五章 新しい王都の創立2-3
「可愛いでしょう」
にっこりとセリーナに笑いかけられ、ジャクソンは曖昧に頷いた。
青い染料で染められた藍色のワンピースは、セリーナとヘレナがお揃いで作ったものらしい。同じように華奢で肌の色が白くて、二人揃って並んでいると本物の姉妹のようだ。金髪の色味はセリーナが金色に近く、ヘレナは白に近くで違うものの、同じようにサイドだけ編み込まれて髪飾りがつけられている。
ヘレナは背が伸びてセリーナとほとんど変わらない身長になっていたし、服も首元が開いて袖のない大人っぽいものだ。彼女たちの瞳の色に合うような青色と、すとんと下に流れるスカートも涼しげで、一気に雰囲気が変わる。
「似合わない?」
ヘレナに不安げに見上げられて、ジャクソンは慌てて首を横に振った。
「いや、綺麗だなと思って見てただけだよ」
「良かった」
そう言ってふわりと笑った唇には僅かに紅が塗られている。
いつも幼い子供のように見てしまうのだが、こんな格好をすると女性らしく見えてどきりとしてしまう。もともと彼女は綺麗なのだ。どうしても周囲にいる精霊たちの力強さに目がいってしまうし、彼女を取り囲む精霊たちの雰囲気とも相まって近寄りがたさを感じてしまう魔術師が多いようだが、ヘレナ自身も魅力的な女性ではある。
派手に主張するような美人というわけではないが、全体的に整っているし、青い瞳は吸い込まれそうなほどに澄んでいる。じっと見てしまっていると、セリーナの笑い声が聞こえて慌てて視線を逸らした。何を笑ったのか、彼女はヘレナの髪飾りを触って位置を整える。
「綺麗だって。良かったわね」
ヘレナのことを子供にしか見えないとジャクソンが言っているからか、どうもセリーナはヘレナの大人っぽさをジャクソンに見せつけているような気がする。別に子供だろうと女性だろうとヘレナはヘレナなのだが、こうして綺麗な格好をしたヘレナにどきりとしてしまうあたり、完全にセリーナに遊ばれている。
「……そろそろ出るか?」
ジャクソンの言葉に、セリーナは軽く肩をすくめて部屋を出た。ヘレナも真新しい靴を履いて外に出る。
今日はレックスに食事に誘われており、ヘレナやセリーナも一緒に食事を取ることになっていたのだ。綺麗に着飾っている彼女たちに対して、ジャクソンはさほど普段と変わらない格好だ。良いのだろうかと思いはするが、ダメと言われたところで着る服などない。レックスも特に気にはしないだろう。
「私は?」
「なにが?」
歩きながら聞かれて、ジャクソンは首を捻る。
「似合ってる?」
「完璧に綺麗な女性に見えるよ。色々と詐欺だよな」
「何が詐欺なのよ」
後頭部から思いきり頭を叩かれて「痛い」と呟く。
ジャクソンはもう見慣れているので落差はないが、セリーナは見た目にはヘレナよりもずっと清楚で大人しそうに見えるらしい。こんな綺麗な格好をしていると本当に美人なのだが、これで暴言を吐いたりすぐに手が出る。クラウィスでもエヴァンと張り合えるほどに派手に魔術をぶっ放していた。
「ま、別にジャクソンに綺麗に見えようが不細工に見えようが、心底どうでも良いけど」
「なら聞くなよ」
そう言ったジャクソンに、ふふ、と笑ったセリーナはとても綺麗だった。
もともと女性らしい彼女だが、最近は特に綺麗に見える。
アランがいるから、と言ったヘレナにジャクソンはとても驚いたのだが、どうもセリーナはアランのことが好きなのらしい。今日のこの格好も、半分はヘレナをジャクソンに見せるためで、半分は自分を彼に見せるためなのだろう。
ひどい怪我をして倒れた彼女を助けたのがアランなのだ。本来であれば処刑のために軍に引き渡すところ、動けない彼女を連れて軍を離れ、傷が癒えるまで匿ってくれた。そのせいで重い懲罰を受けたなんて話も聞いたから、気軽に助けたわけでもあるまい。なんら見返りも求めず、最後は遠いアルブにまで送り届けてくれたアランに、セリーナが惚れる気持ちはよくわかる。男であるジャクソンから見ても、アランはとても格好良いのだ。
