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一章 魔術師たち2


 彼らは乱暴にジャクソンを押さえつけると、まずはジャクソンの口を布のようなもので縛ってから、さんざん蹴りつけ、それからなんとか開きかけていた目元も塞いだ。


 そこにクェンティンの声は聞こえなかった気がするから、その場にいたのかどうかもわからない。


 頭の中は痛みと恐怖でいっぱいで、ただただ頭と腹をかばって丸まることしかできなかった。彼らは引きずるようにしてジャクソンをどこかに移動させると、今度は腕と足も縄のようなもので拘束した。そしてドアが閉まるような音がして、ひとり置き去りにされたようだった。


 目も口も開かず、手足も動かせず、全身がひどく痛む。


 誰もいなくなったらしい場所で、ガタガタと揺れる体の震えだけが止まらなかったのだが、何時間も経てば今度は体が硬直したようにして止まった。気が遠くなるほどの時間がたち、次に扉が開いたら処刑台に連れて行かれて皆の前で首を落とされるか、もしくは軍に引き渡されて目を抉られるのだろうなどと、ひどく遠い、諦観したような意識の中で思う。


 ジャクソンがいなくなったら、セリーナやダレルや、ヘレナやカーティスや、ほかの集落の皆は困るだろうか。


 ジャクソンに血の繋がった家族はいなかったが、あそこにはジャクソンの家族がたくさんいる。自分は子供達の中では年長だったから、兄のように振る舞ってきたつもりだった——が、だからと言って実際、ジャクソンが何をできていたというのだろう。


 外に出て働けたわけでもないし、集落の中にいて出来ることは、皆と一緒に畑を耕したり食糧を採りにいくくらい。魔術師としてもヘレナやエヴァンには遠く及ばないし、単純な魔術で言えば、なんならカーティスにさえ押し負ける。


 そしてセリーナがいればみんなが笑顔でいられるのだし、ヘレナがいればみんなが温かく元気な気持ちでいられるのだ。


 ジャクソンには皆が必要だったが、皆にジャクソンは必要なかったのではないか——なんて考えてしまうのは、クェンティンのあの暗い瞳が目に焼き付いて離れないからだ。


 彼の顔を、そして彼の瞳を思い出すと、血の気が引くような思いがする。裏切られたという感情よりは、自身とクェンティンの身に何が起きたのだという、全身を掻きむしりたくなるような焦燥しかない。


 彼に何を聞くこともできなかった。


 彼がどうしてジャクソンを殺すのか、彼はジャクソンのことを憎んでいたのか。——彼はいったい何に困っていたのか。



 

 扉の前で足音と声がした気がして、ジャクソンは体を硬くする。


 扉が開けられ、外で話す声がした。その内容を聞いて、ジャクソンはこれから軍に引き渡されるのだ、と理解した。暴れて抵抗しようにも、手足を縛られたままでどうしようもないし、口と目が開かないことには魔術も使えない。大人しく運ばれたが、それでも体の震えは止められなかった。あれだけ怯えて震えて疲れていても、それでもまだ体は震えるのか、となぜか冷めた思考で思う。


 運ばれた先では、同じように軍に捕えられた先客がいたようで、ずっと唸るような声が聞こえていた。


 相手も声が出せないようにされているのだろう。一人ではないことに安堵するというよりは、唸り続けるような声を聞いていると、余計に不安で心細くなった。耳を塞いでしまいたいが、手首は後ろ手に拘束されたままだ。


 ここに押し込まれる際に、一度、結び直されたようなのだが、さすが軍人なだけあって、先ほどよりもずっとかっちり結ばれているし、それでいて先ほどのような痛みはない。


 ふと、誰かが入ってくるような音がして、ジャクソンはびくりと体を震わせる。


 その誰かはまっすぐにジャクソンに近づいてくると、なぜだか口の拘束だけを解いた。


「動けるか?」


 すぐ側でそんなことを言われるが、何を答えれば良いのか分からなかった。ついに尋問なり処刑なりをされてしまうのかなどと思えば、その場を動きたくもないのだが、彼はジャクソンの手と足の拘束も外してしまう。


