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五章 レックスの護衛8


 彼らは朝から晩まで休憩や食事を挟みながら話をして、集会所を出た。アランは周囲を見回って護衛の配置などをちょこちょこと指示したが、あとはほとんど突っ立っていただけだ。疲れたと目をこすりながら歩いているオーウェンに、アランは「お疲れ」と声をかけてやる。


「レックスとエイベルはすごいな。あれだけ喋ってまだ喋りたりなさそうだったぞ」

「俺やオーウェンとは鍛え方が違うからな」

「まあ、確かに俺たちと鍛えてるところは違うに違いないな」


 そう言って彼が拳を握ると、綺麗な腕の筋肉が動くのが見えてアランは笑った。どう見てもオーウェンはアランと同じ軍人寄りで、レックスなどと同じように政治をやりそうには見えない。


「そんだけ魔術が使えるのに体を鍛える必要があるんだな」

「そりゃ、魔術だけだとこの距離ではアランに手も足も出ないだろう。といってもアイザックなんかはそれも魔術で補おうとする方針のようだが」

「補えるのか?」

「アイザックならな。他の連中はそういうわけにはいかないから、体を鍛えさせて剣を教えてる。なんならそっちはアラン達に教えてもらいたいな。俺はここじゃ相手がいないんだが、アランの部下達にも勝てないだろうからな」


 そんなことをオーウェンが言ったので、アランは軽く頷いた。


「そりゃ、魔術も使えない俺らが負けるわけにはいかないな。俺らもしばらくここに留まるなら体は動かしたい。レックスが良いと言えばむしろ有難いな。護衛で突っ立ってるだけというのも意外と退屈でつらいんだ」

「レックスに頼んでみる。ありがとう」


 オーウェンはそう言って珍しく真剣な顔をして頷いた。


「個人的な話で申し訳ないが、それが実現すればアランやロジャーに俺の息子に会ってもらいたいと思ってるんだ」

「子供がいるのか?」

「ヘレナとそんなに年も変わらないデカいのがな」

「まじか。全く見えないな」


 年上ではあるがオーウェンはさほど年齢も離れていなかったはずだ。見た目はアランと変わらないくらい若く、そんな大きな子供がいるようにはとても見えない。


「ろくに子育てもしてないからな。今もジャクソン達に頼んでるし、父親と言えるかはだいぶ怪しいがとりあえず血は繋がってる」

「オーウェンの子供なら、それこそ美少年そうだな」

「単なる生意気なガキだよ。見た目はともかく、あいつ全く魔術を使えないんだよな」

「ふうん?」

「いいな、その軽い反応」


 首を傾げたアランに、何故かオーウェンは笑った。

 

「それがどうした、って思っただろう。アランはそもそも魔術なんか使わなくても十分に強いし、どこでだって生きていける。だが、こっちじゃ哀れむような顔をされることも多いからな。魔術を使えるからって国に殺されていたところで、それでも魔術師は魔術を使えることを誇ってる。魔術師としての腕がそのまま偉さみたいなところもあるからな。俺やアイザックがいい例だ」


 軍人でいくと剣の腕がいくら立ったところで、将軍にはなれないのだからアランにはピンと来ない話だ。だが、そうした尺度の世界であれば、魔術を使えない彼の息子に対する風当たりが強いだろうということは容易に想像がつく。


「もともと剣なんかはやってたが、俺が真面目に体を鍛え始めたのはあいつが魔術を使えなさそうだって思った頃からだよ。ろくに魔術が使えなくても戦う術がないとと思ったからだが、正直なところ俺に理解はできてない。ひどい親だと思うが、未だに魔術をぶっ放せる方が強くて偉いと思ってるところはあるしな」


 実際、魔術師の何人分も、それからアランら兵士たちの何十人分もオーウェン一人で戦えるのだ。魔術師として一流すぎる彼が、魔術を使えない子供の気持ちが分からなくてもある意味では仕方がないはずだ。


