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五章 レックスの護衛5


「今の人は?」


 いつの間にかアランとオーウェンの間からひょっこり顔を出したレックスに、オーウェンは肩をすくめた。


「レックスに紹介しようと思って連れて来たんだが、ちょっとハプニングがあったみたいだな」

「だね。アランが助けた魔術師?」


 そう言ってレックスはアランの顔を見上げたが、アランは苦い息を吐く。


「逃したと言えば逃しましたが、そもそも軍で我々が拘束していた魔術師ですよ」

「それをアランが懲罰室に入れられてまで逃したんだから、助けたってことじゃないの?」


 懲罰室に入れられたのはセリーナを助けた時だが、わざわざレックスがそんなことを言ったのは、魔術師であるオーウェンやアイザックに聞かせるためか。たしかに魔術師ばかりのこんな場所で、アランが軍人として魔術師を捕らえていたことなど言う必要はなく、どちらかと言えば味方だとアピールしておいた方が良いには違いない。


 そもそもここで普通に暮らして見える魔術師達の中にも、家族や仲間を軍に捕らえられて処刑された人間はいるはずなのだ。


「……そうですね」


 レックスの言葉にそれだけを言って頷くと、アイザックが後ろから声をかけてきた。


「それは本当に感謝する。ヘレナやジャクソンを助けてくれたのは、俺たちにとっては恩人だな。セリーナも含めて、三人のうち誰が欠けてもいまのアルビオンはないと思うから」

「そもそもアイザックや俺も助けてもらってるしな。アランがいなきゃ、今ごろ全員で路頭に迷ってたかもしれない」


 魔術師達のトップ二人に口々に礼を言われて、アランは首を横に振る。


「……俺のことはいいよ。それより、あのジャクソンっていう彼は何者だ? わざわざ紹介するのは理由があるんだろう」


 オーウェンに話を向けると、彼は軽く頷いた。


「ああ。後でまた改めて紹介するが、今の頼りなさそうな男はヘレナの保護者みたいなもんだ」

「ヘレナって精霊の化身って呼ばれてる女性だよね?」

「ああ。もしかしたら俺たちの新しい王は彼女かもしれない。だからジャクソンは俺らの中では割と重要人物なんだ。ジャクソンが頷かないと、ヘレナは動かない。彼女が王になれば、実質的に権力を握るのは彼になるからな」

「すごく良い人そうだったね」

「とてつもなく人が良いのだけは間違いないな。まだ色々と幼いヘレナを王にっていうのも、ジャクソンがいるからまあいいや、ってところはある」


 色々と幼いというヘレナが、全会一致で王だというのはアランなどにはよく分からない話だ。人と全く違う存在であるといった雰囲気はあったが、王というより巫女や神官と言われた方が頷ける。


「……まあいいや、で王が決まるのか?」

「アイザックなんかは面倒だから三人でカードゲームで決めようって言ってたぜ。負けたやつが国王になるらしい」

「せめて勝った方にしろよ。罰ゲームか」


 アランが言った時、オーウェンが急に視線を動かした。何かに気づいた獣のような動きで、思わずアランも咄嗟に視線を向けるが、そちらには何もない。


「どうした」

「噂のヘレナが来たみたいだな」


 言ったのはオーウェンではなく、アイザックだった。オーウェンは軽く頷いたが、アランには足音も気配も何も感じられない。そもそも森で会った時には、目の前にいても彼女の足音は聞こえなかったのだ。


「なんでわかる?」

「デカい精霊が一斉に動いてくるからな。俺らには一発でわかる。アランに見せられないのが残念だよ。あれだけの精霊たちを従えて歩いてくりゃ、相手が子供であろうと王様だと頭を下げたくなる」

「クリスには何か見える?」


 レックスが首を傾げると、後ろにいたクリスは少し顔をこわばらせたまま、こくこくと何度も首を縦に振った。


「見たことないような精霊が空にいくつも見えますし、この辺にいた小さな精霊たちは逃げるように一斉に飛び立っていっちゃいました」

「たしかにすごいですね。精霊の化身というのはダテじゃない」


 いつの間にか馬車から降りてきていたエイベルまでもがそう言って、同じ方向を見つめている。


「なんでヘレナが来たのかな。オーウェンが呼んだのか?」

「俺も声はかけてない。後で診療所にレックス達を案内するつもりだったしな」


 やがて彼らの視線の先に現れたのは小さな少女——ヘレナと、セリーナの姿だった。


 ヘレナだけだと思っていたから、不意打ちのように現れたセリーナの姿に、アランの心臓が跳ねた。彼女の碧色の瞳も、遠目だがアランを見ているように見える。


 だが、明るい色の女性らしい格好をして、金髪を綺麗に結い上げているセリーナを見て、彼女はアランのことを覚えているのだろうかと不安になった。記憶の中にいる殺伐とした彼女とは、あまりに雰囲気が違い過ぎる。


「アラン!」


 そう言って小さな体でかけてきて、アランの胸に飛び込んできたのは、何故かヘレナだった。アランは驚きながらもその軽い体を受け止める。


「セリーナを助けてくれて本当にありがとう」


 細くて脆そうな小さな手を、ぎゅっと腰に回してくる。


 なんとか「ああ」と返すが、まるで絵本に出てくる妖精そのもののような可憐で儚げな少女に抱きつかれて、アランとしては困ってしまう。しかも彼女は精霊の化身と呼ばれ、もしかしたらアイザックやオーウェンの上に立つ王になるかもしれない人間だ。