 それでも硬直したようにじっと動けずにいると、最後に目を覆っていた布を外された。もう目の痛みはほとんどなかったのだが、それでも視界が晴れるのが久しぶりで、外から漏れる小さな灯りでも目に眩しかった。目をぱちぱちとさせていると、男性が顔を近づけてくる。


「覚えてるか?」


 急にそんなことを言われたが、ジャクソンには意味が分からなかった。それよりも軍服を着た男性の声は柔らかく、なんとなくそれに安堵した。殺されるのは今ではないかもしれないと思ったからだが、目が慣れてくるとたしかに目の前の男性に見覚えがある気もして、首を捻る。


 彼はジャクソンに手を貸して、体を起こしてくれた。そして外に連れ出そうとしたので、警戒しながらもついていく。さんざん蹴られた体はぎしりと痛んだし、右足は地面につくと激痛が走ったが、なんとか歩けないほどではない。


 外は夜だった。


 真っ暗な中に焚き火がいくつかあり、そこに兵士たちが立っている。尋問するにせよこんな夜中にやるのだろうか、などと思っていると、ジャクソンを連れ出した男と兵士がすぐそばで会話をしていた。


「見なかったことにした方がいいですか」

「助かるよ。ま、誰かに何かを聞かれたら、俺に口止めされたって言えばいい」

「承知です」


 そんなやりとりを首を捻りながら聞いているうちに、不意に彼とどこで会ったかを思い出した。ジャクソンは密かに息を飲む。あのとき、馬で駆けてきた兵士だ。


「足は大丈夫か? 腕を貸そうか」


 そんなことを言ったのは、明らかに足を引きずっているように見えたからだろう。目の前に手を出されたが、ジャクソンはなんとか首を横に振る。出された手を拒否する形になったが、彼は特に気にした様子もなく手を下ろした。


「動けるなら良かった」

「……俺をどこに連れていくつもりです?」

「君の仲間のところに」


 そんなことを言われて、ジャクソンは息を飲んだ。


 それで浮かんだのはセリーナとヘレナだった。彼女たちがジャクソンを助けにきたのだろうか。彼女たちはジャクソンがクェンティンに会いにこの村にきたことを知っている。戻ってこないジャクソンを心配したのかもしれないし、ヘレナが近くにいるのであれば、ジャクソンの居場所が分かる可能性もある。


 そして軍人である彼の言葉をすんなり信じてしまったのは、前にヘレナが彼を悪い人ではないと言ったからか。単にそれを自分が望んでいるというだけかもしれなかったが、それでも光が差し込んだ気がして、ジャクソンは天を仰ぐ。


 そもそもジャクソンはいま、拘束されてはいない。空にはたくさんの風の民(シルヴェストル)水の民(ウンディーネ)が浮かんでいた。ジャクソンのみる精霊は大きな鳥の姿をしていて、それらはふわりと宙を舞っている。暗い空にあってもぼんやりと光っていて、夜空が青や白の光に彩られている。


 ゆっくりと隣を歩く彼を出し抜くことは出来ないかもしれないが、それでもどこかで隙を見つけることは出来るかもしれない。


「……覚えてますよ。怪我は大丈夫ですか?」


 先ほどいた馬車の中で言われた言葉を思い出して、小声でそんなことを聞いてみる。彼は腰のあたりを押さえたから、そこに傷があるのかもしれない。


「ああ。だいぶ動ける」


 そうですか、と呟く。彼はセリーナの魔術でひどい傷を負わされても、それでもヘレナを助けてくれたし、ジャクソン達をみのがしてくれた。


 黒い林の中にいくつかの人影が見えて、ジャクソンは息を飲む。彼らの顔は見えないが、彼らの近くにはたくさんの鳥が羽ばたいていた。ヘレナの周りにはいつも精霊達がいるから、ヘレナがどこにいるかはすぐに分かる。


