一章 軍の兵士たち2
あの日の魔術師による王子の襲撃によって、国は軍に本格的に魔術師の討伐を行うようにという命令を出していた。
もともとこの国に住んでいた魔術師は何千とも何万とも言われているのだが、五年前に魔術師を処罰する法が出来てから処刑された魔術師の数は、冤罪を合わせてもせいぜいが何十か何百人と言ったところだろう。半数は他国に逃げ込んだのだと言われているし、残りの半数はまだ各地に留まっているのだろうとされている。
あまり王宮から遠い土地には軍の目も届かないし、大勢の魔術師を相手にするとなるとこちら側にもかなりの犠牲がでる。そもそもさほど本気で処罰する気もなかっのだ、とアランは考えている。
五年前の法については、王宮と貴族と聖職者達の相互の軋轢から生じたもので、権力争いの結果で出来たゴミのような法律だった。そして魔術師に対する制裁は、軍が本当に力を持って国民を支配していることを見せつけるための手段でしかない。
だから今回の村のように手を出しやすいところには手を出すのだし、北部にある魔術師達の集落には手を出さない。あちらには何百人の魔術師が住んでいて、それは法の制定前も制定後も変わっていない。これ以上、魔術師達が団結して勢力を拡大しないようにと、人の出入りだけは厳しく管理しているのだが、実質、手が出せない状態なのだ。
たった二人の魔術師を拘束するだけでも、アランたち一中隊の三十何名を派遣する。力のある魔術師と本気でやり合うなら、その十倍となる何千の兵士を用意する必要があるのだ。
他国に対しても内政に対しても色々と火種ばかりを抱えている中で、平和に暮らしている魔術師達の集落にわざわざ手を突っ込んで貴重な戦力を使うつもりはさらさらなく、それでも王宮や軍の力は見せつけたいから近場の魔術師を狩る。
国民に対しても共通の敵を作ることで、不平や不満を国ではなく魔術師に向けさせようという魂胆がみえみえではあったのだが、今のところはさほどの風向きでもない。王子への襲撃によって面を汚されたと騒いでいるのは王宮と軍の上層だけで、貴族達も軍の下部も冷ややかなのだ。国民はそもそも王族貴族を憎んでいるのだから、せいせいしたと言うところだろう。王子に対しての同情というよりは魔術師に対しての同情の風向きもあり、だからこそ余計に上層は魔術師に対する取り締まりを強めているのだ。
「アラン隊長」
「ん?」
「そろそろ野営の準備をいたしませんか?」
部下にそんなことを言われて、アランは空を見上げた。
いつの間にか日は傾き、少し赤みを増している。いつもはアランから隊のみんなに声をかけるのだが、ぼうっとしていたので声をかけてくれたのだろう。小隊長のカールはアランよりもずっと年上なのだが、それでもさほどの文句もなく、アランのように上から怒られてばかりいる隊長に従ってくれている。
「ああ、ありがとう。あの村の手前に陣を張ろうか」
そう言ってアランは馬を蹴った。もともと馬を疲弊させないためにゆっくり進んでいたのだが、一人だけ先行する。民家の近くに滞留するなら怯えさせないように声はかけておいたほうがいい。
騎馬のまま一人で村に入ると、ぴりっとした緊張が走るの分かった。軍人は何かと怖いイメージがあるらしく、町や村では怯えられることが多い。そのため一人でやってきたのだが、なんとなく様子はおかしい気がした。
「村長はいらっしゃいますか」
近くに男性が数名、固まっている。彼らは軍服を着たアランを見て、それぞれ目を見合わせた。
なにか後ろ暗いことでもあるのだろうか。別にこの村の人間達が税を滞納していようが、兵役をサボっていようがアランは興味はないのだが、彼らにとっては死活問題だろう。——もしくは彼らが村の中で魔術師を匿っていたところで、寧ろアランはそれを聞きたくはない。
変な気をまわされる前に、アランは馬を降りた。
「村の外で野営をさせていただく許可を得たく、参りました。夜間に獣などの危険を減らすために、人家の近くに陣を張りますが、特に配慮は不要です。朝になったら勝手に出て行かせていただきますから、お気遣いなく」
そう言って村の外で待機している三十一名の部下達を示す。
なるべく丁重な口調で話しかけたのが功を奏したのか、彼らは一気に安堵するような顔をした。親切心からか、もしくは軍に媚を売ろうと言う気があるのかは分からないが、足りないものがあったらなんでも遠慮なく言ってくれなどと口々に言われ、アランは頭を下げる。
「ご厚意に感謝します」
「ちょうど良かった。我々は軍人様をお呼びしようと思っていたところでして」
親密な口調で訳のわからないことを言われて、アランは眉を上げる。
「は?」
ついてきて欲しいと言われ、村の奥に案内される。念の為にアランが村の外に視線をやると、ロジャーが馬に乗ってやってきてくれた。
「何か問題?」
「いや」
そうは言ったが、一応は馬を引いたロジャーにも付いてきてもらった。周囲の村人達は剣も持っていない。何かあったときにアラン一人で対処が出来ないことはないとは思うが、ロジャーがいれば戦力的には大抵何とかなる。