「俺らなら魔術を使えない人間の気持ちが分かるだろうって?」


 むしろ魔術を使えないのが当たり前のアラン達には逆に理解できない世界ではないかと首を傾げたが、オーウェンは笑って首を横に振った。


「いや。単純に俺がすごいと思ったからな。魔術を使って正面からぶつかっても勝てないかもしれないと思った相手だ。魔術を使えるからこっちが強くて偉いだろ、とはアランやレックスに対しては言えないし、全く思えもしないよ」


 レックスの名前が出てくるのは、強さというのが単に戦場での強さというだけではないということだろう。


「騎馬での合戦を見せられる機会はないだろうが、ロジャーなんかは剣を振り回すだけでも格好いいだろう。あいつにも見せたいと思っただけだよ」

「ロジャーは色々特別だからな。あまり参考にはならないと思うが、そういうことなら協力できるかもな。こっちは魔術を使えないのが前提で動いてる。オーウェン達の教え方とは違うかもしれない」

「ありがたい」


 オーウェンはそう言ってから、笑った。


「あいつは調子に乗ってるからな。俺もちょっと油断すると負けそうなんで、代わりに完膚なきまでに叩きのめしてくれ」

「オーウェンが負けそうってのはすごいな。ロジャーにやらせれば頼まなくともそうしてくれると思うが、褒めて伸ばさなくていいのか?」

「そういうのはジャクソンやアイザックの役目だ」

 

 そんなことを言ったオーウェンに笑って、アラン達はレックス達の乗った馬車を連れて家へと戻る。夕食はみな集会所で食べていたし、レックス達を家まで連れて帰ればあとは寝るだけだ。アランは自室に戻る前の部下たちを集めて、軽く今夜と明日の体制を話してから、見張りをしていた部下にも声をかける。


 そして自分も部屋に戻ろうとしたところを、レックスに呼ばれて彼らの部屋に向かった。


「セリーナが来てるらしいよ」


 開口一番にレックスからそんなことを言われて、アランは固まった。


 レックスは昨夜のことをどこまで知っているのだろう。兵士たちは知っているようだったから、耳に入っていてもおかしくはないが、それであれば当然だがアランには謝罪なり釈明なりをする必要がある。


「……今ですか?」

「うん。見張りが通して、今はアイザックのところにいるって。アイザックが僕のところに来てくれたの」


 それにしては先ほど見張りに声をかけた時には何も言われなかったのはどういうことだろう。そして昨夜、オーウェンはアランの部屋にセリーナを連れて来たが、アイザックはアランではなくそれをレックスに伝えたというのはどういうつもりなのか。


「あの、申し訳ありません」

「なにが?」

「……部外者を部屋に入れたことです」

「それって今日じゃなくて昨日の話かな?」

「はい。申し訳ありません」


 変な汗をかきながらアランが精いっぱい頭を下げると、レックスは楽しそうに笑った。


「アランがそんなに困った顔をしてるのって初めて見たな。恋人なの?」

「……そういうわけではないのですが」

「でも昨日はずっとアランの部屋にいたんでしょう?」


 そうですね、とアランはなんとか返事をする。


 恋人なんて言われると違うというしかないが、一夜を共にしたことは間違いないし、遊びだったというつもりもない。アランはその場に膝をついてから、改めて「申し訳ありません」と頭を伏せる。


「とりあえず職務放棄ということで、しばらく懲罰室に入れてもらえれば助かるんですけど」

「そうじゃないと部下たちに示しがつかないと思ってる?」

「……というか、いますぐ私が逃げ込みたい気分です」


 頭を上げずに言ったアランに、レックスが楽しげな笑い声を落としてくる。


「懲罰室を避難場所と思ってる人ってアランしかいないよね。別に僕は怒ってないよ。アランの隊員たちも怒ってるとは思えないけど」

「ロジャーには散々怒られましたけどね」

「面白がってるんでしょう。不謹慎かもしれないけど、僕だってちょっと面白いもの」


 はあ、と答えて顔を上げると、確かにレックスは可笑しそうに笑っている。


「アランがどうしたいのかは分からないけど、セリーナの方はどうすればアランに迷惑をかけずに堂々と会えるの、ってアイザックに相談したみたいだよ。それでアイザックがこっちに言ってきたんだけど」


