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終章 カエルム国(王子たち)


「かなり今さらだが、結婚はしないのか?」


 夕食の場でそんなことを言われて、クリスはちょうど口に入れていたもので咽そうになった。なんとか飲み込みながらウィンストンを見ると、じっとこちらを見る彼と目が合ってどきりとする。


 初めて会った十代半ばのころから、落ち着いていて、威厳なのか威圧感なのかがあったウィンストンだが、最近はそれに何重にも輪をかけて見える。他を一目で黙らせるような、力のある鋭い視線を向けられるのだが、彼の口から出ているのはレックスとクリスの結婚の話だ。別に睨まれているわけでもあるまい。


 ウィンストンの視線から逃れるようにして、クリスがレックスを見ると、彼は楽しげに笑った。


「来年くらいにはって思ってますよ」

「来年の冬頃か?」

「ですね。別に僕は急いでないし」


 飲み物に口をつけながら言ったレックスの言葉にウィンストンが苦笑する。


「わざわざ私に合わせて遅らせる必要がどこにある?」

「わざわざってわけじゃないですけど。とりあえずウィンストン様がご結婚されてからでもいいかなと思って」


 そうレックスはのんびり言ったが、彼は最初から結婚するのはウィンストンが結婚した後がいいと言っていた。


 二人の家に住もうとなった時に、レックスはクリスにプロポーズをしてくれたのだが「もしクリスが待ってくれるなら正式な結婚はまだ後にしたい」と言っていたのだ。主であるウィンストンが身を固めた後がいいという、臣下の鑑のようなことを言ったが、クリスも特にそれに異論はなかった。実際にレックスと二人で生活できるのなら、形式など全く気にもならない。


「それでクリスに文句はないのか?」

「別に私も急いでませんし」


 レックスの真似をして言うと、ウィンストンは「仲がいいな」と肩をすくめた。


「それなら口を出す気はないが、悠長にしてて他の男なり女なりに取られないように気をつけるんだな」


 そんなことを言われてクリスは思わずどきりとしたのだが、レックスは軽く笑った。


「それって時期的にはウィンストン様も同じ条件でしょ? 来年の秋にご成婚とのことで、改めましておめでとうございます」

「王太子がほかの男に妃を取られると思っているか?」

「人生って何が起こるか分からないよね」


 悪戯っぽく言ったレックスの言葉に、ウィンストンは声を出して笑う。


 女性関係も友人関係も全てが謎だと思っていたウィンストンだったが、当然だが妃候補はたくさんいたらしい。もともと国が独立してから娶るつもりだったらしいし、ウィンストンの妻ということは将来の王妃になる。色々と条件を選定して決めたとウィンストンは言っていたが、紹介された人は笑顔が素敵な明るい女性で、ウィンストンとも旧知の仲らしい。すでに二人の仲は良さそうで、クリスも安心していた。


「だが、結婚するなら名前がいるだろう」

「そう? クリスが良ければ僕は特に必要ないと思ってるけど。国民の大半は家名を持ってないし、みんな僕のことレックスって呼んでくれるしね」

「私も特にこだわりはないです」


 そう言ってクリスは頷いた。


 クリスも結婚してレックスと同じ姓になるのなら憧れはするが、そもそも彼はレックスという名前だけしか持っていない。ウィンストンから家名や爵位を与えると言われたところでレックスはいつも断っているのだ。できれば、国民と同じところに立っている、というところを示したいのだろう。


 それであれば、クリスティアナ=ロイズからただのクリスになってもいい、とクリスは思っていた。もともとロイズの名前は好きではなかったから、そこにクリスのこだわりはない。


 反対に中央では何にも抗わずに頷いていたレックスだが、意外とこだわりは多い。結婚の時期もそうだし、名前をもらうことを固辞していることもそうだ。役職や身分も「ウィンストンの側近」という肩書き以外は全て断っていて、代わりに仕事もウィンストンから頼まれること以外は自由にやっていると聞く。


「家名や爵位や役職を奪い合って騒いでいる連中に聞かせてやりたい台詞だな」


 ふっとため息をついたウィンストンにレックスは楽しげに笑う。


 カエルムの国の領地や人口は、独立後にかなり規模を増やしている。それに伴ってそれを統治する貴族たちの規模も変わっており、ついで中央から流れてきた貴族たちもいるから、ウィンストンはかなり手を焼いているらしい。


