五章 新しい王都の創立2-2
クラウィスで国王たちの処刑を発表し、アルビオンに戻ってきたが、いまだに新しい国の創立を宣言したわけではない。
王がいなくなろうと国がなくなろうと、大半の人々はそのまま生活している。田畑を耕したり商いをしたりするのに、国など関係ないのだろう。困っているのは国から金をもらっていた貴族や役人や軍人たちだろうが、貴族たちは自分の領地に身を寄せているようだし、軍人は続々と国を抜け出している。彼らには魔術師に対して恨みを買っているという自覚はあるのだろう。魔術師を見ても襲ってくるどころか、脱兎の如く逃げ出すのだ。
ひとまずは目の前に敵がいなくなったことで、自分たちの国を建てようというつもりはもちろんあるのだが、あまり具体化はしていない。これからどうしていくか、というところを話しているような段階で、そもそも王すら決まってないのだ。
内部で議論をしても色々と平行線で、何一つ進んでいないような気がしていた。まずは王でも決めるかと言われても、オーウェンとアイザックで支持者は二分するし、その二人はそもそもヘレナを推している。ヘレナはそれを頷きはしないのだし、ジャクソンも頷ける気はしない。ならば他から決めようかと言ったところで、課題は山積みすぎて何から手をつければ良いのか分からない。
そんな状態でアイザック達が助けを呼んだのが、エイベルだった。
「レックスとエイベルに挨拶に行くぞ」
オーウェンに声をかけられて、ジャクソンは慌てて立ち上がる。
エイベル=スペンサーというのは独立したカエルム国で、古くからヘンレッティ王家に仕えている貴族らしい。それでいて代々、魔術師を輩出しており、ひそかに魔術師として仕えてもいると聞く。今回、魔術師たちの独立にもかなり力を貸してくれたと聞いているし、カエルムが大規模な支援をしてくれたのも彼との交渉の結果だと言っていた。
そしてレックスというのは、カエルム国の王家に近しい人物らしく、アイザックやオーウェン達が世話になった相手だと聞いている。もともとクラウィスの王家に仕えていたというレックスは、王子の身代わりを勤めていたらしく、エヴァンが襲撃したのも本物の王子ではなく、レックスだったのだ、と聞かされていた。
そんな人物が魔術師たちに協力的だというのはよく分からないが、アイザック達は信頼できると言っている。
ジャクソンの想像する王族や貴族というと、クラウィスで王宮を押さえた時の国王や元帥などを想像してしまい、偉そうで恐ろしい人物しか浮かばない。アルビオンまでやってくる二人は、実際にカエルム国の王家の側近として国を動かしている重鎮と聞くから、こんな格好で会っていいものかと首を捻ったが、オーウェンは全く気にした様子もない。
緊張しながら向かうと、彼らのために準備した区画に馬車がついていた。
当然だが護衛も多く来るとのことで、エイベルとレックス達に使ってもらう屋敷と、周辺に護衛たちが暮らせるような家を開けて、彼らが安心して滞在できるような配置にはしている。とはいえ、クラウィスの王宮のような立派な建物は準備できないのだが、「安全以外の配慮は不要」と先方から言われているらしい。
馬車の周りには軍服を着た兵士と、彼らを迎えに行ったアイザック達がいる。そして兵士たちに囲まれるようにした中央には、兵士たちとは違う格好をした若い男性が立っている。彼がエイベル、もしくはレックスなのだろうかと思っていると、急にオーウェンが声を出した。
「久しぶりだな、アラン」
そう言ってオーウェンが近づいたのは背の高い軍人で、彼の姿を見て何故かジャクソンはどきりとした。
心拍が急に上昇した感覚に、どこかで彼に会ったのだと思い出す。そしてアランという名前もどこかで聞いたことがある気がして、じっと見ていると、ふと記憶が一致した。
鍛えられた長身に、軍人らしい黒い短髪。全体的に彫が深い顔立ちをしており、鋭くも柔らかくも見える印象的な目元。暗がりだったが、ジャクソンを助けてくれた兵士はこんな顔をしていた気がするし、エヴァンが王子を襲撃した時にセリーナが魔術を使った軍人も、同じ人物だったはずだ。そしてセリーナは助けられた男性のことを「アラン」と呼んでいた。
