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五章 レックスの護衛4


 アルビオンは古いが立派な町だった。


 周りをぐるりと囲んだ石壁は高く、建物も堅固なものが多い。馬車でそのまま入っていいということだったので、アラン達も馬に乗ったまま周囲を見回しながら進んでいたが、レックス達も町並みが見たいようで御者台から顔を出していた。


 弓矢などで狙われれば危険だとも思ってしまったが、そもそも周囲は魔術師ばかりだ。遠くから狙われてはアランにはどうしようもないから、護衛と言ってくれているアイザックに頼るしかない。

 

 町に暮らしている人々の表情も暗いものではない。みな、物珍しそうにアラン達や馬車をみつめているが、敵意があるようには見えない。このご一行を何と説明しているのかは知らないが、もともと魔術師達の方から招待しているのだというから、歓迎されてはいるのだろう。


「一応、町の中は安全だと思ってる。魔術師であることを証明できた人間とその血縁以外は、アルビオンにはいない。派閥はあるといったが別に睨み合ってるわけでもないからな。町の外については常に見張っているから、何かあったらあの鐘がなる」

「ありがとう。ただ、周囲に護衛は置かせてもらってもいいか? 対象はレックスとクリスとエイベルだ」

「もちろん。当然の配慮だ。こちら側も万が一に備えて護衛をおきたいと思ったが、その護衛が信用できるかはアラン達には分からないだろうからな。基本的に、ここにいる間は俺かオーウェンが側にいる予定にしてるよ」

「二人が交代で俺たちの護衛か?」

「人選に不服はないだろう」


 偉そうに腕を組んで言ったアイザックに、アランは笑う。


「あるわけない。王様候補二人だ」


 案内されたのは入り口からまっすぐ進んでから、南に下った場所だった。そこには周囲よりも少し大きな家が二軒並んでいて、一つがエイベルと従妹、もう一つがレックスとクリスに準備された家らしい。


「この二軒を取り囲む家はぜんぶ空けてる。アラン達で好きに使ってもらっていいが、目の前のこの家には、俺かオーウェンがいるつもりだ。昼でも夜でもいつでも声をかけてもらっていい」

「元々ここに住んでいた人間は?」

「移動してもらってるよ。まだ多少は家が余ってる状態だ。今は魔術師が国外からも増えてるから、すぐに足りなくなるだろうけどな」 

「国外から?」

「どこの国でも魔術師達が追いやられてるってのは変わらないらしいな」


 軽く肩をすくめたアイザックに、何ともいえない気分になる。迫害をされている魔術師からすると、魔術師たちが作った国というのは魅力的に違いない。魔術師達を恐れた人々はカエルムの国に入ってきているが、魔術師達はどんどんと増えていくのだ。


 アランは部下達に指示をしてから、家の中を念入りに調査させる。そうしているうちに、馬車の中で待機してもらっていたレックスがひょっこり顔を出した。


「もう出てもいいかな?」

「出たいのでしたらどうぞ。まだ家の中には入れませんけど」

「ありがとう」


 レックスはクリスと一緒に外に出て、それから興味深そうに周囲を見回した。


「一度ね、アルビオンにきたことがあるよ」

「そうなのか?」

「色々と見ては回れなかったけどね。いつか案内してくれる?」

「もちろん。疲れてなければあとで回ろう。別に他の町と変わらないからレックスには退屈かもしれないが、クリスやエイベルに見せたい景色はたくさんあるぞ」

「そうなの? 羨ましいな。クリスやアイザックと僕じゃ、見てる世界が全然違うんだもんね」

「クリスと俺でもきっと全然違うけどな」

「そうですね。今この場所でも全然違うと思います」


 そう言ってクリスは空を仰いだ。精霊達が見えているのだろうか。


 アランもつられて宙をみるが、当然だが見えるのは青い空と白い雲だけだ。何が見えるのだろうと思っていると、背後から人が近づいてくる音が聞こえてアランは素早く振り返った。


 そこにいたのは太陽を浴びた銀髪が眩しいオーウェンで、ふっとアランは警戒をとく。彼はアランを見つけると口の端をあげた。


「久しぶりだな、アラン」

「オーウェン、無事で良かった」

「アラン達のおかげだよ。来てくれて嬉しい」


 そう言ってぐっと肩を抱かれたので、アランも笑いながらその肩を叩く。


「ちゃんと王宮のデカいベットで寝れたのか?」

「エヴァンに取られた」

「誰だそれ」

「くそ生意気なガキの一人だよ。悪いが、たぶんレックスの顔面を狙ったやつだな」


 そんなことを言われて、クリスがはっとしたような顔をするのが見える。たしかに魔術師たちの中には、以前、レックスを魔術で襲った魔術師がいるはずなのだ。にせものとは知らなかったはずだが、相手にはそれでも王子を狙う理由があったはずで、アランは改めて気を引き締める。