 これでは腐りきっていた中央と変わらない——と言うのが最近のウィンストンの口癖であるが、それを貴族たちの前で堂々と王子が言い放っているのだから、いつもみんな戦々恐々としている。本当にそこと同じになるわけもないだろう。


「聞かせてあげてもいいよ。鼻で笑われるだけだと思うけど」

「まあ最近、レックスへの風当たりも強いからな。もう少し内政が落ち着くまでは悪いな」

「僕が気にしてると思う?」

「全く思ってない。三人で中央にいた頃の逆風と比べれば、そよ風みたいなものだな」


 レックスは楽しげに笑ったが、それは彼の強がりではないだろう。


 家柄も身分も持たないレックスを蔑視する声はある。そんなレックスが、王太子であるウィンストンの側で大きな顔をすることが気に食わないらしく、嫌味や小さな嫌がらせは毎日のようにあるが、クリスから見ても中央にいた頃と比べれば可愛いものだ。レックスも適当に受け流しているし、周囲にもレックスのことを慕って擁護してくれる人間がたくさんいるから、特にレックスやウィンストンが何も言わなくても大きな問題にはならない。


「本当にね。あの頃は、自分の未来なんて全く想像もできてなかったな。大人になれるとも思ってなかったし」


 そんなレックスの言葉にどきりとするが、確かにクリスも自分の未来など全く想像できていなかった。


 ただレックスと少しでも長く一緒にいたいと近衛兵になったが、レジナルド王太子が成人すれば離されると分かっていた。ここにいなければ、今ごろ自分はいったいあそこで何をしているのだろう。


「たしかにレックスが生きてるのは、よほど悪運が強いとしか思えないな」

「そうだよね。ウィンストンやクリスにも何度も命を助けられたしね。他にもいろいろな人に守ってもらったな。守ってもらってもどうせ何もできないのにって思ってたけど、今は少しは働けてるかな」

「少しどころじゃなく働いてるだろう。いつもかなり助かってるよ。レックスでなければ任せられないことが山ほどある」

「本当? ウィンストンにそう言ってもらえると嬉しいな」

 

 にっこりと本当に嬉しそうに笑ったレックスに、ウィンストンは目を細める。


「私はもともと大人になったらレックスを拐ってくる予定だったよ。国を独立させてからって考えてたんだが、ちょっと早まった」

「拐ってきて死ぬまで働かせようと思ってた?」

「人聞きが悪いな」


 笑ったウィンストンはグラスに口をつける。


「たまには一緒に酒を飲む相手が欲しいからな。近くに住ませて、たまに呼びつけようと思ってた。私に敬語を使わない相手もそうはいない」

「三人でいるとつい忘れちゃうんだよね」

「人前でなければ別に構わないだろう」

「でも昔、二人だけの時と人前で口調を変えるのは面倒だってウィンストンに怒られたんだけど」

「そんなこと言ったか?」

「言った。それはそれで怒られるんじゃないかってびくびくしながら、タメ口で話してたよ」


 記憶がないのか首を捻るウィンストンに笑ってから、レックスはどこか悪戯っぽく聞く。


「大人になったらクリスのことも拐おうと思ってた?」

「どう言う意味で?」

「一緒にお酒を飲む相手でも、恋人や結婚相手としてでも」


 レックスの言葉にクリスは目を丸くしたが、ウィンストンは楽しげに笑った。


「私がクリスのこと狙っていたと思ってるでしょう」

「だって一時期は好きだったでしょ」

「若かったですからね」


 そんなことを言われて、クリスはぽかんと口を開ける。レックスに引きずられているからか、いつの間にか口調が変わっているウィンストンは、クリスの顔を見て笑った。


「勘違いしないで欲しいですが、別に狙ってたわけじゃない。ただずっと一緒にいれば情がうつるし、それなりに魅力的にも見えてくるでしょう。それでいて相手は全くこちらに興味もなければ常に無防備なんで、何度か口説いて押し倒してやろうかと思ったことはありますよ」


 クリスのことなど全く興味がないだろうと思っていたウィンストンの言葉に、クリスは固まった。クリスどころか、なんなら恋愛や女性にすら興味がなさそうに見えていたのだ。そういう意味では、完全に無防備だったに違いない。


