五章 レックスの護衛7
「ちょっとちょっと、本当にどういうこと? アランだけズルくない? みんな真面目に仕事してるのに!」
そんなことを朝っぱらからロジャーに詰め寄られて、アランは思わずオーウェンを見た。
セリーナのことを彼が話したのでは、と思ったからだが、彼は細い目をさらに細めて可笑しそうな顔をする。
「俺は何も言っちゃいねえよ。夜中にセリーナが騒いでたからな。見張りの兵士たちは知ってるだろ」
「……そうなのか? せっかく早朝に追い出したのに」
皆が起きてからセリーナを部屋から出すと目立つだろうと、早朝に帰ってもらったのだ。朝の見張りには頭を下げて通してもらったのだが、そもそも夜の時点で周囲には広まっていたということか。もしくは見張りが面白がってロジャーの耳に入れたのかもしれない。
「なんだよ、結局追い返せなかったのか?」
「朝まで一緒だったの? なにそれ羨ましすぎない? どういうこと? 完全に軍規違反で懲罰室行きだよね!」
「セリーナに手を出せるのはすごいな。押し倒した瞬間に魔術をぶっ放されなかったのは何よりだ。虫も殺せなさそうなあの見た目に騙されるなよ」
「え、魔術師の女性ってみんなそんなに気が強いの?」
「たしかに気が強いのは多い気がするが、中でもセリーナは特別だよ」
「ますます羨ましいんだけど」
「妙な趣味してんな」
「それくらいの方が攻略しがいがあるじゃない。ウィンストンが一緒に来てれば、護衛がレックスを放って女性を口説いてましたって言いつけて極刑にしてもらうのに!」
うるさいな、とアランは小声で呟く。
極刑はともかく、軍規違反で懲罰室に入れると言われたところでさほど困りはしないのだが、後ろめたい気持ちは多分にある。
昼夜を問わず対象を護衛する隊の隊長という立場で、初日から女性と一晩を過ごしていたのは我ながら問題だ。本来であれば一番に町に出たかったであろうロジャーも含め、隊員達にはとりあえずは数日は様子を見ようと待機を命じていたのだから、誰もが「どの口が」と言ったに違いない。
正直なところ、セリーナにももう少し日を置いてから来て欲しいと言いたいところではあったし、自分としても昨日はさすがに追い返すべきだったと分かってはいた。それが出来なかったのは単純に理性でなく本能が勝ったからか。
アルブで今生と思える別れをしてからも、ことあるごとにアランの脳裏には彼女の姿が浮かんでいたのだ。無事に元気でいるだろうかと幸せを願うような思いもあったが、やはり女性として惹かれていたところも多分にあったのだろう。ふと、セリーナの華奢な体を抱き込んで眠っていた時の、彼女のにおいや感触を思い出すことすらあって、我ながら救いがたいと思っていたのだ。
それが本物のセリーナがアランの寝室に現れ、記憶よりも何倍も魅力的になっていたうえで、手を伸ばせば触れられる場所にいたのだから、一応は帰宅を勧めた自分を褒めて欲しいくらいではある。
「見損なったよ。アランなら裸の美女が誘惑してきても、仕事中だから帰ってくれって絶対に言うと思ってたのに」
「……そんな男がいると思うか?」
「そんな希少種がアランだと思ってたけど、今はいないと断言できるね」
腕を組んでよく分からない宣言をされて、アランは苦笑する。
そんな時に遠くからジャクソンがやって来るのがみえた。彼はアラン達に気づくと会釈するように頭を下げてから近づいてくる。
初対面から泣きながらセリーナを探しにいく姿を見てしまったので、彼がヘレナの保護者で大丈夫なのだろうかなどと首を捻っていたのだが、その後に話をした時には落ち着いた賢そうな若者だった。オーウェン達も頼りないなどと言ってはいたが、実際には頼みにしているだろう。
「ヘレナやアイザック達の準備は出来ています。いつ、集会所に来てもらっても構いません。もちろん急いでいただく必要もありませんので、準備が整い次第いらしていただければ」
「伝える。ありがとう」
アランがそう言うと、ジャクソンは頭を下げて引き返そうとした。が、そんな彼にオーウェンが声をかける。
「そういえば、これまで全く興味もなかったが、セリーナはどんな男が好きなんだ?」
「は?」
急に聞いたオーウェンに、ジャクソンは目を丸くしたし、アランも焦った。家族のようなものだと言っていたジャクソンは、セリーナがアランの元に来たことを知っているのだろうか。
「どうしたんだ、急に」
「こないだセリーナを口説いてた怖いもの知らずは『好みじゃない』って一刀両断されてたが」
「セリーナらしいな。好みは知らないけど、エヴァンの顔面だけは好きだって言ってたよ」
「……あいつ意外に面食いだな」
オーウェンはそう言うと、ジャクソンを追い払うように手を振った。かなりぞんざいな対応だが、慣れているのだろう。ジャクソンは気にした様子もなくまたアランやロジャーに頭を下げる。集会所に向かっていく彼の背中を見ていると、オーウェンにぽんと肩を叩かれた。
「残念だったな。ま、顔はともかく性格はアランの方が千倍はマシだよ」
「なんで俺が慰められなきゃいけないんだよ」
「面食いって、エヴァンはどんな感じ?」
「正統派の美少年って感じだな。もう少年って歳でもないが」
「残念だったね、アラン」
「なにがだよ」
ぽんと逆の肩に置かれたロジャーの手を振り払うと、アランはレックスたちの元に向かう。すでに準備ができていたレックスやクリス、エイベルを連れてオーウェンと共に町の中心にある集会所へと向かった。
昨日は簡単な町の案内や、顔合わせを兼ねた食事会だけをしてもらったが、今日からは本格的に魔術師たちの中核のメンバーとレックス達が話をするらしい。まずは現在の状況をと、アイザック達がレックス達に説明しているのを横目で見ながら、アランは部屋全体が見渡せる場所に移動する。
セリーナは一秒でも長く一緒にいたいなどといじらしいことを言っていたが、別に一日二日で帰るわけでもないと彼女も知っていたはずだ。レックス達は最低でもひと月程度はアルビオンに留まるつもりらしい。
一から十まで知りたいとアイザックは言っていたし、当然だがそれくらいは期間がいるということだ。往復も合わせるとさらにカエルムに戻れるのは先になるから、今頃、ウィンストン達はレックスやエイベルがいなくてさぞ困っていることだろう。軍の内部しか知らないアランの目にも、レックスの存在感は際立っている。
レックスもそれは当然分かっているだろうが、それでもどうしてもアルビオンに行きたいのだと言って出てきたらしい。
レックスにとってはこちらの国で暮らす人々も、守るべき民なのだろう。
子供の頃には本当に彼はこの国の王子だと言われて育てられていたのだし、長じてからも彼は外交の場に影武者として引っ張り出されることもあり、最低限の教育は受けていた。それだけでなく、アランが護衛をしていた子供の頃から「他に自分にできることはないから」と普段から国に関する書物などを読み込んでいたのだ。色々な役にたつ知識はたくさん持っているのだろう。
まさかこんな形でそれが役に立つとは思っていなかったはずで、アランは昔に戻って小さなレックスを褒めてやりたいと心底思った。泣きそうな顔を内に押し込めて、他人の顔色ばかりを見て笑顔を作っていた少年は、さぞ驚くことだろう。




