてるから」


 確かにそれはアランも聞いたことがある。サスほどではないが、魔術師が固まって暮らしていると聞くから、ここにいるよりは安全だろう。セリーナ達がいた集落よりは中央から遠いから、国も大規模な派兵には動きづらいという気もする。


「それならアルブまで送るよ」

「いいの?」


 彼女はそういうと、何故だか眉根を寄せるように難しい顔をした。


「さすがにそこまで付き合ってもらうのは申し訳ないと思ってたんだけど」

「ここまできたら、アルブまで行って戻ろうが大した差はないよ」

「どうせ処分されちゃうものってこと?」

「セリーナに処分なんて言われると物騒だが、別に殺されるわけでもない。怒られて謹慎させられるのか降格させられるのか除隊させられるのか、ってところだよ」

「いいのそれ」

「いいよ別に。軍にさほどの未練はないし、怒られるのには慣れてる」


 アランはそう言って肩をすくめる。


 軍に未練がないというのは本当だし、兄や大隊長などに怒られることに慣れているのも本当だ。ロジャーが急病なんて言ってくれているから、もしかしたら辞めさせられることはないかもしれないが、だからと言って無断で隊を離れていることに処分がないはずはない。


「でもアランの仲間はそこにいるのでしょう」


 そんな言葉と共に、まっすぐなセリーナの視線が向けられて、アランはどきりとした。


 軍に未練はなくても、ロジャーや部下達を裏切ったまま隊を離れることに未練はある。こんなところにまで来てくれて、アランのために色々と動いてくれているロジャーをこれ以上裏切りたくないという思いはあるのだ。そんな思いを見透かされているような言葉と瞳に、アランは何を返せば良いのか分からなくなる。


 アランとロジャーが話をしていたのはここのすぐ隣の部屋だった。こんな宿の薄い壁では丸聞こえだったとしてもおかしくはない。ロジャーはアランに戻ってきて欲しいと言っていたし、もしかしたら彼女は早くアランをクラウィスに返そうと思って、慌てて出て行くなんて言い出したのかもしれない。


 しばらく迷ってから、アランは口を開く。


「俺はそもそも軍の中にしかいたことがないからな。外には知り合いも仲間もろくにいないよ」

「そう」

 

 セリーナはそう言ってなぜか頷いてから、座っていたベッドの端から降りた。そして少ない荷物を包みに入れ始める。


「それならお互い、いるべき場所に早く戻りましょうか」

「何をしてる?」

「アルブまで送ってくれるんでしょう?」


 そう言って着替えまで始めようとしたセリーナを、アランは苦笑しながら止めた。


「送るが、さすがに出るのは朝方にしよう。いま出ても夜は馬では移動できないからな。セリーナが目立たないように日が昇る前に町を出て、そこからは馬で移動すればいい」


 アランの言葉に彼女は真面目な顔をして頷いた。


「分かった。準備して休んでおくわね」

「ああ。馬に乗るのもそれなりに辛いだろうから、眠っておいてくれ。アルブに着くにもどうせ何日かかかるだろうからな。夜中に起こしにくるよ」

「ありがとう」


 そう言った彼女に「おやすみ」と言って部屋を出る。


 部屋に戻って荷物をまとめたが、そもそも身一つでここに来たようなものだ。簡単に準備はできたし、あとは起きて外套を羽織れば身支度も終わる。セリーナの方も変わりはないだろう。


 

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