 アイザックがご丁寧にもレックスを指名して報告してきたのはそういう理由か。護衛としてきているので、あまり勝手なことはできないのだとセリーナには説明していたから、彼女はアランでなくアイザックの方に行ったのだろう。


「ご迷惑をおかけしてすみません」

「ううん。僕がアランのために出来ることがあればやるよ。とりあえずセリーナについては、アイザックからも信用できるって言われてるし、アイザックからは護衛としてのアランが減って困るなら、自分が不寝番をしてもいいとまで言われてる」


 そんなことまで言われてしまうと、アランとしては身が縮まる思いがする。アランが女性を部屋に引き込むために、よりにもよってアイザックに寝ずの番などしてもらえるわけがない。


「そんなことは不要だと思ってるけどね。もともと見張りは昼夜で交代でやっているのでしょう?」

「隊員たちはそうですね。私やロジャーは昼間の警護が主で、夜間は有事に備えて待機ですよ」

「待機ならとりあえず部屋にいればいいんじゃないの?」

「……女性を連れ込んでても、って仰ってます?」


 アランの言葉に、レックスは楽しそうに笑った。


「そこについては僕こそ何も言えないんだよね。いつもクリスが一緒の部屋にいるんだし。僕だけだとちょっと罪悪感はあるから、アランもそうしない?」

「お言葉は有り難いですが、私とレックスじゃ一緒にはなりませんよ」


 護衛という立場的にもそうだし、レックスとクリスは恋人というより事実上の夫婦のようなものだ。アランがセリーナと一緒にいるのとはわけが違う。


「そうかな。むしろアランの方が一緒にいるべきだと思うけどね。前にアランが言ってた、会いたい人って彼女だったんでしょう? 彼女はアランが軍を抜けてでも助けたいって思った人で、それがこんなところで再会できたのだもん。職務放棄って言ってそのまま消えられちゃうと困るけど、夜に少しだけ一緒にいたいっていうくらいなら、可愛いものだと思うけど」


 本気の表情でそんなことを言われて、アランは身の置き場がないような気分になる。まさかこんな場所で、小さな弟だったレックスから、恋愛ごとを諭されるとは思わなかった。


「とにかく僕は何も言うつもりはないというか、むしろ僕が何かを言えばいいならみんなに言っておくけど」

「ありがとうございます。ご厚意だけいただきます。今日はとりあえず話して帰ってもらいますので」

「いいの?」

「さすがに私の立場で勝手なことばかり出来ません。——昨日のことを棚に上げて、どの口がと思われるとは思いますが」

「別にそんなことは思ってないけど、それならどうするつもり?」

「とりあえずは部下たちに謝罪と説明を。もともとあと数日もすれば、部下たちにも非番の際には外出を許す予定でしたので、そこで改めて彼女に会うようにしますよ」


 アランの言葉に、レックスは小さく笑った。


「アランって違反には寛容なのに、自分には厳しいよね」

「……自分に甘すぎるから、こんなことになってる気がするんですけど」

「でもアランが部下に同じことを言われたら、なんとかしてあげるでしょう? アイザックみたいに自分が代わりに二倍働いてでもって」


 そんなことを言われて、アランは苦笑する。確かにそうするかもしれないが、呆れはするに違いない。


「相手がロジャーだったらやらないと思いますけどね。なんにせよアイザックにはお礼を言っておきます。レックスも、妙なことに神経を使わせてしまって申し訳ないです」

「ううん。僕のことは本当に気にしないで。セリーナにもよろしくね。今度、一緒にご飯でも食べれると嬉しいな」


 にっこりと笑ったレックスに、アランは深く頭を下げてから部屋を下がった。

 


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