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一章 魔術師たち1



 王子の襲撃からしばらく経っても、エヴァンはジャクソンたちの元に帰っては来なかった。


 どこかで捕まってしまったのか、それともまだ逃げているのか。そもそも、もう戻るつもりなどなかったのか。


 あの時、ヘレナはエヴァンに風の精霊を貸したと言っていた。エヴァンはそれを使ってあの広場から逃れたらしいから、きっとそれがヘレナの持つ精霊だったと彼には分かっただろう。彼が何をしようと、ヘレナはエヴァンを心配しているのだし、ジャクソンだって同じ気持ちではいる。


 ——だが、彼の起こした事件によって、軍の引き締めが強くなったのは事実だ。


 各地に兵士たちが派遣され、ひっそりと息を殺すようにして暮らしていた魔術師が次々と拘束されているらしい。魔術師をかくまった人々が処刑されていることもあり、魔術師の存在を密告する動きは進んでいるのだし、中には魔術師を捕らえれば報奨金が出るなんて話もある。そのため魔術師たちの敵は、いまや国や軍だけではなく、周囲にいる民間人たちだ。


「報奨金が出るって話は本当なのか?」

「らしいな。だが、聞いたのは最近だ。やっぱりあれが関係してるのかもな」


 あれ、というのはエヴァンの襲撃だ。王子を襲撃されたことにより、国が報奨金を出してでも魔術師を捕まえたいということなのだろう。


 ジャクソンは苦いため息をつくが、同時にクェンティンも同じような息を吐いた。


「金が出るってのは最悪だな。噂だが、金目当てに魔術師狩りが始まっている村があるとも聞く。そこで吊し上げられるのが、果たして本当に魔術師だけで済むのかな」


 そう言ったクェンティンの瞳は暗い。


 幼い頃から一緒にダレルに育てられてきた弟のような彼だが、ジャクソンと血のつながりはないため、全く外見は異なる。ジャクソンはこの地域では珍しい金髪碧眼だが、クェンティンは髪の色も瞳の色もどちらも黒っぽい。瞳は良く見ると青みがかったグレーだが、髪が黒いのでさほど目立たないのだ。


 この五年間はそれを羨ましいと思わない日はなかったが、今ではさらにそれが喉から手が出るほど欲しい。


 魔術師にはジャクソンのような見た目をした人間が多いのだ。もともと同じ土地に暮らしていた精霊使いと呼ばれる人種がこうした容姿であったらしく、そこから代々受け継がれているということだろう。仮にジャクソンが魔術を使えなかったのだとしても、報奨金目当てで軍に突き出されれば、そのまま処刑されてしまうはずだ。


 一方で、混血が進んだ結果なのか、クェンティンは同じ魔術師でもほとんど容姿に特徴はない。彼は何年も前から普通に人々の暮らす村で生活をしているのだ。彼の場合は自ら魔術を使いさえしなければ、魔術師だと気付かれることはないだろう。


 彼はジャクソンたちの集落とは離れた場所で生活をして、こうして色々な情報をもたらしてくれるのだし、集落で取れたものをお金に変えてくれたり、お金を必要な物資に変えてくれたりする。


 クェンティンはジャクソンよりも年下でまだ十七歳なのだが、昔からしっかりした子供だった。ジャクソンからしても弟分というよりは頼れる仲間と言った感じだ。彼は十代も前半から集落を離れ、知人の知人を頼るような形で奉公している。


 今も色々なところに顔が広い。彼は一つの村に定住するわけではなく、いくつかの町や村に奉公先を作っているようだった。それはこうして色々な情報を集めたり、色々な物を集めたりするのに都合が良いのだと語ってくれていた。


「そっちはどうだ?」

「結構つらいな。食べ物からやっとだ」

「……そう言えばジャクソンも痩せたな」


 そんなことを言ってこちらの体を見るクェンティンに、ジャクソンは首を横に振る。


「俺はもう十分にでかいから、多少は痩せてもいいよ」


 問題はまだ小さな子供とか、体の弱い老人や病人にも十分な食べ物が渡らないことだ。


 ジャクソンたちが暮らしている集落と、色々と情報のやり取りをしてくれていた魔術師の一人は、先日捕らえられて処刑されたらしい。これまで密かに物資を運んでくれていた、魔術師を家族にもつ行商人とも連絡が取れなくなっている。あのエヴァンの襲撃以降、圧倒的に身動きが取れなくなっているのだ。