カエルム国でも要人であるレックスの護衛の長として、部下たちをまとめ、こちら側とも色々な調整をしているし、レックスやエイベルからの信頼も厚い。先日からは仲間に剣を教えて欲しいというオーウェンからの頼みを受けて、部下たちと一緒に手が開く時間に稽古をつけてくれているらしいが、本当に強くて礼儀正しく優しいのだとウォルターが興奮しながら語っていた。
アイザックはカエルムで彼の部隊と一緒に戦ったらしいし、クラウィスを攻略する際にはオーウェンの護衛にもついていてくれたと聞く。二人が二人ともアランは強くて頼れるのだと口を揃えて言うのだから、ジャクソンなどから見たらまさに彼は雲の上の人間だ。セリーナなど全く相手にされないのではないかと、勝手に妙な心配をしてしまっているのだが、だからと言ってそれで挫けるようなセリーナでもない。
実際、アランの部屋に出入りできてるようではあるから、うまくやっているのだろう。
レックスたちのいる屋敷に向かうと、入り口のところにアランが立っていた。常にピンと背筋の伸びた姿勢と軍服に身を包んだ長身は、一見して高圧的にも見えるが、要人の護衛としては好都合なのだろう。それでも、こちらの姿を見るとすぐに彼の目元は柔らかくなるから、全く嫌な感じはしない。
「足を運ばせてしまってすまないな」
「とんでもない。お招きいただきありがとうございます」
「レックスが楽しみにしてるよ」
そう言って三人を案内してくれるアランに、セリーナが後ろから声をかける。
「似合ってる?」
「なにが?」
「この格好」
そう言ってワンピースの襟元を摘んだセリーナを、アランはちらりと振り返る。少し考えるような間を置いてから、軽く頷いた。
「ああ。二人とも綺麗だな」
ヘレナとセリーナの二人とも、ということなのだろう。わざわざ二人といったあたり、単なるリップサービスではないかとジャクソンは思ってしまったが、それでもセリーナは嬉しそうに笑った。
部屋に案内されると、レックスとクリスが中で待っていた。婚約しているという二人は、とても仲の良い恋人同士のようで、いつも楽しげに会話をしている。
レックスはヘレナたちを見て「わあ」と目を丸くする。
「二人ともお揃いでとても綺麗だね。姉妹みたいだ」
そう言って楽しそうに笑う顔は、周りを明るくさせるものがある。とてもお世辞とは思えないような口調に、セリーナはにっこりと笑ったし、ヘレナも少し恥ずかしそうな顔をした。
「私だけこんな格好ですみません」
レックスとクリスはいつもよりラフな格好に見えなくとないが、そもそも身につけているものがジャクソンたちとは全く違う。ジャクソンの言葉に、やはりレックスは楽しげに笑う。
「いいよ、ぜんぜん気にしないで。アランなんて軍服でしょう?」
「これはこれで正装ですよ。国の晩餐会にも出られます」
アランはジャクソンたちに席を案内してから、自身も席についた。
「それなら軍の内部で晩餐会みたいなことしたら、みんな軍服なの?」
「それはもちろん。全員、黒くて地味で、そのぶんお偉い方々の勲章が目立つようになってます」
「だからあんなにきらきらしてるんだ」
「でしょうね」
そんなことを言ったアランの軍服は黒くて地味で目立たないものだ。護衛という立場であれば勲章などつけて歩かなくて当然だろうが、もし彼がこちらの国の軍人なら、今ごろ持ちきれない数の勲章をぶら下げているはずだ。
レックスとアランはいつも親しげで、一緒に食事を取ることからも、単なる護衛というわけではないのだろう。レックスはアランと笑い合ってから、ジャクソンたちを見る。
