五章 新しい王都の創立2-4
楽しく会話をしながら食事をしていると、ほとんど黙って話を聞いているだけだったヘレナが急に口を開いた。
「レックスは、誰が国王に相応しいと思う?」
唐突なヘレナの言葉にジャクソンは驚いたが、レックスは小さく首を傾げただけだった。
「ヘレナかアイザックかオーウェンか、ってこと?」
「ええ」
王はまだ決まっていない、というのは最初にレックスに伝えていた。アイザックたちはヘレナが頷きさえすれば彼女が王だと言ったが、強制するつもりはないとも言った。その場合は残り二人のうち一人が王だということだが、レックスやエイベルはそれについて言及をすることはない。彼らが何かを言えば——例えばアイザックかオーウェンのどちらかを支持すれば——均衡が変わるような気はしていたから、敢えて何も言わないのだろうと思っていたのだ。
ジャクソンたちはどうしても魔術師としてリーダーを見てしまうのだし、客観的に政治を見ているレックスの意見は気にはなる。だが、それをヘレナが自ら聞いたのは予想外だった。
レックスは特に考えたそぶりもなく言った。
「誰でもいいと思うけど」
「三人とも相応しいってこと? それとも興味ないってこと?」
率直なセリーナの言葉に、レックスは笑った。
「ここまで来ておいて興味がなくはないよ。三人とも相応しいと言えば相応しいし、なんならジャクソンやセリーナでもいいと思うんだけど」
「私?」
セリーナは目を瞬かせてから、隣のジャクソンの肩を叩いた。
「私達でもいいんですって」
「……セリーナにやらせたら色々な意味でやばそうだけど、なんでも即決しそうでいいな」
「ジャクソンだったら何ひとつ決まらなさそうね」
そうだな、と素直に認めてから、レックスを見る。
「どうせ国王は飾りのようなものだ、って仰ってます?」
「飾りは飾りでも一番目立つかざりだからね。誰が玉座に座るかで国の色は決まっちゃうと思うけど、ジャクソンやセリーナでもそれぞれ素敵な国になると思うな」
レックスはそう言ってから、ヘレナを見る。
「例えばヘレナが王様になっても、アイザックやオーウェンが一緒に国の舵取りをしていくことは変わらないし、ジャクソンやセリーナがヘレナを支えることも変わらないからね。アイザックやオーウェンが王様でも同じだと思うよ。カエルムでも、王様は一人じゃないもの」
「王様は一人でしょ」
「そうだけど、ウィンストンや他の王子もいるし、僕やエイベルだっている。ウィンストンはすごく有能で優秀な人だけど、それでも一人じゃ何もなしえないって彼は分かってるから」
たしかにそういう意味では、アイザックやオーウェンも一人で王になる気は無いのだし、誰が王になろうと一緒に歩く気がある。クラウィスの王家では、政権争いで親子や兄弟が殺し合った結果、王と王太子しか残らなかったのだと聞いているから、そういう意味でも恵まれてはいる。ここには誰も、自身が王になって独裁したいなんて人間はいないし、足の引っ張り合いのようなものも存在しないのだ。
「だから誰でもいいかな。アイザックがバランスは良さそうだけど、視線はいつも外に向いてるから、アルビオンの玉座に縛りつけなくてもいい気はするし。オーウェンは偉大な王になると思うけど、彼自身が一歩引いてるからね。彼がサポートに回ってくれるなら、それはそれでとても心強い。彼らを補佐してるグレンやリンジーやキャシー達も、みんな優秀で魅力的だし、なんなら彼らの中から王を出しても良いくらいだ。本当に羨ましいよ」
レックスの言葉を、ヘレナはじっと黙って聞いていたが、やがて口を開く。
「私が王になる利点は、アイザックやオーウェンを飾りにしなくても良い、ということ?」
卑屈にも聞こえるヘレナの言葉に、ジャクソンはどきりとしたが、レックスはゆっくり首を横に振る。
「ヘレナは王に相応しいと思ってるよ。僕には精霊は見えないし、みんなが言うようなヘレナの凄さって全然わからないんだけど、それでもみんなが慕って頼りにしてることは分かるから。みんなに愛されていて、みんながヘレナが王になって欲しいと言っているのなら、これ以上の素質はないと思う」
「でも、私には何もできないわ」
「何もしなくてもいいんじゃない? ヘレナは今のままでいいと思うけど」
レックスはそう言うと、なぜかジャクソンを見た。
