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五章 新しい王都の創立2-1


 予定よりずいぶん早く戻ったジャクソンたちを見て、オーウェンは驚いたような顔をした。


「どうしたんだ、その怪我」


 オーウェンの言葉にアイザックはジャクソンを見たが、怪我をしたのはジャクソンだけでなくアイザックもだ。ジャクソンはばっさり切られた頬を布で押さえていたが、彼の右腕にぐるぐると巻かれた包帯にも血が滲んでいる。


「相手が子連れだったんで油断した。どうも誰かにけしかけられたらしいな」


 そう言ったアイザックは、視線を後ろに移す。拘束された男性とまだ十歳くらいの娘がいる。


 子連れというよりも、そもそも最初に襲ってきたのは女の子の方だった。彼女に話しかけられたアイザックが小さな刃物で腹を刺されそうになり、咄嗟に防いだ腕に怪我をしたのだ。慌てて彼女を拘束しようとしたジャクソンも、急に男性が振り回した剣が掠って頬を切った。さほど深い傷ではない気はするが、場所が顔だけに目立つし、なにより痛い。喋るとさらに痛いので、黙ってアイザックに説明を任せていた。


「ヘレナを呼んできてくれ」

「別にいいよ。俺らが診療所に行くから」


 アイザックの言葉に、ジャクソンも頷いた。それはそれは傷が痛んで眉を寄せると、オーウェンは首を傾げる。


「怪我をしたのはアイザックとジャクソンだけか?」

「ああ。他は無事だ。ウォルターに助けてもらったよ、ありがとう」


 アイザックの言葉に、オーウェンは眉を上げてウォルターを見た。そこでウォルターが誇らしげに親指を上げたから、オーウェンは苦笑する。


 がむしゃらに剣を振り回す男から、冷静に剣を叩き落としたのは彼だった。仲間たちがそばにいて咄嗟に魔術は使えない状況だったから、剣の達者なウォルターがいてくれて助かった。


 実際、彼はアイザックやカーティスの護衛だと言ってついてきているのだ。オーウェンは単に外に出たいだけだろと言っているが、一緒に行くジャクソンなどからしてもウォルターの存在は心強かった。これまでのように遠くから魔術をぶっ放すわけにもいかないから、同行するジャクソンも常に剣を持ち歩いている。いざとなったら自分も仲間を守るつもりではいるのだが、それでもいざとなれば自分より小さなウォルターの方が何倍も速い。


「そりゃすごいが、どうせ助けるならこの二人に怪我をさせる前にしてもらえるともっとありがたいな」

「さすがのウォルターでもそれは無理だよ。俺が自分から近づいたんだから」

「……それは反省してるのか?」

「反省はしてるが、難しいな。みんなに話を聞きたくて出向いてるんだから、そう警戒して距離を取るわけにもいかない」


 アイザックの言葉に、オーウェンは顔を顰めたが何も言わなかった。


 外に出るなら気をつけろと何度も言われてはいるが、そんな議論も今さらだ。実のところ襲われたのも初めてではないが、それでもアイザックは外に出るのだし、オーウェンもその必要性は理解している。


 よりにもよってアイザックが出なくても、というのはあるのだが、アイザックがいるからこそ気兼ねなく遠出できるという面もあるのだ。今回のように不意を突かれれば小回りのきくウォルターの出番だが、正面で軍隊に待ち伏せでもされればアイザックの魔術の出番だ。


「彼らをけしかけたのは誰か聞いたか?」

「さあ。領主の類か末端の役人か。税を払えないのなら魔術師を殺してこいって言われたらしいが、とても本気とは思えないな。言った方は単なる冗談で、彼らが鵜呑みにして行動するとは思わなかったのか。もしくは単に俺らに対する腹いせか」


 親子に聞こえないようにだろう、アイザックは少しだけ声を落としていった。


 単なる冗談にせよ本気のセリフにせよ、それを言われたところで、それを実行する気持ちはジャクソンには理解はできない。魔術師たちの集団に二人で剣を向けたところで、すぐに取り押さえられるに決まっているし、普通はその場で殺される可能性の方が高いと思うのではないだろうか。


 ——だが、それでも小さな剣を手にして向かわなければならなかったのなら、よほど追い詰められていたのだろう。取り押さえられた父親は「娘の命だけは助けてほしい」と泣きながら懇願したし、娘の方は自分で刃を向けたにも関わらず、怪我をしたアイザックを見て恐怖に凍りついていた。こちらに恨みがあったわけでも、命を捨てにきたわけでもあるまい。