クラウィスの近くで兵士をやっていたはずの男性が、なぜこんなところにいるかは分からないが、見れば見るほど勘違いではないような気がした。彼はオーウェンと親しげに言葉を交わしてから、そしてレックスと呼ばれた男性を交えて三人で会話をする。
レックスと呼ばれた若い男性は、ジャクソンよりも年下に見える。柔らかな物腰もあるが、久しぶりと言って嬉しそうにオーウェンと言葉を交わす笑顔も、全く偉そうでも怖そうでもなく、本当に良い人そうに見えた。
それに安堵しながらも、全身は緊張で強張ったままだ。レックスというよりアランが気になって仕方なく、セリーナを助けてくれた彼であればなんとか話しかけたいと思っていると、いつの間にかその本人から怪訝そうな視線を向けられていた。
「何か?」
声を投げられ、思わずびくりと体が震えた。あまりに凝視してしまったからだろう。
「どうした、ジャクソン」
オーウェンに声をかけられて、やはりどきりとする。
そもそもジャクソンはレックスとエイベルに挨拶をすると言われて連れてこられている。賓客である彼らに挨拶をする前に、護衛に見える男性に挨拶をするわけにはいかないだろう——と。
そう考えていると「ジャクソン?」とアランが言った。それは名前に聞き覚えがあるというような声で、ジャクソンは我慢できずに声をかけた。
「あの、セリーナのことを助けてくれてありがとうございます。それから俺のことも、ヘレナのことも」
アランは一瞬ぽかんとした顔をしたが、やがて笑った。
「セリーナに脅されて逃がしてやった金髪か」
彼がジャクソンのことを覚えていてくれたことが嬉しくて、何度も頷く。するとオーウェンに声をかけられた。
「知り合いか?」
「クェンティンに売られた俺を助けてくれて、セリーナをアルブまで届けてくれた方です。初めて会った時には、ヘレナを見逃してくれた」
ジャクソンの言葉にオーウェンは驚いたような顔でアランを見る。
「なんか色々やってんな」
「どうも魔術師たちには縁があるらしいな」
そう困ったように言ったアランは、確かにヘレナが精霊たちに気に入られていると言っていた。意味は分からないが、彼は何度もジャクソンたちを助けてくれたし、いまこうして精霊たちの聖地であるアルビオンにレックス達と足を運んでいるのだ。縁があるには違いない。
なぜか視界が潤んできたので、ジャクソンは慌てて袖で涙を拭った。
「セリーナを助けてくれて本当にありがとうございます。怪我をした彼女を置いてきたのは俺なので……本当にすみません。お礼を言いたいとずっと思っていたので、お会いできて本当に嬉しいです。ありがとうございます」
ジャクソンを助けてくれたこともそうだが、セリーナを助けてくれたことは本当にジャクソンたちにとって救いだった。あのまま彼女が戻ってこなければ、一生、ヘレナと二人で後悔や懺悔をし続けていただろう。
「別に、拾って届けただけだよ。そもそも俺に礼を言う必要は全くない。俺も軍人の一人だ」
そう言ったアランの声は思ったよりも苦い。
謙遜しているというより、実際にそう思っているのかもしれない。軍人たちは魔術師を捕らえてきたのだし、ジャクソンも彼らの隊に引き渡された。ヘレナたちが助けに来てくれなければ、そのまま彼の手で処刑場まで連れて行かれていたはずだ。だからと言って、それが彼の望みだったかといえば、そんなはずはないだろう。
最初に会った時にはセリーナの魔術を受けて怪我をしても、小さなヘレナを傷つけることはしなかったし、ジャクソンのことも助けてくれた。軍人にとっては手柄をみすみす逃すことで、もしくは自身が処罰されかねないことだろうが、それでも逃してくれたのだ。セリーナについては反対する仲間を振り払い、わざわざ軍を離脱してまで、アルブに届けてくれたと聞いている。
彼にとっては、魔術師を捕らえることという命令はきっと承諾しかねることで、それでも命令に背くことができなかったのだとしたら、それは不幸なことだったに違いない。
「それでも俺たちを助けてくれましたから」
強く言ったつもりの言葉が、泣きそうな声になってジャクソンは焦った。
困ったような顔をしたアランと、呆れた顔をしているオーウェンに見下ろされ、ジャクソンは涙で滲む瞳を隠すためにも深く頭を下げて顔を伏せる。
「本当にありがとうございます」