「もともとジャクソンやアイザックたちが考えている国って、すごくいいと思うんだよね。魔術師がいるから軍隊は必要なくて、洪水対策として堤を造るのも、渇水対策として井戸を掘るのも魔術を使ってやればいいんじゃない、っていうの。徴兵が必要なければ国民は男手を取られる必要もないし、軍事や公共事業に充てるために徴収するお金も少なく済む。重い税に苦しんでいる人達は歓迎するだろうし、税を払えずに強制労働に回されるなんてこともない」
もちろんそれをやるにはアイザックやエヴァンのような強力な魔術師が必要だ。
どこかで貴族達が反乱を起こしたとか、他国が攻めてきたという時には、エヴァンが嬉々として出ていくだろうが、堤を作ったり井戸を掘ったりを全て魔術師でやるのは難しい。
それでも、基本的にはやれる範囲では魔術師でやればいいのではないか、という方針は変わらなかった。もともと貴族達がやっていたような領地の運営が良きにせよ悪きにせよ従う必要もなく、魔術師が国を取ったことで困っている場所があるのならその責任を取るべきだ、というのが皆の考えではある。その現状をみるために、アイザックは頻繁に外に出ているのだ。
「魔術師を前提としてるから、全く普通の国とは違ってうまくいくかは分からないけど。でも、徴兵も重税もなければ、国なんかなくても生きていける人が大半だからね。他国から攻めてきた場合とか、災害で困った時とか、身寄りのない老人や子供への救済とか。そこだけ考えて、あとは余計なことはしないのが一番だよ」
レックスは軽く笑った。
「王様もね。色々な王様はいると思うけど、あんまり余計なことをしないで皆んなを『いってらっしゃい』って送り出せばいいんじゃないかな。カエルムの国王陛下なんて、たまにウィンストンに『あとは任せた』って言って本当にどっかに行っちゃうしね」
「その王様、自由すぎない?」
セリーナはそう言って目を丸くしたが、レックスは笑う。
「でもアイザックが王様になったらやりそうだよね」
「たしかに。オーウェンがブチ切れるやつね」
「セリーナが王様になってもやっちゃうでしょう?」
「私だったらそもそも最初から『全部任せた』って感じだけど」
「それはそれで潔くて好きだな。でもセリーナだったら『全部任せろ』って言ってくれそうだけどね」
「魔術をぶっ放して解決する話ならね」
はは、と笑ったレックスは、ヘレナを見て言った。
「好き勝手なこと言ってごめんね。僕も子供の頃は将来王になるって言われてたと思うけど、嫌だったか楽しみだったのかもあんまり覚えてないんだよね。こんな意見もある、ってくらいで聞き流してくれると嬉しいんだけど」
ヘレナはじっとレックスを見ていたが「分かった」と頷いた。
「ありがとう」
「ううん。ヘレナは王に対してどんなイメージを持ってるの?」
「分からないわ。みんな、私が王になっても何もしなくていい、ってことしか言わないから」
「何もしなくていい、っていうより、今のままのヘレナでいいってことじゃないかな。仲間たちの意思を尊重して、いろいろな意見に耳を傾けて、みんなが平和に暮らせることを願っている。それが当たり前に出来る人ってなかなかいないし、だからこそ皆がヘレナを王にと推すのかなって思ってたよ」
そう語ったレックスに、ヘレナは僅かに目を伏せる。
「本当だったら、きっといちばんレックスがこの国の王に相応しかったのに」
ヘレナが急にそんなことを言ったので、レックスは不思議そうに首を傾げた。
先ほどレックスが語った言葉は、すべてレックスにも当てはまることなのだし、仮に彼が魔術師であったなら、彼を王にと言う声は必ず上がったはずだ。
だが、そもそもレックスはクラウィスで王子の代わりとして動いていた。彼がもし本物の旧国の王であったのなら、きっと魔術師を迫害するなんて法律は作らなかっただろうし、今頃は人々は魔術師たちと仲良く暮らしていたはずだ。
それは国民の中でもはるかに少数派である魔術師が玉座に座り、魔術師達が魔術を使って国政を行うよりもずっと自然な形であったはずで、なんとなくヘレナの言葉もそれを言っているのではないか、とジャクソンは思ってしまった。
本当にこんな国が上手くいくのだろうか、という不安は常に付き纏っているのだ。
レックスは首を傾げていたが、ヘレナがそれ以上何も言わなかったので、にっこりと笑って答えた。
「ありがたい言葉だけど、僕には帰る家があるから」
「うん」
「でもどこにいても、僕に出来ることがあれば遠慮なく言って欲しいな。帰る家は別の場所になっちゃったけど、少しだけの間はここも僕の国だったんだよね」
真剣な顔で言ったレックスの言葉に、ジャクソンは嬉しくなったし、ヘレナも真剣に頷いた。
「うん。ありがとう」