 だが、レックスは可愛らしく首を傾げた。


「城壁の上にいたときに狙ってきた彼かな。その彼にも会える?」

「会ってぶん殴りたいのか?」

「ううん。単に会って挨拶したいだけ」


 そんなことを言ったレックスに、オーウェンは首を捻る。


「レックスの希望なら会わせてやりたいところだが、呼んで素直に来るやつじゃないからな」

「危険な人間なのか?」

「危険は危険だが、いまのレックス達に危害を加えられる危険があるかって気にしてるのなら、それはない。あいつは敵にしか魔術を向けないよ」

「僕たちのこと味方と思ってくれてるかな?」

「敵とは思ってないと思うが、どうかな。心配なら逆に近づけないように気をつけよう。引きずって来て挨拶をさせることは難しいが、勝手な真似をしないようにあいつに監視を付けることはできる」


 レックスがアランを見たので、アランは頷いた。


「監視は是非お願いしたい。近づいて来たら教えて欲しいし、念のために俺たちもその彼の顔を確認しておきたいな」

「承知した」


 オーウェンはそう言うと、改めてレックスに近づいて礼をした。


「挨拶が遅くなってすまないな。先の戦いでは本当に世話になった。改めて礼を言わせてくれ。それからここまで来てくれてありがとう」


 深く頭を下げたオーウェンに、レックスは笑いながら頭を振った。


「僕は勝手にエイベルについて来ちゃっただけだけど、またオーウェンやアイザックに会えて本当に嬉しいな」


 二人の挨拶を眺めていたアランだったが、ふと、オーウェンと一緒にきた金髪の魔術師がじっとこちらを見ていることに気づいて、首を傾げる。害意は感じないし、オーウェンと一緒に来たのだから敵ではないと思っているが、彼の視線の先にいるのはオーウェンでもレックスでもなくアランだ。


「何か?」


 声をかけると、男はびくりと体を震わせるようにしたが、声を出したのはオーウェンだった。


「ジャクソン、どうした」

「ジャクソン?」


 聞き覚えのある名前に首を傾げると、男はアランのところに駆け寄ってきた。


「あの、セリーナのことを助けてくれてありがとうございます。それから俺のことも、ヘレナのことも」


 そんな言葉にアランは目を瞬かせてから、笑った。


「セリーナに脅されて逃がしてやった金髪か」

「はい。セリーナのことを助けてくれたのもあなたでしょう」

「セリーナがそう言ってたか?」


 はい、と彼が答えたので、アランは嬉しくなった。セリーナはちゃんと彼らと合流できたのだろう。


「知り合いか?」

「クェンティンに売られた俺を助けてくれて、セリーナをアルブまで届けてくれた方です。初めて会った時には、ヘレナを見逃してくれた」


 オーウェンは眉を上げてそれを聞いてから、アランを見て呆れたような顔をした。


「なんか色々やってんな」

「魔術師には昔からどうも縁があるらしいな。セリーナは元気か?」

「はい」

「あの女は常にめちゃくちゃ元気だぞ。さっきもどっかの家の屋根に登ってた」

「なんで屋根に登るんだ?」

「さあ。何か作業でもやってるんだろ。——おい、なんで泣いてるんだよ、ジャクソン」


 オーウェンの言葉にジャクソンを見ると、確かに青い目が真っ赤になって潤んでいたのだが、彼は慌てたようにそれを袖で拭った。


「セリーナを助けてくれて本当にありがとうございます。怪我をした彼女を置いてきたのは俺なので……本当にすみません。お礼を言いたいとずっと思っていたので、お会いできて本当に嬉しいです。ありがとうございます」


 たしかにあんな場所にセリーナを置いて逃げるしかなかったのだとしたら、相当に差し迫った状況だったに違いない。彼が生きているだけでも良かっただろうが、セリーナを見殺しにしたと思っていたのなら、相当苦しんだだろう。

 

「別に、拾って届けただけだよ。そもそも俺に礼を言う必要は全くない。俺も軍人の一人だ」


 そもそもそんな場所にセリーナを置いていくことになった根本の原因は、アランら軍人による魔術師への襲撃だ。それがなければ逃げる必要などなかったのだし、アランは元々残党を探して山に入っていた。あれがセリーナでなく知らない魔術師であれば、きっと何もせず軍に引き渡しただろう。


 憎まれこそしても感謝される筋合いなどないのだ。そう思って言ったのだが、ジャクソンは首を横に振った。


「それでも俺たちを助けてくれましたから」


 そう言って泣いているジャクソンを見兼ねたのか、オーウェンは彼の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。


「もう挨拶は後で良いから、ジャクソンはセリーナでも探して引きずってこいよ」

「そうですね、そうします、すみません」


 目をこすりながら、何度もアランに頭を下げながらジャクソンは走って去っていった。


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