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序章 にせもの王子たち2



 レジナルドが動くのが見えて、そっとクリスは視線を上げる。彼はレックスの目の前まで歩を進めると、その場にしゃがみ込んでおもむろにレックスの頭を掴んだ。


「顔に大した傷がないのは何よりだな。顔が変わっちゃうと、僕の代わりに民衆の前に立ってもらえなくなるから」


 顔を上げさせられた格好になるレックスの瞳を覗き込んで、レジナルドは薄く笑う。


 怪我の心配ではなく顔の心配なのか——とクリスは内心で吐き捨てる。


 顔を突き合わせるようにした二人は、たしかに似た顔立ちではある。もとより髪型や格好は似せてあるのだし、背格好にもほとんど差はない。


 しかし、双子というわけでもないのだから、二人を並べて見間違えるというほどではないのだ。クリスから見るとまとう雰囲気や印象は対極であり、二人をそれぞれ見たことのある人間が、彼らを同じ人物として捉えてくれるかは甚だ疑問だ。


 だが、そもそも本物の王太子殿下であるレジナルドは、宮殿深くに隠されていると聞く。現時点では表に出る機会は圧倒的にレックスの方が多いのだ。稀に民衆の前に立つ時にも安全のため十分に距離をとっているし、王宮や屋敷に出入り出来る貴族たちでも、基本的には跪いて接する。もともと顔立ちが似ていることから声も似ており、判別は難しいのかもしれない。


「——とはいえ、仮にも王子と呼ばれる人間が怪我をして、周りの人間が無傷というのは面白いな」


 くつくつと笑いながら言われた言葉に、クリスはどきりとした。怪我人はレックスだけでなく護衛たちの中にもいるから、無傷というのはここにいるウィンストンやクリスのことを指しているのだろう。レックスの側近とされているウィンストンや、護衛とされているクリスがその場にいたと考えるのは当然だ。


「可哀想に。身を挺して助ける価値もないと思われているのかもしれないから、周囲には僕から改めて話しておこう。偽物の無様な死体を晒して、この国の権威を落とさない程度には働いてくれってね」


 にっこりと目元だけで笑ったレジナルドは、掴んだままだったレックスの頭を乱暴に撫でる。レックスはされるがままにしながらも、瞳だけはまっすぐにレジナルドを見上げた。


「今回、私の身が助かったのは、周囲の采配と護衛たちの働きによるものです」

「ふうん? 健気だね。後ろの彼に言わされてるのかな」


 レジナルドはそういうと立ち上がり、視線を伏せたままのウィンストンを見下ろす。


「僕が彼なら、お前なんかのために指一本動かしたくはないけどね」


 それを言ったのはレックスに対してか、それともウィンストンに対してか。王族の血も高貴な貴族の血も引いていないレックスに対して、ウィンストンの実家であるヘンレッティはかなりの名家だ。王族に対してもそれなりに影響力があると言われている。


 レックスが口を開かないでいると、ウィンストンが顔を上げた。


「レックスを王太子殿下の替玉として立てたのは国王陛下です。出自がどうあれ、私などが蔑ろになど出来ませんよ」

「ならばこれが死ななくて残念だったね。せっかく偽物のお守りから解放されるチャンスだったのに」


 そんなことを楽しげな口調で言ったレジナルドに対し、クリスは怒りを覚える。レックスが死ぬのだとしたら、それはレジナルドの身代わりとなってだ。


 にも関わらず、そこに何の憂いもなくそのようなことを言い放つ男を本気で殴ってやりたいとすら思ったのだが、レックスは表情も変えていないし、ウィンストンは冷ややかな声音で言った。


