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一章 軍の兵士たち1


「なあ、ロジャー」


 アランは馬上から、隣に並んだ副官に声をかける。

 

 ロジャーというのは中隊長をやっているアランの副官であり、軍属の学校で学んでいた時からの後輩でもあった。そもそも士官の学校に入学するのは貴族の子弟や軍人の家庭の子供達であり、アランは一応は有名な軍人の家系なのだし、ロジャーもこう見えて貴族の家柄だ。


「なに?」


 彼はアランの顔を見もせずに、風に吹かれる前髪を必死に押さえていた。邪魔になるくらいならば切れば良いものを、彼はその中途半端に長い前髪が気に入っているらしい。


 ロジャーは、戦いの邪魔になるから切れと上官達から迫られた時に、邪魔にならないことを証明すると言って一騎で五騎を相手に対戦を挑み、全員を馬から叩き落とすような人間である。ちなみにそれで叩き落とされた上官が、逆恨みして報復をしようと思わない程度には、良い家柄の貴族でもある。


「そろそろ俺は軍人を辞めようと思うんだが」

「あっそ」


 そんな言葉にアランは息を吐く。それを聞いてか、ロジャーはちらりとアランを見る。


「もう十回は聞いたけどそれ。なに、止めて欲しいの?」

「いいや。どちらかといえば背中を押してほしい」


 ロジャーは呆れたような顔をする。


「なんで僕がそんなことしなきゃなんないのさ。アランがいなくなったら、誰が大隊長からの鉄拳制裁を受けるんだよ」

「なんで俺が殴られるの前提なんだよ」


 そうは言ったが、アランはなんとなく傷が痛んだ気がして肩を押さえる。


 怪我が癒えて動けるようになったアランは、ロジャーの言ったように魔術師を逃した件で、だいぶ上官たちから絞られはした。中でもアランの直属の上官である大隊長は手が出る人間で、制裁のつもりか鞘のまま剣を振り下ろしてくる。先日もそれを肩に叩きつけられて、ひどい青あざを作ったばかりなのだ。


 とはいえ、中隊長の職務を解かれるわけでもなく、謹慎をさせられたわけでもない。アランに直接的な罰はなかったのだから、軽いくらいではある。代わりに軍が騒ぎを抑えられなかったことに対する責任として、中央の将軍は謹慎させられたようだから、アランのような末端ではなく、何やら上層部で争っていたということだろう。


 ——だがいっそ、アランが責任を問われて辞めさせられても良かった。


 そんなことを考えていると、部下が近づいてきた。


「隊長、あの村です」

「……あい」


 声をかけられて、アランはしぶしぶ頷く。足取り重く行軍していたのだが、ロジャーと不毛なやり取りをしているうちに、目的の村についてしまったらしい。アランは一度、空を仰いでから大きく息を吸う。


 いったん、頭の中は空にして目の前の任務にあたる。


「村の入り口は三つだったな。バリー、カール、ケイシー達の班は予定通りそちらをそれぞれ塞いでくれ」

「承知しました」

「他の三班は俺についてこい。対象の家に向かう。途中で不穏な動きをする人間がいれば、俺に知らせろ」


 小隊は一班が五人であり、それが六班程度、集まってアランの指揮する中隊になる。半分を村の出入り口に配置したので、アランに従うのは小隊の十五名とロジャーの計十六名だ。


 まずは入口に配置する三班を動かしてから、それからアラン達も一斉に馬で駆けた。


 田畑に囲まれた平和そのものの村に、馬に乗った軍人達が怒涛の勢いで押し寄せるのだから、村人たちからすると威圧感がすごいだろう。それを計算して、敢えてアラン達は集団で動いているのだし、敢えて一斉に土埃を立てて向かっているのだ。


 完全にぽかんと立ち尽くしてしまった人間もいるが、多くは恐れたように各々の家の中へと戻っていく。


 しん、となった村を馬で進み、頭に叩き込んでいた地図をもとに対象の家へを向かう。馬で駆けながら、まずその家を確認していたから、そこに一人の男が逃げ込むのは確認していた。


 隣に一軒民家はあるが、他の家からは離れている。二軒を取り囲むように、ぐるっとアランは兵士達を配備した。周囲は畑で見通しは良い。背後からの襲撃はないだろう。収穫前の畑に馬で入るのは気は引けたが、この際、仕方がない。


「中にいる住人は全員出てこい。俺たちの目的は『魔術師』だ。一般の人間には危害は加えない」


 アランは言いながら、我ながら反吐が出るような言葉だと思った。


 魔術師も、ただ精霊が使えるというだけで、それ以外は一般の人間ではないのだろうか。


 家の中でガタガタと物音がする。そちらの家は魔術師とされる人物達が住む家とは別の家であり、中の住人が慌てているだけかもしれない。一応は警戒しながら待っていると、ドアが薄く開かれ、中から出てきた女性と子供達が地面に伏せるようにして震えていた。


「わ……わたしたちは、魔術師では……」


 震える声で精いっぱい訴える女性に、アランは「名前は」と聞く。一応、補足対象の魔術師は男性二人だと聞いているから、女性と子供の時点で違うのだが、彼女達がたどたどしく語った名前はやはり事前の通報とは違う名前だった。


「騒がせて悪いな。隣に住んでいるのはケヴィンとその父親か?」

「は、はい」

「それだけか? 二人暮らし?」


 何度も首を縦に振った女性に頷いた。本当は彼らが本当に魔術師なのかどうか、隣人である彼女に聞きたいところなのだが、そうだと言われてしまうと困る。魔術師は本人だけでなく匿った人間も処刑されてしまうのだ。