「なんにせよ外の状況も含めて色々と話を聞こうと思って連れてきた。別に怒ってないと言ってるんだが、二人ともかなり怯えて口を開かないんだ」

「まあ、斬りつけた初対面の相手に怒ってないと言われてもな。しかも、こんなところまで連れてこられたんじゃ、どう考えてもいい想像はできないだろうよ」


 オーウェンは周りを見回して肩をすくめる。アルビオンはたくさん人が集まった賑やかな町だし、見た目にも魔術師ばかりだ。


「仕方ない。ジャクソンの顔に傷をつけた分くらいは、多少の不自由には目をつぶってもらおう」

「たしかに、ヘレナを泣かせる罪は重いな」


 二人に言われてジャクソンは苦笑する。そんなことを言っていると、本当にヘレナが走ってきた。息を切らしてやってきた彼女は、まっすぐジャクソンのそばに来る。


「ジャクソン、大丈夫?」

「ああ」


 なんとか答えてから、ジャクソンはアイザックの怪我の方を示す。ジャクソンの方が目立つところに怪我をしてはいるが、傷自体は彼の方が深いはずだ。アイザックも普通に話しているが、痛みは我慢しているに違いない。だが、アイザックは軽く首を振る。


「いいよ、俺はあとで。よく怪我に気づいたな」

「ジャクソンが帰ってくるのが見えたから。二人とも痛そう」


 彼女は僅かに細い眉を寄せる。ジャクソンとアイザックをそれぞれ見てから、アイザックの腕をとった。


水の民(ウンディーネ)、治してくれる?」


 じっと動かないでいたアイザックが、なぜか笑った。それを見てオーウェンが首を傾げる。


「どうした?」

「いや。ヘレナ、ありがとう」


 アイザックはそう言って頭を下げてから、オーウェンに答える。


「ヘレナに魔術を使ってもらったことあるか?」

「ないな。違うか?」

「なんかもの凄いぞ。自分が使う水の民(ウンディーネ)は本当に気休めなんだと分かった。明日にはすっかり治ってそうな気がする」


 彼は包帯の巻かれた腕をさすりながら、レベルが違いすぎて思わず笑えた、と言った。たしかにヘレナの使う水の民(ウンディーネ)は他の魔術師が使うものとは全く違う。


「それはないわ。また明日この子に治してもらうから、診せにきてくれる?」

「そんな光栄に預かれるのなら喜んで」


 アイザックに頷いてから、ヘレナは手のひらをジャクソンの手に重ねた。右手はずっと布で頬の傷を押さえるようにしていて、そのまま馬に乗ってきたから腕の方もかなり疲れて痺れたようになっていた。彼女の熱い手のひらはジャクソンの手に心地よい。


 彼女が精霊の名前を呼ぶと、体中が熱くなるような感じがして、そして怪我をした頬に熱が集まった。自分の治癒力が極限までに高まったかのように、再生していく感覚があるのだし、先ほどまで少し動かすだけでも痛んでいた痛みが薄れる。


 彼女がそっと手のひらを外したので、ジャクソンも一緒に上げ続けていた手を下ろした。頬の痛みが薄れると、腕の痛みの方が限界だったのだ。傷が見えたからか、ヘレナは眉を寄せたし、オーウェンも嫌な顔をする。


「ばっさりやられたな。運がいいのか悪いのか」

「良かったのはジャクソンの反射神経だろうな。俺ならもっと深刻な怪我してた」

「オーウェンなら避けてたよ」


 そんなことを言ったジャクソンの頬を、ヘレナが水の民(ウンディーネ)で濡らした布でそっと拭う。側でジャクソンを見上げる彼女の瞳が心配そうなものに見えて、大丈夫だよ、と言う。


「今度は気をつけるよ。ウォルターを見習ってちゃんと周りを見るようにするから」

「見習う相手がウォルターかよ」

「そう言われると俺もウォルターを見習わないとな」


 実際、いちばん幼いウォルターがいちばん冷静に対応していた。アイザックの言葉にウォルターは胸を張る。


「アイザックもジャクソンも鈍臭いからな」

「二人がお前の何倍もどんくさいのは分かってる。次は怪我をさせないようによろしく頼むよ」

「頼りにしてるよ」


 オーウェンとアイザックの言葉に、ウォルターは嬉しそうな顔をする。


 魔術師ばかりが集まったアルビオンで、魔術を使えないウォルターは何かしらの不自由や、疎外感のようなものを感じてもおかしくない。だが、彼はジャクソンたちにとっても同じ家に暮らす家族の一人なのだし、外に出る時にも頼りになる用心棒だ。


「本当に気をつけてね」


 ヘレナに真剣な瞳で見上げられ、ジャクソンは頷く。


 アイザックが頻繁にアルビオンの外に出るのは、人々がどのような暮らしをしているのか、人々が魔術師のことをどう考えているのか、王家が倒れたことをどう感じているのかを知るためだ。


 そもそも見た目にも魔術師だと分かる集団がやってくれば、ぎょっとした顔で引っ込んだり、逃げ出すような人々も多い。そうした場所ではせいぜい遠くから人々の暮らしを見ることしかできないが、そうでなく受け入れてくれたり、色々と話をしてくれたりする人もいる。もしくは国王が殺されたことを知らずに、ジャクソンたちを見て「兵士に見つかるのではないか」と心配してくれる人も中にはいた。


 彼らが何を考えているのかは話してみないと分からないのだし、話を聞くのに警戒して近づかないわけにもいかない。今回は運悪く刃物を向けられたが、それはそれで相手が置かれている状況や、自分たちをどう考えているかを知る機会にはなるのだ。


 

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