 外では本当に信頼できる相手にしかコンタクトはとれないし、集落の中では自給自足もままならない。


 住んでいるのは百名ほどだが、それでも小さな土地に急激に人が集まりすぎているのだ。先日も逃げてきた魔術師がいたのだが、追い返すこともできずに受け入れている。


 なんとか山に入り山菜などをとり、狩猟をし、猫の額ほどの畑を耕すが、それで食わせられるのは人口の半分ほど。もともと農業というよりは林業で生活していた村だったのだろうが、木を切って炭にしたり木材にしたところで現状、大々的に売る先もない。これまではその不足分は外から調達していたが、それが滞ると本当に飢えるしかないのだ。


 今は完全に蓄えを食い潰しているような状態で、このままではいずれ餓死者が出ることは避けられないだろう。


「俺も外に出たいと思ってるが、なかなか難しいな。タナラ鉱山で密かに魔術師達を集めて働かせてるって話はどうなった?」


 ジャクソンがクェンティンのように村の外で物資を調達したり、働いて金を稼ぐことは難しい。だが、そうして住む場所にも働く場所にも困っている魔術師を集めて、働かせている場所があると聞いていたのだ。鉱山に篭るのなら確かに人目を気にする必要はないし、魔術も役に立つだろう。


「あれはガセじゃなさそうだけど、もう密かどころか有名すぎるな。国に目はつけられてるはずだ」

「目をつけられてても容易に手が出せない状況なら、この際、別に構わないんだが」

「それもどうかな」


 歯切れ悪くそう言ってから、クェンティンは足元を見る。何かあるのだろうかと思って言葉を待ったが、彼はしばらく黙ってしまった。


 ジャクソンのことを痩せたと言った彼だが、どことなく彼も顔色が悪く見える。


「クェンティンの方は大丈夫か?」

「なにがだ?」


 そう言って顔を上げた彼を見て、ジャクソンは首を傾げる。


 さほど変わった様子には見えない——が、なんとなく、クェンティンはこんな顔だっただろうか、なんて今更ながらに思ってしまった。


 村で一緒に暮らしている子供達とは違って、たまにしか会えないから違和感があるのかもしれない。どんどん顔つきも体つきも大人になっていく年齢でもあるし、少し見ぬ間に成長しているのだろう。


 彼の少しつり目で涼しげな目元は、感情が読みにくい。


「いや……何か困っていることはないか?」

「困ってること?」


 ジャクソンの言葉に、彼は少しだけ驚いたような顔をした。


 そんなことを彼に聞いたのは久しぶりだった気がする。ひとりで離れて暮らすようになった頃にはとても心配していたのだが、最近では年下の彼に頼ってばかりだった。そんなことを思ったのだが、彼にとっては今さらだっただろうか。


 なぜか彼は地面にしゃがみ込むようにしてから、可笑しそうに笑った。


「困ってることなんて、山ほどあるよ」

「え?」


 クェンティンがそんなことを言ったのは初めてで、ジャクソンは驚く。彼は足元からジャクソンを見上げると、その瞳を細めて笑う。


「あんたがこうやって訪ねてくることもな。たぶん俺はとっくにジャクソン達との関係はバレてる」


 それは本当にジャクソンが見たことのないようなクェンティンの顔で、その瞳の暗さにぞくりとした。咄嗟に言葉を失ってしまったジャクソンだが、何かを言わねばと口を開いた瞬間にクェンティンが勢いよく立ち上がった。


 同時に顔面に何かを叩きつけられて、激しい目の痛みに思わず声が出る。だがその声も、一緒に口の中に入ってきていた砂のようなものに阻まれて、えずくような咳に変わった。両目を手のひらで抑えるが、まともに砂を浴びてしまったようで、涙が止まらないし目を開けるのも閉じるのも激痛だ。


 地面の砂を掴んで顔面に浴びせられたのだ、と気づいた時には、鳩尾に何かを食らっていた。内臓がひっくり返りそうなほどの衝撃に、ジャクソンは地面に倒れる。ごほごほと唾液なのか土なのかを吐き出しながら、必死に目を開けようとしたが、痛みで全く開けない。


 どうして——と。


 そんなことを頭の隅で考えても、それを声にすることはできなかった。開かない瞳でそれでもなんとかクェンティンの姿を探そうとしていると、頭のすぐそばで彼の足音がして、ジャクソンは思わずびくりと体を震わせる。


「ここだ、魔術師だ」


 そう言ったクェンティンの声は、聞いたことがないほど冷たい。


 そして彼の言葉に応えるように多くの足音が近づいてきた時には、ジャクソンは逃げることも思いつかず、ただ身を縮めることしかできなかった。


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