 アランは一番若い部下に視線をやった。


「巻き込まれないように距離を取らせろ」

「はい」


 まだ十代の彼は、見た目にもまだ兵士らしくはないし、性格も軍人になどなる必要がないほど穏やかだ。彼は馬から降りると、彼女達にゆっくりと近づく。いくつか話をしたようだったが、すぐに女性達を連れてその場から離れた。


「ケヴィン。中にいるのは分かってる。大人しく出てこい」


 そんなことを言って、大人しく出てきてくれるはずもない。アランは矢を一本抜くと、弓に番える。威嚇のために古くてぼろぼろの木のドアに打ち込むと、バン、と大きな音が響いた。


 しばらくすると、中から大きな男の悲鳴が聞こえて、アランは眉を上げる。そこから耳を澄ませるが、他には何も聞こえない。


「自殺しちゃったかな」


 乾いたようなロジャーの言葉に、アランは「さあ」と答える。


「何にせよ悲鳴はひとつだ。もう一人はまだいる」


 中の様子は気になったが、中で強い魔術師が待ち受けているかもしれないと思えば、容易に踏み込むことはできない。相手はそれを待っているかもしれないのだ。嫌な緊張感を持って家を見ていると、ぽつりとロジャーが言った。


「ねえ、そろそろ僕も軍人を辞めようと思ってるんだけど」

「それ聞いたのも何度目かだな」


 冷たく言ったアランの言葉に、ロジャーは肩をすくめる。


「で、どうせ俺たちが辞めても、他の人間が同じことをやるだけだって言うんでしょ」

「いつもそれをいうのはロジャーじゃないのか?」

「最初に言ったのはアランでしょ」

「どっちでもいいが、俺らは毎回、同じことを言い合って成長しない阿呆ってことだな」

「そうかもね。素面じゃやってられないよね」


 そう言って彼は腰につけた水袋に口をつける。


 中身は水だと思いたいが、本当に酒が入っていても責める気にはなれない。本当にこんなこと正気でやっていられるわけもないのだ。部下達の目の前でこんなことを言い合っても良いのかという気もするが、彼らも実際のところは同じ気持ちの人間が多いのではないかと思っている。


「で、どうする? 家に押し入るなら僕が行こうか」


 馬の上で伸びをするようにして言ったロジャーは、意外と短気な人間でもある。アランは苦笑して言った。


「もう少し待つ気はないのか?」

「相手の方も永遠に待つつもりだったらどうするの?」


 ロジャーが言った瞬間、家の中から血まみれの男性が出てきてアランは身構える。


 怪我をしている自分の血だろうか、それとも家の中にいるもう一方の人間の血か。男は何も持っていない両手をあげて震えている。口を開いたので警戒したが、彼の口から出てきたのは泣いているような声だった。


「頼む……殺さないで……俺は魔術師じゃない……魔術師はあいつだけだ」

「もう一人はどうした」

「あいつは俺が殺した……だから助けて……」

「お前はケヴィンか? 魔術師の父親を殺したのか?」


 頷くように何度も首を縦に振る男に、アランは眉根を寄せる。


「悪いが、ケヴィンも父親も同様に魔術師だとして通報されている。いったんどちらも身柄は確保させてもらおう」

「は」


 男ははらはらと涙を流しながら、真っ赤に血に染まった顔で天を仰ぐ。


風の民(シルヴェストル)——」


 精霊の名が呼ばれ、アランは瞳を大きくした。咄嗟に構えたままだった弓を放つ。


 それは正確に彼の腕に刺さる。


 アランは馬で一気に近づいたが、その時にはすでにロジャーの剣が馬上から正確に男の口元に突きつけられていた。


「悪いけど、次に口を開いたら鉄の味がすると思うよ」


 男は矢の刺さった腕を抱きながら、ロジャーに突きつけられた剣を見つめて固まっていた。アランは馬から降りると、仲間達に男を示す。


「拘束しろ」


 それから慎重に家の中に入った。中には男性がひとりいたのだが、ケヴィンが語ったように彼に殺されたのか、胸を刺されて絶命しているようだった。


 ケヴィンが何を思って父親を殺したのかは知らないが、これからケヴィンの身に起こることを考えれば、彼もここで死んでしまったほうが楽だったのではないか、なんて思ってしまって胃が痛くなる。


 外に出ると、男は仲間達によって口と目を布で拘束されて震えていた。アランはそこに近づくと、自身が射た矢に手をかける。


「おい、矢を抜くぞ」


 言うなり、一気に矢を引き抜いた。男の体がびくんと跳ねて唸り声のようなものが続く。それから仲間から受け取った布を縛って止血し、ぐるぐると包帯を巻いた。


 そうしながら、本当に自分は何をやっているのだろう、と吐き気に似たものを覚える。


 大勢で押しかけ散々怯えさせて父親を息子に殺させた挙句、アランが自分で射た矢を抜いてやって治療するのだ。そして彼を苦しめて殺すために、身柄を拘束して衛兵達に引き渡す。


 ——全く意味が分からない。


 拘束するまでは軍を辞めようと本気で思うのだが、こうして捕まえて彼らに死をもたらしてしまうと、今さらアランにそんな選択肢が残されているのだろうか、なんて思ってしまう。


 そんなことをしても、彼らの命が戻るわけもない。


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