「殿下こそ残念でしたね。レックスが死んでいれば、その責任を私に負わせて始末することができたのでしょうに」


 さすがのウィンストンでも、これは不敬罪を問われる言葉ではないか、と。クリスはひやりとしたのだが、レジナルドは見た目には少し眉を動かしただけだった。


「随分と自惚れ(うぬぼれ)がすぎるな。ぬるい箱庭に放されているせいかな。消そうと思えば、辺境貴族などいつでも消せる」

「——ご無礼をお許しください」


 そう言ってさらに深く頭を下げたのは、ウィンストンではなくレックスだった。ウィンストンがこれ以上、何かを言い返す前に、声を出したのだろう。


「本日はレジナルド殿下は私を訪ねてきたと聞いています。部外者であるウィンストンは下がらせたいと考えますが、お許しいただけますでしょうか」


 部外者、という言い回しが気に入ったようで、レジナルドは『部外者ね』と言って笑う。


「たしかに部外者だな。余計なものはさっさと下げてもらおうか」


 御意(はい)、と頭を下げたレックスに対して、ウィンストンははじめて不機嫌そうな表情を見せた。レックスが視線で退出を促した時も、わざわざ嫌な顔を見せてから、渋々といった様子で立ち上がる。


 それは本来格下であるはずのレックスの命令に従わなければならない——という不満を表したものなのだろうし、それを見てレジナルドは可笑しそうな顔をした。すれ違おうとするウィンストンを一瞥すると、口の端を上げる。


「次はぜひ、あれの顔に傷がつく前に仕事をしてもらいたいな」

「……善処しますよ」


 頭も下げずにでていったウィンストンを見送っていると、レックスに名前を呼ばれる。


「クリスも下がっていただけますか」

「別に彼女にはいてもらっても良いけど」

 

 そんな相反した言葉に顔を上げると、二人分の視線がクリスの上にあった。立ち上がるべきかと思案していると、なぜだかレジナルドがしゃがみ込んで顔を覗き込んでくる。目の前の黒いガラスのような瞳にクリスの顔が映って、どきりとする。


「君も可哀想だね。あんな危険な場所で剣など持たされて。——知ってたかい? 日中に処刑された罪人たちは、長年魔術師たちを匿っていた村人たちだ」


 どんな反応をすれば良いのかと戸惑っていると、彼の冷たい指がクリスの頬に触れて、思わずびくりと体が震えた。


 急なことに驚いたということもあるが、そこには昼間の襲撃の際にできた微かな傷がある。いつの間にか石片が掠っていただけのかすり傷ではあるが、触れられるとピリッとした痛みがある。


「魔術師たちに少しでも人間らしい情があれば、大勢で助けに来てもおかしくないと思っていたけれどね。実際には単独での腹いせみたいな攻撃だけだったけど、もし彼らが本気になっていれば、偽物はもとより君も焼き殺されていただろうな」

 

 レジナルドの言葉にクリスは息を飲む。


 処刑された人々が魔術師を匿った罪であるということは、レックスが罪状を読み上げたのだからもちろん知っていた。だが、それは単なる見せしめの処刑ではなく、初めから魔術師達を誘き寄せるためのもの——もしくは相手の出方を試すためのものだったのだろうか。


「ウィンストンもひどい男だな。そこまで分かっていながら、君と偽の王子を矢面に立たせるのだから。それに偽物もね。君を下がらせるタイミングがいつも遅いな」


 漆黒の瞳が、どこか楽しげにクリスの瞳を覗き込んでくる。


「クリスティアナにそのつもりがあれば、僕のところにくればいい。その瞳の色だけは、綺麗で気に入ってるんだ」


 瞳を見つめる視線に耐えられず、クリスは目を伏せる。それを見たレジナルドが笑いながら立ち上がったタイミングで、レックスが声をかけてくれた。


「クリス。レジナルド殿下のためのお飲み物の準備を依頼していただけますか」

「僕は別にいらない。こんなところに長居するつもりはないからね」


 そう言いながらも、大きなソファに深く腰をかけたレジナルドを見て、クリスは立ち上がる。退室する際にちらりとレックスを見たが、彼は跪いた姿勢のままこちらではなくレジナルドの方を見ていた。


 クリスは一礼をすると、逃げるようにその場を後にした。



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