連れられたのは小さな納屋のような小屋で、男達はそこの中を示した。
そこには男性が後ろ手に縛られて転がっていた。口には何か布のようなものが噛まされていたし、目元にもぐるぐると布が巻かれている。それらがところどころ赤く染まっているのは、男の血か。
「——つい先日、魔術師を捕らえましたので、引き渡そうと思っていたところです」
そんなことを誇らしげな口調で言われて、アランはぐっと奥歯を噛んだ。見ると服もぼろぼろで土や血で汚れているから、拘束する際は力ずくだったのだろう。
「……この村の人間ですか?」
「いえ、まさか」
ぶんぶんと首を横に振ったのは、彼と関係性があると認められないからだろう。この村で魔術師を匿っていたとなると、彼らにも処罰がくだる。
「この村には彼のような人間はいませんよ」
彼のような、というのは魔術師ということだろうか。もしくは彼の容姿を言っているのか。倒れている男はぐるぐると頭に布が巻かれているが、そこからのぞく髪は白っぽく見える。
「知り合いですか?」
「いえ、とんでもありません」
「彼は魔術を使ったんですか?」
「え? いえ……いや、はい」
「どっちです」
珍しく冷たい口調で言ったのはロジャーで、男はそんな言葉にびくりと体を震わせる。別にロジャーは見た目的には強そうにも軍人らしくも見えないのだが、それでも軍服を着て剣を下げていれば、村人からすれば誰だって恐ろしい軍人の一人だろう。
「いえ……あの、魔術を使っているところを私は見ていませんが、見たものはいると聞いています」
男が慌ててそんな言い方をしたのは、アランとロジャーの質問の意図を汲んだからだろう。
魔術を使いさえしなければ、その人間が魔術師かどうかなど分かるわけがないのだ。見た目で判別などできないし、魔術師でない人間が、自分が魔術師でないということを証明することなどできない。せめて魔術を使えれば魔術で抵抗することも出来るかもしれないが、魔術を使えない一般市民なら抵抗することすら出来やしない。
——だからアランは、せめて自分が捕まえる魔術師が、最後に魔術を使って抵抗してくれることを願っている。
アランが捉えた人々の中には『自分は魔術師ではないのだ』と最後まで泣きながら訴えるものがいて、彼らが魔術師かどうかなどアランにわかるはずもない。目の前で転がっている男が本当に魔術師であろうとなかろうと、一度、魔術師だと言われて通報されてしまえばアランはそれを捕らえに行くしかないのだ。
「……分かった。ありがとう」
アランはなんとかそう言った。
村人達に罪はない。そもそも国がそうした指針を出しているのだし、彼らはこうして魔術師を差し出さなければ、彼ら自身が魔術師の仲間として指を刺される可能性もあったかもしれないのだ。
「あの……魔術師を捕らえた場合に……」
「なんだ?」
アランが視線を向けると、別に睨んだつもりはなかったのだが男達はびくりと体を震わせた。全員で黙った村人たちに、何を言いたいのだと苛立ってしまうと、隣にいるロジャーがのんびり言った。
「そういえば最近では、魔術師を捕らえて国に差し出せば報奨金が出るそうですよー、アラン隊長」
そんな言葉にアランは思わず舌打ちをする。別に聞かせるつもりではなかったが、男達はさらに怯えた様子を見せた。
彼らが最初からアランに魔術師のことを言い出さなかったのは、やはり軍人に怯えたからなのだろう。報奨金と触れが出ていたところで、本当にもらえるかは分からないし、それこそが罠の可能性もある。だが最初に丁重に受け答えをしていたアランを見て、これなら金がもらえるかもしれないと踏んで、言い出したのだ。
「いくらだ?」
「さあ?」
「……どうせならそこまで覚えておけよ」
アランは嘆息してから、懐から硬貨を取り出す。適当に近くの男にくれてやると、男も特に額に不満はなかったようで、何度も頭を下げてからアランから距離をとった。
「魔術師を捕える時に怪我をしたものはいないか?」
「え? はい」
「それは良かった。俺の部下には魔術師を捕獲しようとして丸焦げになった人間と腹を切られた人間がいる。今後は迂闊に近寄らないことだ」
それは全くのデタラメだったが、なるべく凄みを利かせて言った。
もしも彼らが報奨金に目が眩んでいたのなら、これで味をしめたら困ると思ったからだ。一番楽なのは魔術師でない人間を魔術師だと言って捕えることで、金目当てにそんなことが全国に横行したらと思うと身の毛がよだつ。
部下達を呼んで、男の身柄を確保する。そして先に捕えていたケヴィンと一緒に馬車に突っ込ませた。それから当初の目的通り、村の近くで野営の準備を始める。なんだかどっと疲れた気分で座っていると、ロジャーがからかうようにアランの顔を覗き込んできた。
「腹を切られたのはアランだけどねー」
なんて能天気な言葉だろう。
すり減ってからからに乾いてしまったような気分の中、彼の緊張感のない口調が泣きたいほどにありがたい。