 抱き返すように背に手を回すべきなのか、触らない方がいいのか、中途半端に浮かせた腕の持って行き先がわからない。


「人見知りのヘレナに随分と懐かれてるな。仲良しなのか?」


 オーウェンに怪訝そうに聞かれるが、アランは慌てて首を横に振る。


 ヘレナに会ったのは二回だけで、一度目はアランがヘレナを地面に押し倒して剣を向け、二度目はセリーナに剣を向けたのだ。どう考えても仲良しな要素などない。


「ジャクソンに通じるものはあるよね。ヘレナ、アランが困ってそうだけど」

「ごめんなさい」


 アイザックの言葉に、ヘレナがアランから体を離す。そのかわり、すぐ近くから青い瞳に覗き込まれるように見上げられ、落ち着かない気分になった。透明な宝石のような双眸に、アランの内面まで見透かされそうな気がする。逸らすように視線を上げると、今度はまじまじとアランを見ているセリーナと目が合った。


 何を言おうかと思っていると、彼女はにっこりと猫のように笑った。


「久しぶり」

「……ああ。元気そうだな」

「うん」

 

 言いたいことはたくさんあった気はしたが、かなり人目はあるし、真下からはヘレナが見つめている。セリーナもそれ以上は特に何も言ってはこなかったため、アランも口を閉ざした。


 困惑した気分で黙っていると、セリーナにオーウェンが声をかける。


「ジャクソンにあわなかったのか?」

「会ってないわよ」

「泣きながらセリーナを探しにいったんだが」

「なんで泣いてるの?」

「知らねえよ」

「どうしてここがわかった? ヘレナ」

「たまたま外にアランの姿が見えたから。前にセリーナが会いたいって言ってたから連れてきたの」


 そんな言葉にアランはどきりとする。


「その割には自分が一番に抱きついてるじゃないか」

「不快にさせたのならごめんなさい」


 そう言って真顔で頭を下げられる。が、困惑はしても彼女に抱きつかれて不快な男はいるまい。そう思っていると、今度は小さな手が差し出された。握手を求めるような仕草にアランが手を出すと、彼女は両手のひらでアランの手をぎゅっと握る。


「セリーナを助けてくれて本当にありがとう。ジャクソンのことも。アランがいなければ、二人とも助けられなかった」


 先ほどと同じ状況に、アランは胸に溜まった息を吐いた。こうして純粋に感謝をされるとむしろ後ろめたい気持ちの方が勝ってしまうのだが、彼らにとってみればアランは命の恩人なのだろう。


 やはり「ああ」とだけ答える。


 そんなヘレナとアランを見て、オーウェンが楽しそうに笑った。


「ヘレナ。とりあえずアランのことは置いておこう。俺らやヘレナ達の命の恩人ではあるが、今回はただのオマケの護衛だ」


 アランが困っているのに気づいてくれたのだろう。助け舟のような彼の言葉に、アランは強く頷いてみせた。先ほどから主賓であるはずのレックスやエイベルが置いてけぼりになってしまっているのが申し訳なさすぎる。


 アイザックがヘレナの元に歩み寄ってから、レックスに紹介した。


「レックス、今更だが紹介しよう。ヘレナだ。ここアルビオンを占領した時も、クラウィスを制圧した時にも、彼女のおかげで敵味方双方の犠牲が抑えられてるんだ」


 ヘレナは促されるままにレックスに挨拶をした。


「ヘレナです。はじめまして」

「カエルム国から来ました、レックスです。お会いできて嬉しいな。アイザック達にはとてもお世話になりました」


 にっこりと笑ってレックスが手を差し出すと、ヘレナは薄くその手を取った。


 ヘレナはじっとレックスを見つめていたが、やがて少しだけ目を伏せるようにした。


「エヴァンがごめんなさい」


 急にそんなことを言ったのは、エヴァンが襲ったのがレックスだと知っているからだろう。そもそも彼女はその現場にいたから、もしかしたら襲撃に絡んでいる可能性はある。


「ううん。僕こそごめんなさい。処刑されていたのは、ヘレナたちにとって大切な人達だった?」

「ええ」


 そう、とレックスも声を落とした。


 決して彼が悪いわけでもない。彼は罪状を読み上げさせられていただけで、目を背けなくなるような処刑を見せられていただけだ。それで魔術師達の襲撃の的にさせられたのだから、同じく被害者でもあるのだが、レックスの顔には申し訳なさが見える。


「それでも私たちはこれから仲良くなれるかしら」


 じっとレックスの目を見て言ったヘレナに、レックスは首を傾げる。


 二人は初対面のはずだが、ヘレナはレックスに何を見ているのだろう。


 ヘレナはアランについても「信用できる」と精霊が教えてくれると言っていた。そのアランがこれだけ魔術師と関わることになるなどその時には想像もできなかったが、結果的にアランが彼らを助けているのなら、何かを予見していた可能性はある。


「僕は仲良くなりたいと思ってる。ヘレナ達がそれを許してくれるなら」

「許せるかどうかはわからないけど」


 ヘレナはそう言ってから、言葉を足した。


「お互いにね。私たちはきっと許されないことをたくさんしてる。それでも私はレックスと仲良くなりたいわ」


 レックスは「うん」と言った。


「そうだね。そう言ってもらえると本当に嬉しいな。ヘレナ達と僕たちが仲良くなれるように頑張るね」


 にっこりと花の咲くように笑ったレックスに、ヘレナも少しだけ目を細める。それだけでどきりとするような笑顔になって、その場の雰囲気が変わるのがわかった。


 それが彼女の精霊の力によるものなのか、アランには全く分からないし、彼女が従えているという精霊たちが魔術師たちにどう見えているかも分からない。だが、それでもなんとなくアイザックやオーウェンが彼女を王にと考えているのは本気なのだろう、と理解した。


 精霊の見えないアランでも気圧される何かがある。


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