「見えるか? まっすぐ行けば、彼女たちが見つけてくれる」


 そう言った男は、そこで足を止める。合流するつもりはないらしい。ジャクソンを使って仲間を誘き出して捕えようとしているのではないか——なんて最悪の考えもちらりとあったから、それにジャクソンは安堵した。


「……ありがとう」

「礼はいらない。俺は彼女たちに脅されただけだよ」


 彼は肩をすくめてそういうと、くるりと背を向けた。そのまま歩き去る男を見ていると、小さな足音が駆けてくる。


「ジャクソン!」


 そう言ってヘレナがジャクソンに抱きついてきた。ふわりと軽い体を抱きとめるが、その衝撃でも体がひどく痛んだ。びくりと体が震えて、それでヘレナが慌てて体を離す。


「ごめんなさい」


 そして開こうとしたヘレナの口を、ジャクソンは手のひらで塞いだ。彼女が水の民(ウンディーネ)を使おうとしているのが分かったからだ。


「いったん待った。状況が分からないから」


 もしも彼女が精霊を使ってジャクソンを探したのなら、きっとひどく消耗しているはずだし、周囲に敵がいるのかいないのかもジャクソンには分からない。さらに魔術を使ってヘレナを消耗させたくないと思って言ったのだが、何故かセリーナに睨みつけられた。


「状況が分からないのはこっちよ。いきなりなんで捕まってるの。間抜けにもほどがあるでしょう」


 そう強い口調で言ったセリーナの瞳が、ゆらと揺れてどきりとする。


 彼女にジャクソンが必要かどうかはともかく、ジャクソンがいなくなればきっと彼女は泣くだろう。自分の命が助かったという安堵と、それから彼女達を悲しませずにすんだという安堵に、ジャクソンは改めて長い息を吐いた。


「ごめん」


 彼女に近づいてゆっくりと彼女の背に腕を回すと、セリーナは抗わずにジャクソンの腕の中に入った。彼女はしばらく固まっていたが、一度ぎゅっとジャクソンの体を強く抱いてから、すぐに体を離す。


 何故だか彼女はジャクソンの髪に触れた。血が固まっているのか、髪がひと束まとめて持ち上げられる。


「ひどい格好」

「ああ」

「さっさと離れるわよ、話はそれから。動けるの?」

「走れと言われなければ」

「言わないから、自分で歩いてついてきなさい」


 頼りがいのありすぎる言葉に、涙が出そうになる。はい、とついていきながら、すぐそばにいたカーティスが心配そうに見上げていることに気づく。ジャクソンは歩きながら、彼の頭に手のひらを置いた。


「カーティスも来てくれたのか」

「うん。大丈夫?」

「本当にありがとう。俺は……何も問題ないよ」


 頭を撫でると、彼は猫のように瞳を細める。


 四人で無言で歩きながら、ジャクソンはやはり泣きたくなった。


 もともとはジャクソンとクェンティン、ヘレナとセリーナが一緒にダレルの元で暮らしていた。今はそこにカーティスや他の子供達も加わったのだが、ここにクェンティンはいない。


 彼は自ら出て行ったのか、それともジャクソン達が彼を追い出してしまったのだろうか。少なくともジャクソンにはクェンティンが何を困っていたかも知らなかったのだし、彼が助けを求めたときにジャクソンはいなかったのかもしれない。もしくは、ジャクソンが彼を頼りすぎていて、彼はジャクソンに助けを求めることなど出来なかったのか。


 彼はジャクソンとの関係がバレていると言った。魔術師だと疑われているのか、もしくは、魔術師を匿ったのだと思われているのか。彼はジャクソンを軍に突き出すことで、その疑いを晴らすことは出来たのだろうか。


 せめてそうであれば良い——と、ジャクソンは空を見上げる。


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