「来てもらってありがとう。ジャクソンとは話す機会はあるんだけど、ヘレナやセリーナとはなかなかそんな時間がないから。わがまま言ってごめんね」
たしかにレックスは朝から夜まで、アイザックやジャクソン達と話をしている。国を作るにあたっていろいろな検討をしているが、そこで一緒に食事もとるのでそれなりに話が出来ていた。気さくなレックスは色々な話をしてくれるし、こちらの話も楽しそうに聞いてくれる。
「私もレックスにお礼を言いたかったから。アランと会えるようにしてくれてありがとう」
「僕は何もできてないよ。アランがね、セリーナと会いたくて必死に頑張っただけだよ」
そんなことを言ったレックスが悪戯っぽく笑って、セリーナもそんなアランを凝視したから、アランは苦笑するようにする。返す言葉に困ったからか、前にジャクソンが言った言葉を彼は口にする。
「セリーナの好みはエヴァンだそうですけどね」
そんなことを言ってはセリーナに怒られるのではないかとジャクソンは密かに首をすくめたが、セリーナは軽く肩をすくめただけだった。前にアランからも聞いていたのだろう。
「顔だけね。でも、顔面ならエヴァンよりレックスの方が何倍も格好いいわよ。見たことないほど綺麗だし、家にずっと飾っておきたいくらい。肖像画を描いて売れば、美術品として高く売れると思うんだけど」
真剣な顔をして言ったセリーナに、レックスは楽しそうに笑った。
たしかにレックスは綺麗な顔をしている。美しいと有名だった王子の代わりをしていたらしいから、顔も重要だったのだろう。隣にいるクリスも可愛らしいし、女性にしては短く髪を揃えているのだが、その分凛々しさが際立っている。二人で並んでいると、良くできた人形のようだ。それでいて二人とも良く笑っているので、そこだけ光が当たっているようにぱっと明るい。
「ロジャーにも同じこと言われたことあるよ。彼は本当に絵描きを連れてきたけどね」
「描かせてあげたの?」
「あんまり時間がかからないならいいよ、って言ったら、デッサンだけしてたみたい。持ち帰ったみたいだから、完成したやつは見てないけど」
レックスはそう言って笑ったが、アランは呆れたような顔をしていた。だが、それは本当に羨ましい、と声を出したセリーナに、レックスはさらに笑う。
「そういえば、セリーナってちょっとロジャーに似てるよね」
「は?」
アランが驚いたような声を出す。
「見た目と中身が全然違って、二人とも色々な意味ですっごく強いじゃない。ロジャーもセリーナもある意味で無敵だよね。それで二人とも僕の容姿を褒めてくれるんだけど、結局はアランのことが大好きなんだよね」
レックスの言葉にアランは首を捻るようにしたが、セリーナは身を乗り出した。
「ロジャーって、男の人が好きな人だったりする?」
「……あいつは生粋の女好きだよ。セリーナも会うたびに口説かれてるだろ」
「そうだけど、レックスの顔が好きで、体はアランが好きなんでしょ?」
「その表現は違うだろ」
「そう? 私はアランの体は好きだけど。鍛えられた筋肉が格好いいわよ」
そう言って、隣に座っているアランの胸をぽんぽんと気軽に叩くから、アランはやはり呆れたような顔をした。
「……たしかにこの傍若無人ぶりはロジャーにそっくりかもですね」
アランの言葉に、レックスは楽しそうに笑った。
「でしょ。アランも結局、そんな二人のことが大好きなんだよね」
「そうだとしたら、我ながら趣味がおかしくないですか」
「そうかな。二人とも僕も大好きだけどね。もちろんアランのことも」
にっこり笑ったレックスも、ある意味で無敵ではあるだろう。傾国とでも呼べそうな顔と完璧な笑顔で、大好きと言われれば相手が誰でも落ちる。敵対する気にはなれないはずだ。




