一章 魔術師たち5
ギルとゴードンの二人は両手を背後に拘束されたまま野外の集会場所まで連行され、魔術師達に囲まれていた。ダレル達も合流して色々と話を聞こうとしているのだが、彼ら二人は盛大に泣き喚いているだけで、必要な話は何も聞けない。大人達でそれぞれ脅したり宥めたりすかしたりしているようだが、さほどの効果はないようだった。
本当に恐怖に怯えて混乱しているのか、それとも同情を誘って逃がしてもらおうとしているのか、何も話さないという意思表示なのかも分からない。だが、彼らが魔術師でないのに何かしらの目的を持って潜入しているのだとすれば、それなりに肝は据わっているのではとも思えるのだ。
「こういう時にエヴァンがいればねー」
ジャクソンと一緒に端の方で見物していたセリーナがそんなことを言ったので、ジャクソンは首を傾げる。
「エヴァンがいたらなんだ?」
「あの子がいれば怖いと思うんだけど。子供のくせに変な迫力はあるし、彼らの首から下を土の民で地面に埋めて、頭を踏みつけて脅かすくらいはしそうじゃない?」
「うーん」
たしかにエヴァンは怖い。まっすぐな性格で根は良い子なのだとは思うのだが、目つきはとても鋭いし、だまっていても威圧感のようなものはある。気づけば、どこで見つけてきたんだというような強力な火の民や土の民を従えていたりもするから、余計に怖いのだ。
そのエヴァンが王子を襲撃して村に戻っていないことは、たしかに彼らにとっては幸運なことか。本来なら彼らを拷問してでも早急に彼らの背景を聞き出すべきと思うのだが、そこまでやれてはいない。少なくともジャクソンは彼らの指を一本ずつ折ってやろうとは思わないし、他の誰もそれを言い出さないのは、それをやりたくないからだろう。
彼らはこれまで一緒に助け合ってきた仲間であるのだし、彼らが何かしらここに不利になるようなことはしないのではないかと信じたい気持ちもある。
そうでなくとも単純によってたかって暴力を振るうのも可哀想で、ジャクソンだって最初に話も聞かずに彼らを縛り上げたところから、何となく罪悪感はあるのだ。
「そういう意味ではセリーナでもやりそうではあるけど」
そう言って彼女の横顔を見ると、セリーナは男達の方を見ながら目を細めた。
「手っ取り早く埋めてやりたいけど、そばに手頃な土の民がいないのよね。それに私が脅してもあんまり迫力がないと思わない?」
「いや、かなり怖いと思うけど」
ある意味、エヴァンより怖い。
単純な見た目だけで言えば、セリーナは普通の可愛い女の子だ。長い髪はいつも綺麗に結ってあるのだし、ぱっちりとした二重の緑色の瞳も長い睫毛もとても女性らしく、虫も殺せないように見えなくもない。そんなセリーナが、大の男二人を土に埋めたうえで、殺人的に冷たい瞳で見下ろす姿を思い浮かべるのは、本当に怖い。
しかもそんな姿は簡単に思い浮かぶのだ。
「それならやってみる? どうせこのままじゃ何も喋らないでしょ」
「やりたかったらやっても良いけど、埋めたらちゃんと掘り出すところまでやってくれよ」
セリーナが埋めた彼らを掘り出すのはどうせジャクソンの仕事である気がする。ジャクソンの言葉に、彼女は何も言わずに肩をすくめた。そしてそのまま興味を失ったように離れて行ったので、ジャクソンも一緒についていく。
「でも、どうせ彼らがこちらの情報を密かに誰かに流していたと分かったところで、ここを出て行く場所のアテなんかないんでしょう」
人々から離れた場所で、セリーナはくるりとジャクソンを振り返る。
クェンティンのことがあってから、ダレル達ともここを出るべきではないかと何度も話し合っていた。密かに外の状況を確認したり、他の魔術師達の村とコンタクトを取ろうとしたりしたのだが、あまり上手くはいっていない。
「そうだな。こんな人数を匿ってくれるところはないし……なんだかんだここの立地は最高だったな。人目は避けられるし、水も食べ物も取れる。それなりに他の村や町へのアクセスも悪くないから、情報も手に入る」
ボロい家だとか周囲が木ばかりで農作にも不向きだとか文句ばかり言っていたが、ここに暮らすことで何度も年を越すことができた。他の場所ではこれだけの人数を隠すことも、食わせることも不可能だっただろう。
「移り住んだ直後は、だいぶ不便な場所だと思ってたけどね。ま、住めば都ってところかしら」
「国外に逃げるにも国境は遠いし、越えたところでそこで暮らせる基盤を準備できるか」
そう言ってジャクソンはため息をつく。
そもそも最初にこんなところに隠れたのは、いずれは国の魔術師に対する熱が冷めると思っていたからだ。降ってわいたような法律と取り締まりは、息を潜めていればいずれ形骸化するか撤回されるかと思っていたのだが、それはかなり希望的な想像だったらしい。五年前からこれまで定期的にどこかの村や町で魔術師達が処刑されていたし、エヴァンの事件があってからは軍の捜索はさらに激化している。
「サスやアルブに合流するっていうのは?」
「ここにいるよりはマシだと思うが、どうやって合流するかだな。どちらも国に目はつけられている。軍も魔術師が合流して一つに固まるってことが一番の脅威だろうから」
そういう意味では、この集落にも百人近くの魔術師はいる。
兵士たちがここを狙っても被害は大きいと考えて手控えしてくれれば良いが、実際のところここの集落にはダレルをはじめとして温厚な人間が多い。また子供や精霊は見えても魔術を使えるほどでもないような魔術師も多いから、魔術を持って兵士と戦えるとしたらその半分ほどか。
しかも今は、文句なしに一番の火力であったエヴァンもいないのだ。
そう考えると、クェンティンやギル達から情報が漏れているのだとしたら致命的かもしれない、なんて思わないでもない。彼らはこの村への侵入方法も知っているし、ここにいる魔術師達のおおよその数や、魔術師達の力を知っているのだ。
「……そろそろ本気で考えないとな。ダレル達ともこの後また話そう」
ここを出ていくリスクを考えて、ダレル達ともなるべく動かずに現状維持でいられる理由を探そうとしていた気がするが、すでにここに留まるリスクの方が高いのかもしれない。ここから移動しようとしたところで一朝一夕ではいかないのだから、決断するのは早くあるべきだ。当然だがジャクソンの一存で決められるわけもないのだし、ダレルの一存だけでも決められない。
「合流するならアルブの方がまだ近いかしら」
「規模を考えればサスの方が良いかもしれないけどな」
「……どちらにせよ遠いわね」
セリーナとそんなことを言い合って、ため息をつく。
そんな、ある意味で悠長なことを言い合えたのは、まだジャクソンたちの目の前に目に見える脅威がないからだったのだろう。集落に軍隊の兵士たちがなだれ込んで来たのは、この日から一週間ほど経った静かな夜だった。