「気持ちはすっごく分かるけど、そうしないでもらえて良かったな」

「ま、レックスの大切な女性に手は出しませんよ」


 そう言ったウィンストンがレックスを見る視線は柔らかい。ウィンストンがクリスに対してどう思っていたかは分からないが、彼にとってはレックスの方が何倍も大切だろう。レックスの側近になったのには色々と思惑があったにせよ、彼らの間にはクリスが入れないと思うような絆がある。性格や見た目は正反対ではあるが息はピッタリで、長年を一緒に過ごしてきた親友や戦友のようだ。


「クリスのことも好きですが、女性としてというよりは、人として尊敬しています。二人は本当にお似合いだと思ってますし、結婚されるのなら素直に嬉しいですよ」


 そんなウィンストンの言葉に、クリスは胸が熱くなる。中央にいた頃からずっと一番近くで見守っていてくれたのが彼だ。


 レックスは大人になどなれないと思っていたと言ったし、クリスも将来のことなど全く考えられなかったが、ウィンストンだけはこんな未来を考えていてくれたのだろう。大人になって国が独立すれば、囚われているレックスを連れ出せる——と。打算もなく真剣に考えてくれていて、実際にレックスとクリスをこの国に連れてきてくれたのだ。そのおかげで、こうして三人で友人同士のような話ができている。


「私もウィンストンのことは大好きですし、本当に尊敬してます」


 思わず熱のこもった口調で言うと、ウィンストンとレックスは顔を見合わせて笑った。


「別にとってつけたように褒めてもらわなくてもいいんだが」

「ちょっとだけ嫉妬しちゃうな。僕のことも大好きだって言ってくれる?」

「……レックスもウィンストンのこと大好きでしょう」

「それは本当にそうだけどね。それなら三人でウィンストンをかけて決闘する?」

「三人?」

「僕とクリスとウィンストンの奥方様で」

「勝手にうちのを巻き込むなよ」

「剣や魔術を使って良いなら私が勝ちますよ?」

「クリスが勝ってどうする。レックスと婚約解消して、私と結婚するのか?」


 そんなウィンストンの言葉にクリスは口を噤んで、レックスは可笑しそうに笑った。


「それは困るな。クリスがウィンストン様に心変わりしないように頑張るよ」

「……それなら私もレックスをウィンストンに取られないように気をつけます」


 クリスの言葉に二人は笑う。


 もうレックスの半分以上はウィンストンや、この国の人たちのもののような気はしているが、それでもレックスはクリスの二人の家に戻ってきてくれる。クリスとしてはそれだけで満ち足りるのだし、クリスもレックスと同様にウィンストンやこの国の人たちは大切だ。


「レックスをかけて私と決闘するか?」

「魔術を使ってもいいですか?」

「仮にも王子だぞ。そこで本気を出すな」

「剣でも勝てると思いますけど。逆になにで私に勝とうと思ってます?」


 ウィンストンに勝てるものはその二つしかないのだが、クリスの言葉にウィンストンは可笑しそうに笑った。


「だいぶ酔ってるみたいだな」

「だね」


 レックスも楽しそうに頷いて、クリスは首を傾げる。たしかに普段はウィンストンに対してそんなことを言うわけもなく、そう言われるとだいぶお酒は入っているような気はする。


「頼もしい女性が側にいてレックスが羨ましいよ」

「うん。クリスは本当に格好いいよね。酔ってても可愛いし」


 にっこりと言ったレックスに、ウィンストンは「惚気かな」と笑う。


「今日は泊まっていけばいい。部屋を用意させよう。クリスが私の部屋が良ければ私の部屋でもいいが」

「え、それは僕も行きたいな。三人で一緒に寝れる?」

「流石に狭いだろう」

「でもベッドは広そうだし、くっついて寝れていいんじゃない?」

「クリスが真ん中で寝るのなら別に私は構わないが」

「それは嫌だな。僕が二人に挟まれたいもん」

「……二人も酔ってますよね?」


 二人は同時に「そうかな」と首を傾げてから、お互いに顔を見合わせて楽しそうに笑う。あまりお酒を飲んでも酔わなそうな二人が、本当に酔っているのかどうかは分からないが、いつになく楽しげなのは間違いない。


「酔ってるのかもね。夢の中にいるみたい。すごく幸せな気分だな」


 そう言ってにっこり笑うレックスの顔を、ウィンストンが楽しそうに眺める。それを見ているだけでもクリスも本当に幸せな気持ちになったし、実際にこれ以上ないほどに幸せだ。








——fin 王子たち




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